第3話
僕はそれでも、君の顔を見たくないと思っていた。
君は捕まってなどいない。
まだ、僕達は一緒に暮らしている。
「なあ、今日夜一緒に食おうぜ。」
「いいけど、僕遅いよ。仕事があってさ、君は?」
「俺?俺は暇だけど、知ってるだろ?」
「暇暇っていつもいうけど、君昼はさ、どっか行ってるよね。どこ行ってるの?」
「まあ、内緒。」
僕らは、男同士だけど一緒に住むことにした。一緒に住むことにした理由は、君が失職したから。
「………。」
下を向いて俯きながら、君は会社から出てきた。
「…あの。」
僕はまた、車でここに出向いていたから、偶然見かけてしまった。だから、
「ヤバい俺、クビになった。」
「ええ?」
「この前のさ、穴掘り過ぎちまった。何か、雑草どころじゃないって…さ。」
「いや、あの。」
見るからにこれからの生活に不安がありそう君が、失職してしまっただなんて、どうしよう、とその時はただ単純に思っていた。けれど、
「じゃあ、どうするの?」
「どうって、仕事探すよ。そりゃそうだろ、全く。」
けど、無理だって思った。
君は見た目が不幸そうだったし、すごく失礼だけど、でも、単純にはいきそうにないことだけは分かっていた。
なら、
「一緒に暮らさないか?今、同居人を募集してるんだ。」
「…はあ?」
もしかしたら僕は、何かを間違ってしまったのかもしれない。その思い付きはただ、最近見たドラマにそういう提案があったから、とか、そういう言い訳ばかりが浮かんでいたけれど、僕は自然だった。
君と、暮らすと、強く思っていた。
「まあ、え、いいの?じゃあ何かの縁だし、ごめん、少しの間よろしく。」
僕は頷き、君を車に乗せた。会社には一旦戻らず、君を家に送っていくことにした。
僕は、何をしているのだろうか、分からなかった。
多分、今も分かっていないけれど、君は楽しそうに、笑っていた。
そして、
これは僕が妻に会う前の話であった。そして、この事件が起こる前、君が、彼の存在に気付いてしまう、その前。
彼は、悠長だった。
悠長に、待っていた。
本当に、ずっとそのまま待っていた。
笑顔を張り付けたようなその不気味な笑いが、僕は本当に、嫌いだった。
「あなたが?あいつの知り合い?」
すげえ不躾だな、と思った。何を不快に感じているのかもあいまいだったけれど、僕は第一印象から、彼のことを良い印象でとらえることはできなかった。
「そうです、話は聞いてます。どうぞ入ってください。」
そう、話は聞いている。だから僕は言われた通り、彼を家に上げ、お茶を出した。
ほっそりとした体をした君と、いかつい体つきをしたこの男にどんな関係があるのかが分からない。けれど、
「あいつ、運いいな。」
「は?」
急にそう言われたから、変な声を出してしまった。
「ああ、いや。」
「何ですか?」
声がとがっていくのが分かる、僕は、憤っていた。
「知らないんですか?いや知ってるでしょ。あいつ、犯罪者の子供なんです。だからずっと、俺たちの同級生の中では変わったやつ扱いだったんですよ。」
「………。」
知らなかった、が何かがあることは分かっていた。
僕は、君のその細い体に乗っている、重い、重くて耐え切れない程の何かを知りたかった。
だから、
「…って。」
知らず、殴っていた。
僕は、驚いて、でも。
笑っていた、うれしかった。
知った、やっと。
君の抱えているものの、その一端を。
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