第2話

 鳴り響くサイレンが、事件の存在を知らせていた。

 僕はコーヒーを飲みながらぼんやりと、家の窓からそれを眺めている。

 詳細を知っているのはきっと、僕だけだ。

 しかし、その当事者である僕は今、全くの無関係を装って、家の中に閉じこもり耳をふさいでいる。

 「ねえ、ちょっとどうしたの?」

 「…え?」

 妻が、不安そうな顔を浮かべながら僕の所へ来た。だから言った。

 「別に、外すごいね。何があったのかな。」

 「そんなの何でもいいわよ。それより明日、出張でしょ?早く寝てよ、疲れてるんでしょ?」

 まあ、確かにそうだけど、そうなのだけど、僕は、歯がゆくてむずがゆくて、どうにかなってしまいそうだった。

 「分かった、寝るよ。」

 「うん、おやすみ。」

 妻は、可愛い女だった。

 会社で知り合った、結婚するつもりなんて甚だ無かったけれど、でもしていないことによって生じる、周りからの蔑みのような言葉が嫌で、妻のアプローチに軽く乗り、結婚まで至った。

 けど、僕にとってはずっと、君のことしか浮かばなかった。


 「お前さあ、俺年下なんだよ?なんでそんなにかしこまってんの?変じゃん。」

 「深い意味なんて無いよ、ただ僕営業だし、無意識かな。」

 「はは、やめろよ、そんなの。」

 僕は上京して、知り合いがいなかった。

 だから気さくに話しかけることができる人間はありがたかった。ただ、取引先のアルバイトとして君と関わっただけなのに、僕は自分に似合わず積極的に声をかけていた。

 君と、親しくなりたかった。

 というか、その怒りの矛先を知りたかった。

 暗い穴を掘りながら、一心不乱に下を向いている。君のどちらかというと細い体と、その様子がミスマッチで気になってしまった。

 だけど、こんなことに巻き込んでなんて、頼んでいない。

 僕は僕で、幸せになる権利があったはずだ。

 だって、普通に大学を卒業して、普通に生きていて、何を不自由にすることがあったというのだろうか。

 僕は、ねえ、あのさ。

 憤っていた。

 返して欲しかった、僕がずっと手に入れたいと願っていたのは多分、この何でもない普通だったのかもしれない。

 それに気づくために、なぜ、君が彼に対して抱いている感情の、結末を見届けなくてはいけなかったのだろうか。

 しかし、関わってしまったものは仕方が無い。

 ただ、今は全力で、逃げるしかない。

 そして、

 「今日逮捕された…。」

 ああ、君だ。

 君は、捕まったのだ。

 しかし、僕は絶対に捕まらない。

 捕まる理由なんて、無いハズ。

 そう決めていた、僕はつまり、君を裏切ったのだ。

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