8、張り子のお面

 漢字の勉強が功を奏し、テストで殴られることが減り、ようやく少しだけ話せる友達ができた頃にそれは起きた。


 転校から約3カ月。


 三学期も終わり近くのことだ。


   *


 図画工作の時間。

 張り子のお面を作るという課題だ。


 ボール紙で枠を作り、そこに新聞紙をちぎって張り付ける張り子という技法でお面の土台を作る。

 最後に、派手めな色彩や独創的な絵柄をほどこせば出来上がりだ。


 参観日の教室に掲示するというその張り子のお面を、私は熱心に作った。


 絵を描くことも工作も大好きだったからだ。


 私は、そのお面を猫のようなキツネのような、不思議な雰囲気のある物にした。

 教科書には、少し奇妙そうな、怖い感じに作るようにとあったのだが、私は怖いのは苦手だ。

 だから、私はかわいく不思議な感じに仕上げてみた。

 お祭りの被るキツネの面にも似ている。


 なかなかの良い出来栄えだ。


(やっぱり夢中で何かを作るっていうのは楽しい。前の学校でもみんな絵を描くと褒めてくれたよね)


 以前の学校でのことを思い出しながら、私は満ち足りた思いでそれを提出しようと思っていた。

 

 なのに、巡回してきた浜田センセイが私を傷つけた。


「お前のは面白味がないから、ここにもっと他の色を足せ」


 そういいながら、となりの席の子の絵筆をとって、私のお面に黄色の丸を描き加えたのだ。


 意味のない大きなマル。


(漢字テストでハネがないと言う理由だけで丸をつけてくれなかったこともあるのに、こんなときに丸を描くの!?)


 ブチッと、張り詰めていた何かが切れ落ちた音を聞いた。


 私の中に堪忍袋という物があったことに気付いた瞬間だ。


 人の作品に無断で手を加えるなんて許せなかった。

 今まで散々、バツ印をつけて殴る口実にしていたアイツが、私を否定するために丸を描いたことも許せなかった。


 私は、アイツが去った後、そのお面の耳を無造作にもいで闇のような黒色で塗りつぶした。


 浜田の加筆の跡だけでなく、アイツの存在も消したい私の無言の抵抗だった。 


   *


 私が反抗的な態度をとったことに腹を立てたアイツは、私の頭をコブができそうなほど拳骨で殴り、お面を家に持って帰ってやり直して来いと言った。

 

 結局、ウソのつけない私は仕方なくそのお面を持ち帰り、一番言いたくなかった母に経緯を説明した。

 お面のことを話すと、その前のことやその前のことまで話す羽目になった。

 

 漢字テストでぶたれなくなってきたことに安心していた母は、それ以外のときもアイツが暴力をふるっている事実を知り、学校へ殴り込みに行こうと息巻いた。


 私は、それを止めた。


 急に冷静になれたからだ。


 私のことで、両親が学校へ乗り込んだら私だけでなく、親の立場も悪くなるだろうし、妹の凛ちゃんの立場も悪くなるかもしれない。

 私は、もう一年我慢すれば卒業してしまうが、妹の凛ちゃんはあと3年もある。


 それに、私は母が私以上に怒ってくれたその姿を見ただけで十分だった。


 私には、味方がいた。


 最後には守ってくれる人がいる。

 それだけで、がんばれる気がした。



 お面は、母と一緒に手直しすることになった。


「黒はやり直しのきかない色だからいいよ……」


 と、私が言うと母は少し悩んだ後に言う。


「命のこと以外で、やり直せないことはないのよ」


 そうかもしれないが、少なくともこのお面はちがうだろう。

 最初から作り直すしかないと私はあきらめていた。


「あ、これ上から白でぬったら? 水多めの白でぬれば、グレーくらいには色替えできるんじゃない?」


 母の提案に、心が少し動いた。


(なるほど、お面の上で混色するのか!)


 そうして、母のアドバイスで白色を上から塗りながら下地の黒と混ぜグレーにした。


 目を書いたら石像のモアイ像のようなお面が出来上がった。


 無表情のモアイ像。

 意外にユニークにも見える。

 カラフルなお面の中にあったら、逆に面白いだろう。


 でも、あのカラフルなお面は偽物だ。

 みんなアイツの指示が入っている。


 これは、アイツの手の入らない作品だ。


 それが私には誇らしかった。


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