6、美少女戦士失格

 友達ひとり目ができて穏やかに三学期が始まり、私は油断していた。


 担任の浜田センセイの機嫌は、私たちに予想できないと言うことを。

 いつも、笑顔で暴力をふるうからだ。


 その日も、国語の授業中とある生徒を指名して、猫なで声で『間違ってもいいから答えてごらん』と詰め寄った。

 にやにやといやらしい嗤いを浮かべている。


(気持ち悪い……)


 私は鳥肌が立つ腕をこっそりとさする。


 とある生徒、山形くんはおどおどと答えるが明らかに間違っている答えだった。

 山形くんは、正直なところ本当に頭が悪かった。

 授業も聞いてないようだし、漢字の豆テストでいつも0点でぶたれている。いつもだ。

 私も、彼の隣で3回ぶたれた。


 山形くんが答えを間違えると、浜田センセイは急に激高して、山形くんの運動着の胸ぐらをつかみぶん投げた。

 彼が机にぶつかり倒れ込むと、みんなはパッとその周りを空けた。


「何を聞いてたんだ! 勉強する気があるのか!? あ!? ないなら教室から出て行け!」


 そう叫んで、浜田センセイは今度は山形くんを蹴り飛ばした。そして、教室の右隅まで逃げた山形くんに詰め寄る。


「ほらどうした!? しっかり答えろ!」


 浜田センセイの怒声に、山形くんは座り込み頭を抱え泣いていた。


 そして『ごめんなさい。ごめんなさい』と小さい声で言っている。


 私は、驚きと恐怖で身を固くした。



 ここでとっさに体が動き『やめてください!』とか『なにするんですか!』と、言って止めには入れるのが美少女戦士だ。


 なのに、私は浜田センセイがやってはいけないことをしているのに何も言えなかった。


 ただ、心を石にして目を閉じ耳を塞ぎ、助けを呼びに行くことすらせずに、その場で震えることしかできなかった。



 私は巨悪を前に、正義の美少女戦士にはなれなかった。


 ただの逃げ惑う群衆モブでしかない。



 私は、子供同士の喧嘩では男女関係なく負け知らずだった。

 口げんかでも殴り合い蹴り合いの喧嘩でもだ。

 いじめられている子がいれば、見て見ぬふりはしなかったし、かばったこともある。

 ケンカをして負かした男子とも、相手が反省すれば許し仲直りもした。

 それは、一回二回のことではない。



 女の子ヒロインでも正義感を持ち、悪を倒すことができる。


 そういう存在になりたかった。


 だから私は、正義の美少女戦士になれると思っていたし、なった気でいた。


 私の目の届く範囲の平和は私が守ると息巻いていた。




 けれど、今はどうだ?



 目の前にこれだけの巨悪がはびこっているのに、私はパンチもキックもまして『やめて!』の一言も発せられない。


 私は所詮、子供の世界しか知らない、無力な子供だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る