第10話 少年ヨハン ②
「息子の病気は、治るでしょうか?」
母親は言語学者であるその女性に、切羽詰まった気持ちで尋ねた。
「治るも、治らないも、私には、答えることができません。
私は医者ではなく、ただの言語学者なのですから・・・」
と、その女性は答えた。
「ただ、これはまだ研究が始まったばかりの学説にすぎませんが、私の考えでは、息子さんは病気ではありません」
それはヨハンの両親にとって、思いもよらぬ、意外なことばだった。
「病院へ行けば、病名を付けられてしまいますが、私は病気ではないと、考えています」
「息子さんが言葉を話さないのは、話さなくても人の心が読めるからです。
原初の時代、人間が言葉を持たなかった時代、人間はそういう能力を持っていたと言われています。
しかし文明の発達と共に、私たちはその能力を必要としなくなり、そういう能力を持つ者は社会から淘汰され、排除されていったのです。
「息子さんはその能力が、非常に強い。
言葉を必要としないほど、たぶんその能力が強いのだろうと思います」
独自のメソッドを持つその女性言語学者は、少年を前にまだ悩んでいた。
少年の持つ能力は特別なもので、ある意味それは、神さまからの贈り物とも言えるものだったからだ。
ただ少年のその能力は、今の文明社会とは相容れないものであり、この社会で暮らとき、少年自身にも周囲の人々にも混乱だけをもたらす邪魔なものになっていた。
その特別な能力を最も理解していながら、それを伸ばす方法を持たず、その能力を葬り去ることによって、この世界とつながる方法を少年に教える、それが彼女の仕事だった。幼き少年の真摯なまなざしと笑顔に、悲しくなるほど心が痛むのだった。
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