なつめ

章吾が女を抱きに行った。

 分かってる。それくらいのことは、分かってる。高校に上がった頃から、章吾は俺と寝た後に女を抱きに行くようになった。

 悔しいとか妬ましいとは、思わない。というか、思ってはいけない。俺は男だし、章吾のなんでもない。文句を言える立場にはいない。

 自分の部屋へあがり、ベッドに転がった俺は、それでもやはり一人に耐えられなくなって、スマホを掴む。

 「もしもし? 鈴村さん?」

 声が震えた。自分は傷ついているのだとアピールしているようで、嫌になる。それでも俺は、電話をかけずにはいられない。

 電話の向こうで、鈴村さんは少し笑った。

 『うん。どうしたの? っていうか、中村くんのことだよね?』

 俺は情けなくも、崩折れるように頷いた。そして、頷いただけでは鈴村さんには伝わらないことを思い出して、うん、と、声を絞り出した。

 『なあに? 今日はどうしたの?』

 「どうもしない。……どうもしないんだ。いつもと同じだよ。」

 『じゃあどうして、そんな声してるのよ?』

 そんな声、というのがどんな声なのかが、俺にはまるで分らない。ただ、きっとひどい声をしているんだろうな、と思う。鈴村さんはいつだって同じように、軽やかで優しい声で電話に出てくれるのに。

 中三の夏、俺に好きだと言ってくれた人は、この世でたった一人、俺と章吾の関係を知っているひとで。俺はどうしても一人になりたくない日には、この人に電話をかける。自分が残酷なことをしているのは承知の上で、それでも、他の誰にもなにも話せないから。

 「章吾に、一緒にいてくれって言われたよ。……これまでずっと、二人で楽しかっただろうって……。」

 切れ切れに、なんとか言葉を紡ぐ。すると鈴村さんは、小さく息をつき、それで、上原君はどうしたの? と尋ねてくれた。こんな話を、聞きたいわけでもないだろうに。

 「……セックスだけしようって言ったよ。」

 声は、勝手に揺れていた。セックスだけしよう、といったときの、裏切られた子どもみたいな章吾の表情を思い出すと。

 『……なんで、そんなふうに言ったの?』

 「なんで……?」

 『好きなんでしょう? 上原くんが。チャンスだったじゃないの。』

 「チャンス……?」

 到底そうは思えなかった。章吾は、今も昔も勘違いしているだけだ。性欲にプラスして、親や友達から得られなかった情を、俺一人から得られると誤解して。

 そんなのは、チャンスではない。誤解はいつかは解ける。そうしたら、恋人ごっこなんかしてしまった日には、俺たちの仲にはなにも残らない。それだったら、ただセックスだけしていた方が何倍もましだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る