「最近全然うちには遊びに来てくれないんだから。」

 なつめとよく似た顔立ちのお母さんが、ふざけて俺を責めるように言った。

 「ちょっと、忙しくて。」

 なつめを抱くには、誰もいない俺の家の方が都合がいいからだ、とは到底言えない俺は、適当に言葉を濁した。

 「そうなの? ……そうね、なつめも最近帰りが遅いし、もう高校生ですもんね、忙しくなるわよね。」

 今日は上がっていくの、と、なつめのお母さんは、昔と同じ目で俺を見て言う、多分この人の中では、俺は小学生の頃、はじめてここを訪れた時からなにも変わっていない。はじめまして、と、半分なつめの背中に隠れながら言った俺を、この人は今と同じ優しい目で見て微笑んでくれた。あのときはまだ、なつめの方が俺より背が高かった。

 「……この後、用事があって。」

 「あら、そうなの? でも、暇なときがあったら遊びに来てね? 私は草むしりばっかりしてて、いっつも退屈なんだから。」

 そう言って、なつめのお母さんは晴れやかに笑った。俺は小学生の時分から、草むしりをする母親がいるなつめのことがずっと羨ましかった。俺の家の庭は、広さこそあるものの、手入れをする人がいないからいつだって荒れ放題だ。

 そう思った瞬間、俺は跪きたくなった。それは、唐突に。

 跪いて、この人になにもかもを話して、許しを請いたくなったのだ。ごめんなさい、と。俺はあなたの息子と関係を持ちました、と。

 すると、隣に立っていたなつめが、間髪入れずに俺の右手を掴んだ、こんなに暑いのに、ひどく冷たいてのひらをしていた。

 俺はその冷たさに驚いて、なつめの顔を見た。

 なつめは、大きな目で俺の顔をはっきりと覗き込んでいた。

 余計なことを言うな。

 なつめの声が聞こえた気がした。

 俺はそこでようやく理解したのだ。

 はじめてなつめを抱いたあの日から、とうにこの人に許しを乞えるようなラインは越えてしまっている。

 理解してしまった瞬間、足元にぽっかり穴が開いたような、絶望的な不安感が押し寄せてきた。

 俺は、一人だ。もう誰にも言えない秘密を抱えてしまった。

 「章吾。用があるんだろう。」

 なつめが冷たいてのひらで俺の手を引いた。

 「……ああ。」

 俺は頷き、なつめのお母さんに頭を下げた。ごめんなさい、のつもりだった。

 なつめのお母さんは、またきてね、と手を振ってくれた。

 なつめはお母さんと肩を並べて家の中へ入って行った。

 俺は一人、駅に向かって歩いた。徒歩五分程度の道のりだ。

 その間中ずっと、早く女を抱きたい、と思っていた。

 女の白い身体は、誰のものであろうと変わることなく、俺から思考能力を一時的とはいえ奪ってくれる。その感覚が、ひどく恋しかった。

 

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