帰還

「出雲のほうは思ったよりあっさりいったな」


「ですね。」


 俺たちは出雲のトラックに乗って、「願いの壁」を目指している。


 ギルマンを倒した俺達は、ドローンに乗って工場の外に出た。 

 すると地上は無人で、誰とも出会わなかった。


 ヤクザを使った手前、警備を薄くせざるを得なかったのだろう。

 だが、こっちとしては好都合だった。


 俺たちはそのまま天笠アマガサのトラックを奪い、

 出雲の工場にに入ってモーターの入ったコンテナを拝借した。


 今はそれを運んでいる最中なのだ。


「あとはシェルターに帰るだけだな」


「色々あって楽しかったな―!」


「はは……色々あったのは確かだね」


 時間は午後6時。夏なので日が長いとはいえ、

 あと数時間もすれば、西から次第に空が暗くなってくるはずだ。

 このまま闇に紛れて何事もなく帰れると良いが。


「しかし幸運でしたね」


「ん? あぁ……。

 工場で見つけたモノを出雲に置いていったからな。

 天笠がやったっていう説得力はあるはずだ」


「はい。寄り道もムダにはなりませんでした」


「あぁ……だけど」


「エイタさんのことが気になりますか?」


「うん。大丈夫かな……。

 ヤクザに捕まってたりしてしないかな?

 いや、天笠も放っておかないか」


「なんとも言えませんね。

 エイタさんが天笠に尋問を受ける可能性は高いです。

 しかし、重要な手がかりは残してませんので、

 シェルターの安全は大丈夫でしょう。」


「シヴァ……違う。そうじゃない。

 シェルターや俺らのことがバレるかどうかじゃない。

 俺たちはエイタを利用した。

 そんで、利用してそのままってことだ」


「なるほど。感傷的な理由ですか」


 俺は横目で助手席のシヴァを見る。

 街灯の灯を横顔に受ける彼女の表情は逆光になって良くわからない。

 

 だが、感情を読み取れないのは、本当に闇のためだろうか。


 影に沈む彼女は、実は人間の形をした何か別のものではないか?

 俺にはそんな考えすら思い浮かんだ。


「私たちが彼のことを利用したのは確かです。

 彼が天笠の人間でなければ、

 私たちと彼が交わることはなかったでしょう」


「あぁ、そうだろうな。

 俺もそのつもりで行ったんだ。

 でも――」


「罪悪感ですか」


「そうなのかな……そうかもしれない」


「エイタさんの水浄化チップは血清を作るために使われていました。

 彼は何も知らされず、利用されていたわけですが――」


「利用してたのは俺たちも同じだ。

 エイタは俺たちにチップを渡したが、俺たちのことは何も知らない。

 このまま帰ったら、天笠と同じになる気がする。

 それが許せないんだ」


「では今から帰りますか?

 全てを無に帰すことになりますが」


「イヤなやつだな。それができないから悩んでるんだ」


 俺とシヴァの間に言葉がなくなる。

 車内に沈黙がのしかかったその時、座席が後ろから強く押された。


「うわっと!」


 後ろの席で横になっていたリーが起き上がり、

 オレとシヴァの間から首をぬっと突き出したのだ。


「ふたりとも、ケンカはだめだぞー!!」


「あぁ、ごめんリー。これはケンカっていうか、なんだろうな……」


「ルイさんのお悩み相談です。

 なので心配ありません。大丈夫ですよ」


 そういってシヴァは細い指をそろえ、リーのおでこをなでる。

 毛並みを指の腹でかれた彼女は、キャッキャと笑った。


「えへへ、そっかー!」


「難しいことを考えるのはいったんナシだ。

 このまま考え込んでると、壁に突っ込んで事故りそうだ」


 リーの笑顔に毒気を抜かれた俺は、

 まっすぐ前を見てハンドルを握り直した。


 エイタの事は心配だが、今は何もできない。

 また今度、様子を見に行こう。


★★★


「どうやってシェルターに運び込むのかと思ったら……」


「良いアイデアでしょう?」


「力づくをアイデアと呼んでいいのかな?」


 トラックを「願いの壁」の近くまで持っていった俺は、

 そのままシヴァの誘導で、今は使われていない倉庫に案内された。


 倉庫の内側には、真四角の金属製のフレームがある。

 どうやらこの「角」を使ってシェルターに送り込むらしい。


「ふーん……つまりシヴァの能力って、

 かどかどをつなげるって感じ?」


「それが全てではありませんが、

 そう考えていただいて大丈夫です」


「ここにトラックをつければいいんだな?」


「はい。あとは私がやります」


 俺はトラックをフレームの中に乗り入れた。

 エンジンを止め、サイドブレーキを引いて固定する。


「よし、これで……わっ!」


 横を向くと、シヴァがあのときと同じ狼騎士の姿になっていた。

 前触れなく変化されると結構怖い。


 あ、そうか。

 だから最初の時、俺に目隠ししたのかな?


「では、つなぎます・・・・・。酔うので目を閉じていたほうが良いですよ。

 大きなモノを転移させる時は負荷がかかりますから」


「あぁ。」


 俺はトラックの座席に深く座って背中を預けると、

 そのまま目を閉じた。


 そうするとすぐに奇妙な感覚が襲ってくる。


 例えるならそうだな……スプーンでぐるぐるとかき回される

 コーンスープのクルトンになった気分だ。


 吐かなかった自分をほめてやりたい。

 このめまい……。

 あと数分続いていたら、

 マーライオンみたいになってもおかしくないぞ。


「――っと」


 座席から身を起こすと、灰色の殺風景な壁が目に入る。

 どうやらシェルターの中に戻ってきたようだ。


 この味気ない壁には見覚えがある。


「ほんの数日だったけど、何か懐かしいな」


「もう家になつきましたか?」


「そんな感じ。あとはどうする?」


「後はこちらでやっておきます。

 ルイさんは帰っても大丈夫ですよ」


「そうか? 色々とまだやることがありそうだが……」


「鈍いですね。

 アイラやサオリに顔を見せてあげてください。

 そう言っているんです」


「あっ。」


「あなたはどう思ってるかわかりませんが、

 あの子たちから見れば、あなたの初仕事ですからね。

 きっと心配しているでしょう」


「――そうだな。わかったよ」


 そういって俺が目を回しているリーの背中をなでていると、

 狼をかたどった骨の兜の奥の瞳が、俺のことをじっと見ていた。


「ん、どうしたシヴァ?」


「いえ。皮肉のひとつでも言うかと」


「俺はひねくれものなんで、

 そういう期待はいつも裏切るんだ」


「なるほど」


「……まさか、笑ってる?

 その兜じゃよくわかんないけど」


「どうでしょう?」


「ルイねーちゃん、はやく帰ろうぜー!」


「あ、ごめん。今いくよ」


 俺はリーに案内してもらって、部屋に戻る。

 この迷宮の中は、まだ俺ひとりじゃ歩けないからな。


 漏水ろうすいの染みがすだれみたいになったコンクリートのトンネルを歩いてしばらくすると、すこし見慣れた鉄のドアが見えてくる。


 リーと一緒になってハンドルを回しでドアを開けると、

 シュルシュルと地面を走る音とともに、弾んだ声が聞こえてきた。


「おかえりでしゅ!」


「うん。――ただいま。」





※作者コメント※

ふぅ……10万弱でようやく導入シナリオがおわったぜ……


あ、追伸です。

TSものならかっこいい男を出してTS主人公に惚れさせろ。

TS神にそういったご指示を頂きました。


次のシナリオでそこらへんちょっと考えます。

ウィーンカガシャン ピーピーピーヒョロロロピー

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