ギルマン再び

 地下を飛翔するドローンの音は妙に耳にくる。

 うるさいと言うよりも、むしろ痛い。

 はやいとこコイツから降りたいな。


「このまま出口まで行く。速度を上げるぞ!」

「おー!!」

「はい!」


 ドローンを加速すると、俺の腰に回されたシヴァの手に力が入り、

 暖かい吐息まで感じられるほどに体が近づいてきた。


 ほんのりと上品な香水の香りまでしてきて、

 心臓の鼓動が速くなる。


 ――いかん。

 なんでこんなにドキドキするんだ。

 今の俺はサキュバスで女なのに

 ううむ……。


 悶々としていると、彼女は俺の背中に胸を付ける。

 あの、シヴァさん?

 確かに見た目は女同士ですけど、

 中身はメンズですので、それはちょっと!?


 待て、冷静になれ俺。

 内面はともかく、表面上は問題ない。

 気にしないようにすれば、気にならないはず。

 心頭滅却すれば巨乳もまた虚乳だ(?)。


 だが、俺が頭の隅に追いやろうとすればするほど、

 背中に当たる柔らかい感触が気になってくる。


 気にしないようにすればするほど、俺の肌は繊細な変化を感じ取る。


 ドローンの前方から殴りつけるような空気の圧力を感じる一方で、

 俺はうなじにシヴァの吐息と唇の熱を感じる。


 ああいけません、お客様!! お客様ー!!

 刺激が強すぎます!

 このままでは死んでしまいます!


「――さん! ルイさん!! アレを!!」


「ハッ?!」


 俺はシヴァの声で我に返り、ハッとなる。

 ドローンの向かう先、まばゆいライトを背にして何者かが立っていた。


 烈光の中にある影は、ライトの輝きのせいで輪郭も定かではない。

 だが、今にもかき消えてしまいそうなその姿に、俺は見覚えがあった。


「ギルマン!!」


「ルーイちゃぁぁぁぁぁん!!!」


「キモッ?!」


 光の中で黄色い歓声を上げているのは他でもない、ギルマンだった。

 あいつ……何でこんな所に!


「きっと来ると思っていたぞ!」


「こっちは思ってね―よッ!!」


「ルイさん、あの方は?」


「あー……えっと、血清を打つ前の知り合いです。

 いや、『元』知り合いかな」


「そんな!! ひとつ屋根の下で

 あれほど熱く語らったじゃないか!!!」


「誤解を招くようなことをいうんじゃねぇッ!!

 ただ仕事やゲームの話をしてただけだろが!!!」


「なるほど、サキュバスの血清を打ったことで、

 人が変わったといったところですか?」


「ま、まぁ……そんなところかな」


 人というか、こっちは性別も変わってるんだけどな!


「ルイちゃんを傷つける訳にはいかん……

 だが、このまま行かせるつもりもないッ!!」


「何をするつもりだ……。

 ――ッ?!」


 ギルマンは腰からガンタイプの注射器を取り出し、自分の首筋に当てた。

 アレには俺にも見覚えがある。見まちがえるはずがない。


「ギルマン、お前……血清を打つ気か?!」


「俺がなぜルイちゃんに拒絶されるのか……。

 それがわかったのさ」


「普通にキモいからだが?」


「それは俺がオレが弱いからだッ!

 ルイ……俺にはお前の不安を受け止めるだけの力がなかった。

 俺が弱かったからだッ!!」


「わりといい人じゃないですか」


「あいつ、サキュバスになった俺を襲ってきたんだぞ。

 無論、性的な意味でだ」


「すみませんでした。撤回します」


「だが、俺は天笠アマガサから力をもらった。

 この血清という力を……!」


「おい! 絶対やめといたほうがいいって!!」


 俺はギルマンに叫んで静止する。

 だが野郎は笑ってトリガーを引いた。


<プシュッ!!>


 引き金を引くと、注射器に入っていた青色の液体が

 ギルマンの体に送り込まれる。


 するとヤツは、ポトリと手に持っていた注射器を取り落とした。

 ギルマンの手が、いや、全身が震えている。

 

「ウォォォォッ!!」


 光の中のギルマンが吠える。

 俺が呆然として見ていると、やつのシルエットがどんどん変化していった。


 黒い影が風船に空気を入れるように膨らみ、

 大きく、たくましくなっていく。


 ギルマンは決して貧弱な体格ではなかった。

 人並み異常、むしろたくましく頼もしくもあった。


 その体躯が今はありえないほどのものになっている。

 腕の太さが2倍になり、胴体は見事な逆三角形に変わっていた。


 そこらへんのボディービルダーが見たら、

 建築基準法違反でギルマンのことを訴えそうだ。


「なんだありゃ……」


「フゥゥゥゥウッ! 変・身!!」


 血清を使ったギルマンは、筋骨隆々とした姿になっていた。

 とりわけ俺の目を引いたのは、ヤツの肌の色だ。


 ギルマンの肌は黒みがかった緑色の肌になっている。

 まさしくモンスターだ。


「シヴァ、あれはいったい何のモンスターだ?」


「間違いなくオークですね。

 オークは人間をはるかに超える持久力と膂力を持つ

 パワー系のモンスターです」


「シンプルに強いやつか……リーとどっちが強い?」


「単純なパワーはあちら。スピードはリーですね」


「なるほど」


 ギルマンは叫び、地面から何かを拾い上げる。

 すると、光の中の黒いシルエットに長い腕が生えた。


<ガシャコンッ! ギュィィィィンッ!!!>


 この特徴的なモーターの音。

 そしてあの巨大な砲身……まさか!!


 ドローンが影に近づくことで、その正体がわかった。


 いくつもの銃身をひとつに束ねた、特徴的な銃身。

 あれは通称、ミニガンと呼ばれる重火器だ。


 ミニガンは1秒に600発という大量の弾丸を叩きつけ、

 痛みを感じさせない間に目標を抹殺することから、無痛ガンともいわれる。


 普通はヘリやハンビーに乗せるものだ。

 人間がその手で持つものではない。断じてない。


「げぇ! ミニガン?!

 あのバカ、なんつーもんをッ?!」


「ハッハァ!!! パーリィータイム、ダアッ!!!」


<ヴィイイイイイイイイン!!!!>


「うぉぉぉ!!??」


 ギルマンがミニガンで猛烈な弾幕を張る。

 回避するのが精一杯で、近づくことも出来ない。


「クソッ!! 何考えてんだ!!」


「オークになった人間は、

 戦いを好む性格に変化することがあります。

 どうやら彼もそのようですね」


「何をのんきなことを!」


「だいじょぶだぞー!

 ルイはシヴァのこと、忘れたのかー?」


「って……あっ!」


「――はい。私はモンスターハンターですから」


 シヴァは短くそう言うと俺の体から離れ、

 ドローンから鉄の床に降り立った。




※作者コメント※

ギルマンェ…

そういえばシヴァさん、

ガチ戦闘系の人だったな…

日常パートと探索パートが続きすぎて、忘れかけてた(

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