施設の意味
「そんな……ッ!!」
ファイルを手に取った俺は思わず叫んでしまった。
すると、俺の声に気づいたシヴァが、何事かとこちらにやってきた。
「何か見つかりましたか?」
「いや、何でもない」
「とてもそうは見えませんね。何があったんです?」
俺はファイルをシヴァから隠そうとしたが、
彼女は目ざとくそれに気づいた。
「それはこの施設の資料ですね?
はぁ……
「これは……俺の問題だ」
「えぇ、そうでしょうとも。
ですが、その『問題』とやらで泥をかぶるのは私たちです」
赤髪の間から無機質な瞳がのぞき、俺をにらみつける。
ガラス玉のような目からは、おおよそ感情らしいものを感じない。
俺のことが害になるなら容赦なく切る。
彼女の視線の奥には、そんな覚悟すらあるのを感じた。
「――わかったよ。
ここにあるファイルに書いてあったんだ。
俺の妹、
「拝見しても?」
「……ほらよ」
俺は手に持っていたファイルをシヴァに手渡した。
すると、恵美の名前が書かれたページを見た彼女が片眉をくっとあげた。
「これは……血清のシリアル番号のようですね。
しかし、この頭にすいている『X』とは……試作品でしょうか」
「試作品?」
「はい。この『X-』という文字は、開発途中の製品を表すものです。」
彼女はファイルのページをめくる。
すると、あるところで手をとめて、興味深そうな声を上げた。
「なるほど……面白いものを見つけましたね。
これは大変に興味深い」
「勝手に納得しないでくれ。何が書いてあるんだ?」
苛立った俺はシヴァからファイルを取り上げようとした。
だが、シヴァは俺の背後に回ってそれをかわす。
この短い距離で「転移」を使ったのか。
「そう焦らないでください。いま説明します」
「……わかったよ」
俺は頭の中をかき回して、シヴァに叩きつける言葉を探す。
だが、今の思いを表す言葉が見つからない。
俺の頭に浮かぶのは、子供っぽい罵倒の言葉だけだった。
「これは天笠が今行っている、一部の開発計画を説明しています。
彼らはモンスターの血清を、より使いやすくしようと考えているようです」
「使いやすくする?
どういうことか具体的に説明してくれ」
「……さて、ルイさんに質問です。血清の欠点は何だと思います?」
シヴァに質問したら、逆に質問が返ってきた。
ただ聞くだけじゃ、教えてくれないってことか。
血清の欠点か。
そうだな……俺が思うに――
「取り返しがつかないってところかな。
一度使えば、もう人間に戻れないんだろ?」
「そのとおりです。一度使えばそのまま。後戻りはできない。
それが血清を『製品』としてみたときの問題です」
「製品としてみた時の問題って……。
シヴァの言い分じゃ、天笠が血清を作ってるみたいじゃないか。
血清はモンスターを倒さないと手に入らないんだろ?」
「そのはずです。しかし天笠はそれを変えようとしている」
「そんなことできるのか? どうやって」
疑いの顔を向ける俺に対して、シヴァはチッチと指をふる。
結論を急ぐな、ということか。まどろっこしいな。
手に持ったファイルを小脇に抱えたシヴァは、机に腰掛ける。
どうやら先生の授業は長くなりそうだ。
「すくなくとも天笠はそう考えているようです」
「無謀すぎないか」
「かつての歴史を見ればわかるでしょう。
そうあれかしと作られたこの世界の理は、力づくで変えられました。
暴れ狂う川の流れをなだめすかすことからはじまり、
人は海を干上がらせ、山を平地にしてきた」
「これもその歴史の一部だと?」
「はい。モンスターの血清で人間が変化すると、
たしかに人間以上の長所も得られますが、短所もあります」
「それは……リーを見ればわかるな。
彼女はもともと手先が器用で、
お菓子作りや料理を趣味にしていたらしいな」
「血清を取り扱ったものは、誰もが考えるはずです。
血清の長所と短所を選びぬき、
自分の欲しい物だけをとりこみたい、と」
「そりゃそうだな……誰だって、欠点を無理矢理持たされたら
なんだこりゃってなる。
だから天笠はそれをなんとかしようとしてるのか」
シヴァは腰掛けていた机にファイルを静かに置く。
彼女はパラパラとページをめくると、あるページを俺に見せた。
ページにはモンスターのイラストと、その特性が書かれている。
まるでゲーム攻略サイトのデータ集のようだ。
ふむ……よくみると、モンスターの能力と、
モンスターの血清を打って得られる能力は全く同じではないらしい。
モンスター能力の横には、現出率という文字がある。
そして、そこに1から100までの数字が書かれていた。
同じモンスターの血清を打っても、個人差でブレ幅があるのか。
こりゃ厄介だな。
例えばライカンを例に取ろう。
このモンスターの血清の効果のうり、『筋力の増強』は100%だ。
しかし、他の能力は必ずしも得られるわけではないようだ。
ライカンの『再生効果』は80%で『銃弾回避』は30%らしい。
ていうか、そんな能力もあったのか……。
俺の出会ったライカンが銃弾を避けたのは、これのおかげか。
「天笠はモンスターの血清の特性をここまで調べ上げたのか。
生半可な努力じゃないな。
いったいどれだけの人を調べたんだか」
「ヤクザに連れてこさせた人間に血清を打って、
それで調査したんでしょうね」
「はぁ……嫌になるな。
それでどうやって端緒を消して、長所だけにするんだ?」
「この天笠の施設で作っているものを利用します」
そういってシヴァは俺を指さした。
いや、彼女が指さしているのは俺じゃない。
俺が肩にかけている粗末なカバン。
彼女はその中にあるものを指さしている。
俺はカバンを開き、黒いケースを取り出した。
「水浄化チップ? あっ――」
「気づきましたね。
浄化チップには、汚染物質を選択してろ過する能力がある。
そして、人間の体の半分以上は水分です」
「ってことは、まさか!」
彼女は当直室の窓のブラインドを開ける。
薄暗い部屋の中で、無数の機械がぼんやりと浮かび上がる。
水槽の中で浮いているのは、モンスターになった人間たちだ。
「天笠はヤクザがさらってきた人間にモンスターの血清を打ち、
変化した人たちから特性に関係する要素を抽出しているんです。
あの人達は、ジューサーに入れられた果物です。」
「じゃあ、この施設がこんな地下の奥深くにある意味って……」
「国際的なテロに使われたチップを隠すためではない。
ここにある『これ』を隠すためにある」
沈黙する俺たち。
その間に機械の低い唸り声が通り過ぎていった。
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※作者コメント※
傘の会社ってみんなこんなんばっかりか?!
アイェェ!!
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