予期せぬ遭遇

 俺たちは意を決して、階段を登り始めた。

 しかし階段はやたら急で、モンスターの体になった身でもかなりつらい。


 最初はシヴァも顔を上げていたが、今は完全に下を向いている。

 俺も息が上がり、額に汗が浮かぶ。


 元気なのはリーだけだ。彼女は早々に階段を登るのをやめた。

 そのかわり、リフトのほうにまわった彼女は、

 急な坂を獣のように四つん這いになって登っている。


 階段で小刻みに手足を動かして登るよりは、

 大きく動けるこっちのほうが彼女としては楽らしい。


「ん……?」


 階段の手すりにもたれかかりながら登っていると、

 坑道のはるか上、地上側からなにか白い光が見えた。


 クルマのヘッドライトのようだが……。


「シヴァ、何か見えるぞ!」


「む、天笠アマガサの警備隊でしょうか。

 物陰に隠れて様子をみましょう」


「賛成だ」


 俺はリーに手まねきして彼女を呼び寄せる。

 そうして階段の脇にあった大きなパイプの影に隠れた。


 ガスなのか薬品なのかわからないか、パイプの周りは妙な刺激臭がする。

 臭いに耐えながら待っていると、ライトの正体がわかった。


「ウェイウェイ!」

「アチッス、チョリッス!」


 ドローンを大型化した乗り物の上にまたがっているのは、

 奇妙な掛け声を上げているヤクザ・アサシンだ。


<ヴィィィィィン!!>


 けたたましいエンジンとプロペラの音をさせながら、

 ヤクザたちを乗せたドローンが坑道の下に向かっていく。


「……!」


 俺は通りすがったドローンの横に、天笠のロゴが入っているのを見た。

 あいつら……。


「おい、なんでヤクザが天笠の工場に入ってこれるんだ?

 それにあいつらが使っているの、天笠のモノだぞ」


「ふむ……ヤクザと天笠は協力関係にあるのでしょうか?」


「いや、ただ単にパクっただけじゃないか?

 俺は運び屋をしていた時、ヤクザから天笠の血清を奪うよう指示されたぞ」


「だとしたら、ヤクザと天笠が協力関係にあるというのは

 辻褄つじつまが合いませんね。

 ヤクザと天笠が協力関係にあるなら、奪い屋を雇う必要はない」


「あぁ、何か変だ。

 とにかく先を――げ、マズイ!」


 ヤクザドローンは1機ではなかった。

 大きく間隔を開けて、もう1機が後ろから追ついてきたのだ。


 ドローンが投げかけるライトの光の中に、俺の体が入る。

 するとその上にのっていたヤクザがすぐさま俺の存在に気づいた。


「チョマ! ミケタッス!!」

「ワンチャンアルデ!!」

「トリマ、ビョウデ!」


「ゲゲッ!」


 ドローンは空中でUターンして、俺の行く手を塞ごうとする。


 まずいな。

 こっちは階段の上でヒィヒィしてるのに、相手は空中だ。

 あっちとこっちじゃ、機動力が違いすぎる。


 まずいぞ、上下に逃げていたらすぐに捕まる……。

 なにかいい方法は――ッ!?


 周囲を見回す俺は、リフトのレールを挟んだ敗退側、

 ちょうど今いる階段の反対方向にあるハッチを見つけた。


 敵の真横を突っ切ることになるが、あそこに入るしか無い。

 あの中なら、ドローンでは入れないはずだ。


「あれだ! あそこにあるハッチだ!

 脇道に逃げるぞ!」


「それしかありませんね。リー、援護してください!」


「おう! ……ってどうすりゃいいんだー?」


「なんでもいいから、適当に投げつけてやれ!」


「わかったー!」


「ウェイウェイ!」

「トリマ、ウツッス!!」


<パンッ! パンッ!>


 ドローンの上のヤクザがピストルをぶっ放した。


 ゆれ動くドローンの上で撃っているので狙いが甘く、当たることはない。

 それでも、銃弾が風を切る「ピュン」という音が耳に入ると、

 まるで生きた心地がしない。


 風切り音もそうだが、狙いを外した弾丸が金属に跳ね返る音も超怖い。

 このまま進めば、狙いはもっと正確になる。

 それを思うと、俺の足は自然とすくんでしまう。


 いや、今の俺はモンスター、サキュバスだ。

 ギルマンから逃げたときのことを思い出せ――!


 あの時の俺は、異様なジャンプ力を発揮した。

 あれをもう一度やるんだ。


 俺は力を入れ、スーツの背中から出ている小さな翼を広げる。

 そして震える脚に勇気を込めて、金属板の上で足を踏み切った。


<タンタン……ダンッ!>


「うぉぉぉっ!」


「ファッ!? パネェッ!」


 俺の体は重力が無くなったようにふわっと持ち上がった。

 すると、ほんの一瞬で向かい側まで飛び上がって移動していた。


「なにこれスゴイ……」


 びっくりしたのはヤクザたちも同じらしい。

 あっけにとられたヤクザは、ハッと気づいてドローンの向きを変える。


「ウエイウエイ!」

「ビョウデヤルッス!」


 ドローンの向きを変えたヤクザは、一斉に銃をこちらに向ける。

 奴らの狙いは、完全に俺か。


 だが連中は俺に気を取られすぎていた。

 そのため、自身の背中側で起きている異変に気づけなかった。


「もうこれでいっかー!」


 <ミシ、ミシシ……! べキッ!>


 投げつけるものがなくて右往左往していたリーが、

 階段の踊り場の鉄板を引きちぎったのだ。


 そして彼女は引きちぎったその鋼鉄の塊を、

 ドローンに向かって思いっきりぶん投げた!


「おいしゃあぁぁぁぁー!」


 フリスビーのように猛回転する鉄板は、命を刈り取る機動で弧を描いて飛ぶ。

 こっちを見ていたドローンは、それに気づけない。


 巨大なシュリケンと化した鉄板は、空中に浮かんでいたドローンに激突する。

 ドローンはそのプラスチックの滑らかな表面を荒々しく断ち割られ、

 半分ちぎれたような状態になってキリモミで回転する。


 当然、ドローンの上にいたヤクザも無事では済まない。

 鹿の糞のようにポロポロとドローンから落っこちたヤクザは、

 そのままリフトの鋼鉄の床に叩きつけられる。


 すると、坑道の中に甲高い音がひびいた。

 骨と鉄がぶち当たる音だ。


「うわぁ……エグイ」


「めいちゅー!」


「ふう、今のうちですね。

 先行していたドローンが帰ってこないうちに急ぎましょう」


「あぁ」


 たどり着いたハッチは大きなハンドルがついている。

 まるで飛行機のドアのようだ。


 俺はハッチのハンドルに手をかけ、右から左に回転させてドアを開く。

 そうすると、開いたドアの中から冷えた空気が吹き込んできた。


「寒いな。ここ、入って大丈夫なやつかな……」


「ここに入るって言い出したのはルイさんじゃないですか。

 それに、これの他に逃げ道はありませんよ」


「ああ、わかってるよ……」


 先行していたドローンが帰ってきているのか、

 坑道の下から白い光が登ってきている。


 時間はない、か。


「行こう」


 俺たちは中にはいり、ハッチを閉める。

 これならひとまずは安心だ。


「しかし暗いな。何も見えないぞ」


 ハッチの中は思った以上に広い。


 寒々とする薄暗い空間は、階段状のフロアになっていた。

 ちょうど映画館みたいな感じだ。


 フロアの一段一段はけっこう広さにゆとりがあって、

 何か大きな円筒状の機械が無数に並んでいる。


 だが、あまりにも暗すぎて、細かいところはよく見えない。


「何かの倉庫かな?」


「私とルイさんのスマホで前を照らしましょう」


「どれどれ……うわっ!」


 スマホのライトを付けると、

 俺の目の前にオオカミの顔が現れた。


 しかし、オオカミは襲ってくる様子はない。

 そいつは分厚いガラス越しにいて、目を閉じている。

 眠っているのか?


 スマホのライトをかざしてよく見てみると、

 これはただのオオカミじゃない。

 人間に良く似た、筋肉質な体にオオカミの頭部がついている。


「これは……モンスター?」


「そのようですね。

 中にいるのはライカンのようです」


「――まさか、ここにある機械は全て?」


 ライカンのは言っている円筒状の機械は、部屋の中に無数にある。

 ひいふう、ゆうに100は超えるだろう。


 ふと、ポッドの横にあるラベルが俺の目に入った。

 底に書かれていたのは名前、年齢、性別。

 そして契約血清の名前と管理コードらしき数字――


「――まさかこれ、血清を打った人間か?!」





※作者コメント※

見つけちゃ……たぁ!

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