目的のモノ

「では作業に入りますね」


「ああ、頼む」


 仕事場に入ったエイタは、さっそく部屋にあった機械を操作しはじめる。

 彼の動作はすばやく、その手の動きにはいっさいの迷いが見られなかった。


 伊達にたった一人でこの部屋を使っていないな。

 ずいぶん手慣れている。


『アクセスを許可。操作指示を実行します』


「おっ? おっ? だれだー!?」


「リー、これは機械の声だよ」


「そっかーよろしくなー!」


「いや、たぶんそういうのじゃ……」


『よろしく、子猫ちゃん』


「うそぉ! 返事した?!」


「あ、ここの作業機械には疑似人格があるんです。

 といっても汎用AIに簡単な個性付けをしたものですけど。

 さすがに一人じゃ寂しかったもので……」


 作業場には、透明なプラスチックでへだてられた空間があるのだが、

 そこのロボットアームがうなりを上げて動き始め、火花を上げ始めた。


 どうやら水浄化チップの加工が始まったようだ。


「おー、なんかはじまったぞー!」


「あのロボットアームが作ってくれるらしいぞ。

 全部自動でやってくれるとか、ハイテクだなー」


「うーむ、さすが天笠アマガサ……未来に生きてるなぁ。

 こういうのってこの工場の他のとこでもつかってるのか?」


「はい。この工場には税品や部品の在庫管理や、

 従業員の勤怠やスケジュールの管理業務をしているAIがいます。

 でも、この子は個人的なAIです。

 天笠のネットワークには繋がってないんですよ」


「ん、なんでまた?

 それだと不便じゃないか?」


「たしかにそうなんですが……。

 全部見てくれると言うと聞こえはいいですが、

 プライバシーも何もないってことですからね」


「ああ、なるほど。」


「僕の権限で、このラインはリアルタイムでの管理から外してるんですよ。

 稼働率もそんなに高くないですから」


「そんな適当で大丈夫なのか?」


「天笠もなんだかんだいって、適当ですよ。

 仕事ができてさえいれば、やり方は対して気にしません」


「メガコーポも意外と適当なんだな……」


「それにしても、都合の良い偶然もあったものですね。

 ネットワークに繋がってないAIがあったなんて」


 シヴァは胡乱うろんなものでも見るように部屋の天井を見上げる。

 それが俺には、壁の向こうにいるAIを探しているようにみえた。


「ネットワークに繋がっていると、今ここで作っているチップが

 工場の在庫として登録されてしまいますからね」


「あ、そっか」


「そこがネットワークにつながっていない事の利点ですね

 サボったり、個人的なプロジェクトをするには最高の場所です」


「エイタもなかなか小ずるいところがあるんだな」


「はは……」


 数分の後、ロボットアームがベルトコンベアを通して、

 黒色の小さな機械部品をこちらに運んできた。


 エイタはチップを手にとって、しげしげと調べる。

 俺も近寄って、彼の肩からチップをのぞく。


 これが水浄化チップか。

 ぱっと見た感じ、名刺よりも小さいな。


「へぇ、こんな感じなのか」


「え、えぇ……」


 エイタはぎこちない手付きでケースにチップをしまうと、

 ケースを俺に手渡した。


「ど、どうぞ!」


「おう、ありがとうな。助かったよ」


「どういたしましますて!」


 うん?

 エイタの様子がどうもおかしい。

 やたらに挙動不審だ。


「ルイさん、ちょっと近いですよ」


「うん? あぁ……」


 そうか、サキュバスに近づかれると怖いのか。


 エイタのやつはモンスターに対して、

 何かトラウマがありそうな感じだったもんな。


「悪いな、脅かしちゃったか」


「いやそういうわけでは、その……」


<バンッ!>


 その時、突然大きな音がしたかと思うと、天井のライトが全て消えた。


 いきなり真っ暗になって、俺は軽くパニックに陥りそうになったが、

 数秒後、赤色の非常灯がついて部屋を真っ赤に照らし出した。


 非常灯の明かりはとても弱い。

 近くにいる人間の動きが、かろうじてわかるくらいの光量しか無かった。


 天笠は非常灯の数をケチったのかな?

 映画館の中でも、もうちょっと明るいぞ。


「こりゃ何事だ?」 


「うーん、停電……ですかね。

 この工場で働いて数年ですが、こんなのは始めてだ」


「停電ってことは、エレベーターとかも全部止まったか?

 換気装置も止まったんじゃないか?」


「さすがに非常用電源でパワーを供給すると思いますが、

 状況がわからないですからね……」


 俺がエイタが話していると、闇の奥からシヴァの落ち着いた声が飛んできた。


「ですが、これは好都合なのでは?

 監視カメラなどのセキュリティ装置も止まっているのなら、

 痕跡を残さずにここを出ることができます」


「もっとてっとり早く、

 シヴァの能力でここを出るってのは?」


「残念ながら、それは難しいですね。

 転移を確実にするなら一人づつ……。

 ですが、戻ることができないので、ひとり取り残されます」


 戻ることが出来ない?

 そういえばシヴァの転移能力は見知った場所じゃないと、

 うまく出来ないんだったか。


 ここまで目隠し状態で運ばれてたから、

 転移がうまく出来ないんだな。


「転移だと、俺かリーが置き去りになっちゃうか。

 自分の足で出たほうが確実?」


「はい。」


「なら自力で外に出るとするか。

 エイタ、なにか良い方法はないか?」


「うーん……一応、地上に繋がっている非常階段があります。

 でも本当にバカみたいに長い階段ですよ」


「いや、それでいい。エイタともここでお別れだな」


「……はい。どうかご無事で」


「あぁ」


 俺たちはエイタと別れ、車が止まっていた駐車場から、

 非常階段に向かった。


 見上げてみるとなるほど。

 階段は天国に続くようにひたすら斜め上に向かっている。


 そして、階段の脇には巨大なリフトがあった。


 リフトの大きさと来たらとんでもない。

 トラックをゆうに5,6台乗っけて運べそうな広さがあった。


 リフトは沢山のパイプやケーブルの上を通っており、

 どうやらこれが本来の移動手段のようだ。


 電気が止まった今、リフトが動く様子はない。

 リフトの4隅についたオレンジ色の回転灯だけが動いていた。


「階段なげー!!」


「こりゃ大変そうだ。登りきったあとは雲の上にいそう」


「これは……早まりましたかね。

 ちょっと後悔してます」


 何か楽しそうなリーとは対照的に、シヴァはげんなりしている。

 彼女は赤い髪を指で巻き、階段の前で立ち止まった。


「でも、他に手段がないしな……。停電がいつ復旧するかもわからないし、

 これがなにかの事件だったら、俺たちも騒ぎに巻き込まれるかも」


「わかっています。

 ただぼやきたいだけです」


「んじゃ、行くか」

「おー!」


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