エイタの決心


「はー食った食った!」


 リーは「どん!」と大きな音を立てて、

 空っぽになった大皿を縁側に置いた。


 本来は数人分のお惣菜を乗せる皿だが、

 彼女はそれをひとりで使い、全てをたいらげたのだ。


「すさまじい食べっぷりですね」

「あぁ……」


「うまかったぞー!」


「うん、カレーはたしかに美味かったな」


「ですね。レトルトじゃないカレーを食べたのは、

 いったい何年ぶりでしょうか」


「そんなにか?」


「えぇ、仕事が忙しかったもので……。

 家に帰ってくる時間は毎日夜の1時とか2時で、

 料理をする時間なんて、とてもとても」


「どういう仕事なんだ?」


「うーん、どう説明すればいいかな……

 機械にいろんな複雑なデータを入力して、

 モノを作ってもらう仕事ですよ。

 こーんな小さな画面でプログラムを打ってね……」


 エイタはそういって、両手でわくを作って見せた。

 どうやらスマホと変わらない大きさの画面でやるらしい。

 毎日やってたら、目がおかしくなりそうだ。


「サラリマンって大変なんだなぁ。

 仕事のことしか考えられないみたいな?」


「そうですね。天笠アマガサは裁量労働制――

 忙しくない時は、お昼に家に帰っても大丈夫。

 そんな地上の楽園をうたっていましたが……」


「実際はそうじゃなかったと?」


「――はい。

 天笠の仕事量はハンパじゃありません。

 毎日、毎時が戦争です」


「でもメガコーポだし、残業代は出るんだろ?」


「いえ……僕たちエンジニアには出ません。

 裁量労働制では、残業代は『みなし残業代』といい、

 最初から決められた分しか出ないんです」


「なん……だと?」


 その時、俺とエイタの会話にシヴァが割って入った。


「天笠に限らず、メガコーポの暗部ですね。

 裁量労働制は、別名『社員使いたい放題プラン』とも言われ、

 本来の使い方を無視して使われているのですよ」


「なんて非人道的な……!

 そんなバカなことがあっていいのか!?」


「今に始まったことではありません。

 暗黒メガコーポの非道は、内にも向いているのですよ」


 俺は縁側に拳を叩きつけていた。


 無性に怒りが込み上げてきて、

 これをどこかにぶつけないと気がすまなかったのだ。


「ハハ……勤め人のつらいところですよ。

 なんとかやり返してやりたい。

 そんな気持ちがないわけでもないですが……」


「いえ、できるかもしれませんよ」


「えっ?」


「実は――私たちが貴方あなたに接触したのは、

 偶然ではありません」


 シヴァのやつ、いよいよ話を切り出すつもりか。


 カレーのドタバタですっかり忘れそうになっていたが、

 そもそも俺たちがここに来たのは、

 水浄化チップを手に入れるためだからな。


「私たちは天笠アマガサの水浄化チップを必要としています。

 それも内密に――」


「内密にということは……。

 正規の手段で買えないということですよね。

 あなたたち、テロリストなんですか?」


「はぁ? それはカッ飛びすぎだろ。

 水浄化チップって、ただ水をキレイにするだけのモノだろ?」


「たしかにそうなんですが……。

 浄化チップは大量破壊の製造にも流用できてしまうんです。

 というのも、チップは物質を特定してろ過することができる。

 特定の物質を取り出すということは――」


「自然のなかにありふれて存在しているが、

 ごくわずかにしか含まれていない。

 そんな危険な物質の精製にも使えるということですね」


「はい、そのとおりです。

 数年前、中東で起きた連続爆破テロに使われた爆弾は、

 水浄化チップを使って材料を精製していました」


「水から爆弾を作ったっていうのか?

 すげぇな……」


「あの事件が起きたころ、

 浄化チップの生産と販売は自由でした。

 そこを突かれたんです」


「テロ組織は、アジアの第三国を経由してチップを購入。

 そこからダミー会社を使って国内に輸入。

 そして爆弾の材料の精製に使用したんでしたね」


「はい。当時の水浄化チップは、

 ろ過で取り扱う物質に制限を設けてませんでしたから、

 やりたい放題だったんです」


「ひぇ……爆弾の材料でも化学兵器の材料でも、

 なんでも精製できたってことか?」


「らしいですね。

 当時の仕様の水浄化チップは、

 ブラックマーケットで核弾頭よりも高い値段で

 取引されているらしいですよ」


「そんな機能がありゃ、そうなるな。

 つまりあれだろ?

 古い原子炉とか、化学工場の排水を使って、

 兵器が作れちゃうってことだろ?」


「理論上はそうですね」


「何でそんな機能を足しちゃったかなぁ」


「本当は、化学物質や重金属で汚染された水源でも

 飲用可能にするための機能だったんです。

 テロリストの負の創造性には舌を巻く他ありません」


「なんだよそれ……。

 じゃぁ、エイタがいま作ってる水浄化チップって、

 それができなくなってるってことか?」


 エイタは俺の言葉にうなずいた。


「はい。機能制限をかけています。

 今の水浄化チップは、すべてがそうなっています。

 あのテロさえなかったら、世界中の人たちに安全な水を届けられたのに……」


「エイタさん。以前の仕様ではなく、今のチップで十分です。

 機能制限を外す必要もありません。

 私たちはテロリストではありませんので」


「そうだな、普通に水がほしいだけだからな」


「それではまるで、水族館か地下シェルターでも運営してるみたいですね」


「エンジニアだけあって、するどいなぁ……」


「さすが天笠の主任といったところですね。本当に有能な方だ」


 ほめられるのに慣れてないのか、

 エイタは尻をもじもじさせて腰を浮かせた。


 彼はそのまま縁側から立ち上がると、咳払いをひとつして、

 さらにエンジニアらしいことを言い始めた。


「天笠の水浄化システムが通常と違うのは、

 大規模なのもそうですが、排気と排熱が少ないところですからね

 使うならそんなところかな、と」


「なぁ、そこには俺みたいな血清を打った連中がたくさんいるんだ。

 エイタ、お前の助けが必要なんだ。何とかならないか?」


「うーん……天笠に一泡吹かせたい気はあるんです。

 でも、バレたら確実にクビになるし、会社が報復するかも……」


「それについては、私に考えがあります」


「考え……ですか?」


「はい。この件は出雲に罪を着せるつもりです。

 チップを製造した後、天笠のトラックで出雲にのりつけ、

 そこに証拠を残していきます」


「ということは……」


「出雲と天笠はお互いを疑って、

 身の潔白の証明を要求するでしょう。

 しかし、どちらもやってないことを証明するわけですから、

 この証明はかなり困難になります」


「メガコーポ同士は普段からやり合ってますからねぇ……

 むしろ、余計な証拠が見つかりそうですね」


「チップをいただいたら、

 あとはメガコーポ同士で派手にやり合ってもらう。

 そういうことだな」


「はい。その間に私たちは姿をくらますというわけです」


「ルイさん」


「うん?」


「えっと……カレーのお礼がまだでしたね。

 僕、あいにくこれに見合う持ち合わせがなくて。

 だから――」


「……」


「明日、会社に行って取ってこようかと。

 もしよろしかったら、ご一緒にどうです?」


「ありがとう、エイタ」


「いえ、こちらこそ」





※作者コメント※

マッポークリエイティブのせいで、

本当なら救われるはずだったものが……

しかしどこかキナ臭いなー?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る