怪物の心

「よし、さっそくカレーの制作に取り掛かるぞ!」

「おー!」

「何をするんです?」


「ヤサイを切っていくぞー!

 それで切った野菜を肉と一緒に炒めて、

 なべにドボンだー!」


「思ったより簡単そうですね」


「リーの説明がシンプルだからかな?

 なんか俺にもできそうな気がしてきた」


「ふむ、確かに。

 暴力と説明はシンプルな方がいい、ということでしょうか」


「暴力どっから来た?!」


「難しいとこはオレがするからなー!

 ジャガイモの皮をむくから、ひとくちで食べられるように

 ちょうどいい大きさに切ってなー!」


「はーい」


 リーは左手にナイフ、右手にジャガイモを持った。


 彼女は右手に持ったジャガイモだけを器用に動かす。

 するとジャガイモの白い身がたちまちあらわになった。


 フカフカの丸っこい大きな手でよくやるなぁ。

 ド◯えもんほどじゃないにしても、細かい作業は難しいだろうに。


「おーすごい。その大きな手でうまいもんだ」


「へへ、れんしゅーしたからな―!

 指じゃなくて、手首とひじ・・でやるのがコツなんだー!

 ほい、いっこあがり!」


「ほいきた!」


 俺とシヴァは受け取ったジャガイモをつぎつぎ切っていく。

 これくらいの事なら、俺たちにもできる。


「よーし、切っていったのはフライパンに乗っけていくぞ」

「おう!」


 しかし、皮むき器もないのにナイフで皮をむくなんて……。

 俺にはとてもできないなぁ。


 そういえば、血清を打つ以前はお菓子作りをしてたって、

 買い物の時にリーが言ってたっけ。


 つまりこの料理の腕前は、彼女が血清を打つ前の技能。

 力強い虎の姿は、彼女の足かせにしかなっていないということだ。


 以前、彼女の力はきっとみんなの役に立つだとか、

 えらそうなことを俺は彼女に言ったけど……。


 それで役に立つことを、リーは望んでないのかもしれない。


 料理みたいな繊細な仕事を好きでやっていたのに、

 虎になったあなたには、今日から

 悪党をぶちのめすお仕事をお任せしますっていうのは――


 いくら適正があっても、

 それは本人の気持ちを無視していることにならないか?

 うーむ、難しいなぁ……。


「ほらー、ぼさっとしないー!

 料理はすばやくー!」


「あ、わるいわるい」


 俺は受け取ったジャガイモ、ニンジンを包丁で切り分け、

 フライパンの上に並べていく。


 そうすると黒い鉄板の上は

 色とりどりの野菜とお肉であっという間にいっぱいになった。


「よし、こんなもんでいいか。

 まきがもったいないないし、そろそろ炒め始めよう」


「だなー! ホントはお肉からって順番があるんだけどー!

 早く食べたいし、テキトーでいいや!!」


「だな!」


「いためるのはまかせろー!」


「よっしゃ、んじゃ鍋持ってくるぞ!」


「その……何ていうか、皆さん仲がいいですね」


 そう語るエイタは、

 目の前の光景が信じられないといった風だ。


 ……なんだろう?

 彼の言い方は、喉の奥に何かつまったような――

 そんな言い方に聞こえる。


「まー、モンスターの血清を打ったって、中身は人間と変わらないんだ。

 ちょっと見た目は違うけどな」


「そう、なんですね……」


「天笠の主任としては、信じられませんか?」


 シヴァはぞっとするような冷たい声で言い放った。


 スーパーのときのポンコツさをみじんも感じさせない、

 彼女と始めて出会ったときの雰囲気に似ていた。


「僕が天笠アマガサの研修でみた動画では……。

 モンスターや、血清を打った人たちは――怪物そのものでした

 人の心なんて、とてもあるようには見えなかった」


「うーん?」


「壊し屋として、その意見に部分的に同意します。

 モンスターは、ホラー映画や小説に登場する怪物とかわりません」


「だよな。そうじゃなかったら、

 大金と手間ヒマをかけて、あんな壁をつくらない」


「ですが、人間が血清を打った場合は、モンスターとは違います。

 その行動は多くの場合、元の人格に依存します。

 いや、むしろ――元の人格を強くすると言ってほうが良いでしょう」


「より強くする?」


「なべ―!!」


「あ、はいはい!! 今持ってく!」


 元の人格を強くする、ねぇ。


 リー、アイラ、サオリ、そしてカオリにキクオ。

 確かに皆アクが強いと言うか、キャラが濃いというか……。


 まぁグイグイ来る感じはあるよな。

 積極的と言うか。


 お酒が入って判断力が鈍ってる時とはまた違う、

 心のあり様な感じはするが……。


 うーん。

 俺は心理学者でもないから、あまりピンとこないな。

 言われてみれば確かに? って感じだけど。


「はい。僕は……あなた達は人間よりも人間らしい。

 むしろそんな気がしてます」


「あれだけのエナジードリンクを飲むほうが、

 よっぽどモンスターだよ」


 エイタは乾いた笑い声を愛想笑いに乗せる。

 しかし息を吐き出し終わると、彼は顔を地面のほうに向け、

 その顔はすっと暗くなった。


「モンスターは怪物そのもの。

 その血清を打った人間も怪物になっていく。

 会社にはそう教えられていたのに……。

 いまはわからなくなっています」


「怪物そのもの……?

 むしろ、俺はそっちのほうが想像付かないなぁ。

 俺があった人は、みんな親切だったし――」


 いや……待てよ?

 怪物そのものだったやつ――いるぞ。

 例外が「ひとり」だけいる……。


 それは俺がサキュバスになったきっかけの事件。


 サキュバスの血清を運んでいた天笠アマガサの輸送車両。

 あの車の運転手をかねた護衛のライカンだ。


 輸送車両に乗っていたライカンは、

 今ふりかえって考えてみると、異常なほど攻撃的だった。


 俺たちが先制攻撃をしたのは間違いない。


 それにしたって武装した人間に襲われたら、

 ふつうは動揺したりおびえるものだ。


 だけど、あのライカンは違った。

 まるで本当の怪物のような振る舞いだった。


 敵の心臓の動きを止められるなら、

 自分の命はどうなってもいい。


 命を奪い、奪われることに何のためらいもない。

 そんな動きだった。


 あのライカンは、天笠がやっている事と何か関係があるのか?

 まさかな……。





※作者コメント※

おやおやおや……。

何だか雲行きが!

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