おうちキャンプ


 スーパーから俺たちがエイタの家に帰った頃には、

 もう日が少し傾き始めていた。


 夕日の色に染まったエイタの家は、とても良い雰囲気があるな。

 ……主にホラー方面で。


 家の壁は古くなり、黒ずんだシミがある。

 夕刻になった今、それがまるで家自体が血に染まっているようにみえた。


 これ、完全に中からチェンソー持った殺人鬼が出てくるヤツだよ。


 いくら廃墟好きの物好きでも、

 とても中に入る気になれないんじゃなかろうか。


 まぁ、確かにエナジードリンクとかなんとかの、

 別の意味での死臭は漂っているんだけど。


 ま、その臭いも今日までだ。

 なんてったって今日はカレーだからな。


 アルコールとすえた果物の臭いは、カレーで全部吹き飛ばしてやる!


「もどったぞー!」

「さぁさぁ、買い出し部隊のおかえりですよー」


「おかえりなさいです。

 うわ、これまた大量に買ってきましたねぇ」


 スーパーから戻った俺たちは、エイタに戦果を見せつけた。


 彼はビニールの大きさと数に圧倒されたようで、

 細い目の中に収まっていた、まん丸い黒目を点にした。


「4人前ならこんなもんだろ。

 それに、そのうちのひとりは、3人前くらい食うしな!」


「うしし!」


「あー、たしかに……」


「じゃ、アレを始めるか」

「おー!」


 俺とリーは庭に周り、手近にあった石を積み上げ始める。

 廃屋の裏は原野に近いので、石と木は豊富にある。材料には困らないな。


<ゴトッ、ドンッ!>


 人の胴体くらいある大きな石もあったが、

 そこはリーが持ち前の怪力でなんなく積み上げる。


 いやぁ、彼女がいて助かったな。


「――あ、あのルイさん。いったい何を始めるんです?

 りょ、料理をするのでは?」


「うん、そうだよ。これは料理するためのカマドさ。

 つまり――おうちキャンプさ」


「おうちキャンプ、ですか……?」


「家主の前で言うのも何だけど、

 この家のキッチンって、全員の分を作るにはちょっと小さいからな」


「あ、たしかに……。

 僕一人だけならなんとかなりますが、4人となると難しいですよね。

 自炊なんて一度もしたこと無いんですけど」


「それを堂々と言われても困るんだが。

 自炊しないって言っても、さすがに炊飯器くらいはあるよな?」


「アッハイ。使います?」


「うん。じゃないと飯なしカレーになるからな」


「あ、カレーなんですね」


「キャンプといえばカレーだからな!」


「だなー!」


 そう、おうちキャンプだからカレーなのだ!


 けっして俺たちの料理スキルに問題があるからカレーになったのではない。

 カレーになるのが必然、この世の摂理だったのだ!


「さて、お手並み拝見といきましょうか」


 庭の軒先に立ったシヴァは腕を組み、壊れかけた雨戸に背中を預けた。

 こいつ……何がなんでも手伝わないつもりか!


「シヴァさんもやってください」


「私はほら……そこの木が動き出さないかを見張る、

 大事な仕事がありますので」


「その言い訳には無理があるだろ。

 シヴァってそんなに料理したくないのか?」


「アイラに怒られてたからなー!

 シゴトがザツだってー!」


「グッ」


「そんなに?」


「きびしい言い方がいいでしゅ?

 それともやさしい言い方がいいでしゅって、アイラが言ってた!」


「ほうほう、それでシヴァさんはどっちを?」


「やさしいほー選んだ!」


「ウッ!」


「あら、意外な一面。

 ストイックそうだし、きびしー言い方を選ぶかと」


「怒ったアイラはこわいからなー!」


「ですが、彼女は手伝おうとした努力は認めてくれました」


「なら、俺も認めるからやってみないか?

 カレーなんだし、そんな丁寧に切らなくていいよ」


「だいじょーぶ!

 わかんないトコは、オレが教えるぞー!」


「はぁ……お二人がそこまでいうのなら、仕方がないですね。

 どうなっても知りませんよ」


「こういうのは、やらないよりやったほうが美味しいもんだ」


「それにアイラが教えたからなー!

 だから、シヴァも今はできるはずだぜー!」


「そ、そうですね」


「あのー、僕も何か手伝いましょうか?」


 俺たちがワチャワチャやっていると、

 エイタが手伝いを申し出てきた。


 うーん、病み上がりというか

 死にかけていた彼を働かせて大丈夫かな?


 彼の顔色は青ざめているっていうか灰色なんだけど。


 でもあれか?

 皆が働いてる時にひとりだけ座っているってのも、

 なんか居心地が悪いか。


 うん……なら、

 エイタには火の番を頼むとするか。


「カマドで火をおこして、それを見ててくれないか?」


「えぇ、それぐらいなら」


 エイタは裏庭に転がっていた枯れ木の棒を組み合わせ、

 カマドの中に木で山をつくる。


 そして家の中に引っ込んだかと思うと、古いちり紙をもって来た。

 彼はそれにライターで火をつけると、木の山の奥にねじ込んだ。


 静かに白い煙が上がったかと思うと、すぐにパチパチと音を立てて

 カマドの中に火が起きる。


「エイタさん、ずいぶん手慣れてますね」


「アッハイ。子供の頃は良くやったもんで」


「え、放火を?」


「ちがいます! キャンプですよ!!

 子供の頃から放火って、どんな世紀末ですか?!」


「あぁ、そうですよね!?」


 いかんいかん。

 俺は近ごろの世間の末法具合に毒されていたようだ。


「なつかしいなぁ……子供の頃はよく家族とキャンプに行って

 こういう事をしてたっけなぁ」


「…………」


 オレンジ色の炎を見つめるエイタのまなざしは、

 炎ではなく、その向こう側を見つめているように見えた。


 この炎はここではないどこか、今ではない昔。

 彼の思い出とつながっているのだろうか。


 っと、そんなことよりも問題があるな。

 それは鍋に入れるものが何もないという事実だ。


 ニンジンは一本そのままの形だし、

 ジャガイモもタマネギもありのままのアナタって感じ。


 それなのに、エイタの手によって火が用意されてしまった。


 この裏庭がグンマーの原野と変わらないといっても、

 都合のいい枯れ木が無尽蔵にあるわけじゃない。


 火が燃え尽きる前に、下ごしらえを終わらせないと。

 

 いそげええええええ!!!



※作者コメント※

日常系の話が続くのも

何か悪くないな、と思ったりなど。

ワシも年をとったのぅ

よぼ…よぼ…

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