天笠の目的


「思ったよりかかりましたね」


「ちょっとヤボ用でな」


 俺がそういうと、シヴァは赤い髪をかきあげ、

 冷たい視線をオレに投げかける。


「あまり自由きままに動かれても困るのですが」


「俺はシヴァの部下になったつもりはないぞ」


「貴女を支配しようとしているわけではありません。

 お互いの安全のためです」


「安全、ね……それなら安心してくれ。

 しばらく何も起きそうにない」


「知るだけではどうしようもない。

 実行する手立てがないような案件ですか」


「まぁ……そんなところだ」


「なるほど」


 俺たちは商店街の外に足を向ける。

 シヴァは俺とリーを、商店街の横にある駐車場に連れていった。


 駐車場には自動車がいくつも停まっている。

 だが、ここにあるクルマは放置されて長いようだ。


 どの車もガラスが汚れて、真っ白にくもって中が見えない。

 タイヤも空気が抜けて潰れて、ホイールに緑色のコケが生えていた。


「ワイパーにつもった枯れ葉がすごいな。

 放置されて4,5年だろうけど、ここまでなるのか」


「もしゃもしゃだー!」


「まさかこれに乗るって言わないよな?」


「まさか」


 シヴァは停まっていたクルマのひとつ、黒色のセダンに近寄る。

 他のものにくらべると、それだけが際立って小綺麗だ。


 彼女は運転席のドアを開けると、俺をアゴで指した。


「運転できるんですよね」


「道がわからんよ」


「それもそうでしたね。私が動かしますか」


「ドライブだー!!」


「リーは後ろに。ルイは助手席に座ってください」


「まぁサイズ的にそうなるよな。

 ところでこのクルマ、どこからかっぱらってきたんだ?」


「買ったに決まっているでしょう。

 全部が全部、拾い物というわけじゃないですよ」


「それって、俺も拾い物の中に含まれる?」


「元のところに返してきましょうか」


「冗談きついぜ」


 俺たちはセダン車に乗り込んだ。運転席はシヴァ、助手席は俺だ。

 後部座席はリーなのだが、

 彼女がクルマに乗り込むとおおきく左右に傾いた。

 わぉ。流石の重量感だ。


「ふかふかー!」


「爪を立てないようにね」


「……おう!!」


 座席にのリーが、広げた手をひっこめる。

 ワ―タイガーの彼女は、自分の体そのものが武器だから、

 気を使うことが多くて大変そうだな。


 リーはおおざっぱな性格だけど、

 自分の体のせいで色々気にしないといけない。

 かなりのストレスになりそうだ。


「さて、まずは天笠の主任が住んでいる家に向かいましょう」


 シヴァはアクセルを踏み込んで車を出す。

 クルマはひび割れたアスファルトの上を波打つように進んだ。


「時間が惜しいですし高速道路を使いましょう。

 天笠の主任の家には、1時間もあればいけるはずです」


「いきなりお宅訪問かよ。大丈夫なのかそれ?」


「問題ありません。

 カバーストーリーは考えてあります」


「本当かよ……」


 さて、天笠アマガサの人間に接触するってんなら、

 これから街に行かないといけない。

 しかし、そもそもの話、俺はヤクザに追われている。


 シヴァ的には、そこの所はどうなんだろうな?

 何か対策があるんだろうか。


「ところでシヴァさん、お忘れじゃないといいんですが……。

 俺ってアワブロ・ヤクザに追われてるんだけど」


「ルイさんのご心配はもっともです。

 しかし、天笠関係者の家までヤクザが乗り込むことはないでしょう」


「どうしてだ?」


「いくら不法行為が生業のヤクザといえども、

 メガコーポと対立してしまえば命取りになりますから」


「確かに。民間軍事会社ヨウジンボウもやってる天笠が本気になれば、

 ヤクザくらいその日のうちに壊滅しそうだな。

 いや……待てよ? だとしたらちょっと気になることがある」


「気になることですか?」


「俺がこの姿になったのは、アワブロ・ヤクザの依頼を受けて

 天笠の血清を運んでいた車両を襲撃したからだ」


「それはまた大胆なことをしますね。

 知っててやったんですか?」


「まさか。知ってたら断ったよ。

 ヤクザから依頼を受けた時は、天笠のアの字も出てなかった」


「でしょうね」


「そういえば……そのあとヤクザに血清を届けたときも、

 天笠に対してビビってる様子はなかったな」


「ルイさんが血清を打ったのはそこで?」


「いや、俺が血清を打ったのは襲撃の時だ。

 運転手と護衛を兼ねていた、ライカンの反撃を受けて俺は死にかけた。

 それで車両の荷台にあった血清を打ったんだ」


「ふむ……致命的なケガのために血清を使ったのですか。

 ルイさんの体に強い変化が出たのはそのためでしょうか」


「なんだって?」


「個人差があるのは確かですが……。

 全身に症状がでている重い病気や、命に関わるケガがあると、

 人間の体を大きく変化させる傾向がありますね」


「クソ……普通はこうはならないのか?」


「そうですね。

 健康な人間が打った場合、見た目の変化は少ない傾向にあります。

 まぁ、私も詳しいことは存じあげません。

 私が保護した人たちから、経験則で学んだことですから」


「じゃあ、変化の少ないシヴァはそっちか。

 健康な状態で血清を打ったのか……なんでまた?」


「そう見えますか?」


「ああいや、鉄仮面のモンスターがいたかもしれない」


「自分のとなりに座った人間を殴りたくなるモンスターです」


「本当のモンスターじゃん」


「うそだー! シヴァは優しいぞ―!」


「ふふ、ありがとう」


「……話をもどすけど、健康な人間だったら変化は少なくてすむ。

 程度の問題があるってことなら、

 モンスター化した人間が元に戻る方法はあるのか?」


「それは以前から天笠が研究しているテーマのひとつですね。

 モンスターが人間だったらそうかも知れませんが」


「皮肉だな」


「天笠の研究は、当然うまくいってません。

 今の主流は血清の効果を上書きする研究ですが、

 血清を使った手法には限界があるようです」


「血清の効果を血清で打ち消す……みたいな?

 なんでダメなんだ」


「血清の正式名称が『契約血清』とあるように、

 これは1対1の契約なのですよ。

 それを破れば、大きな罰をうけます」


「大きな罰?」


「――キメラ化です。」


「異なる種類のモンスターの血清を使うと、

 ひとつの肉体に複数の特徴と能力を持つことになります」


「話を聞くだけだと、強そうだけどな」


「はい。実際強いです。

 キメラは肉体だけでなく、精神も崩壊しているので、

 生半可な攻撃で止まらない」


「強くてもそれじゃあ……話にならないな。

 天笠は何でそんな事を?」


「さぁ? その目的までは――ッ」


 ハンドルを握っていたシヴァの空気が張り詰めたものになる。

 彼女はまっすぐ前を見据えながら、俺に指示した。


「――ルイさん、バックミラーを見てください。

 顔は動かさず、目だけで」


「ん?」


 バックミラーには黒いクルマが映っていた。

 だが、乗っている人間は明らかにカタギじゃない。


 スーツの胸の下がふくらみ、肩が妙に突っ張っている。

 服の内側に銃のホルスターをつけ、防弾衣を着込んでいるのだ。


「つけられていますね。

 待ち伏せされていましたか」


「あれは……アワブロ・ヤクザクランの連中か?」


 俺は頭上のバックミラー越しに、追いかけてくるクルマの様子を見る。

 みっちり後部座席に3人座っているが、どいつも暴力の匂いがする。


「げっ!」


 助手席に座っていた男が動いた。

 やつの手にあるのは、俺も見慣れた獲物。


 ――マシンガンだ。


 振り返ると、銃口の黒い点と目があう。

 直後、目がくらむほどの光がそこからほとばしった。





※作者コメント※

天笠の元ネタはもちろん

紅白の傘のマークのあの会社です。

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