個人的な問題

「それでは動くとしますか。

 天笠の主任とコンタクトしなければ」


「シヴァ、すこし外で待っててくれないか?」


「おや、どうしました?」

「トイレかー!?」


「ちょっとキクオに聞きたいことがあってな。

 個人的な問題なんだ」


「……なるほど。

 そういうことでしたら、外でお待ちしています」


「なんだ。意外とものわかりがいいな」


「興味がありませんので」


「あっはい」


 シヴァに関係ない問題だから当然なんだけど……。


 それはそれで、真っ向から「興味ない」って言われると、

 精神的にボコられた感じがする。


 さてはシヴァってドSだな?


「さて、行きましょうか。

 あなたもよ」

「えー!」


 リーは興味しんしんといった感じで、しれっと居残ろうとしていた。

 だが、シヴァは容赦なく彼女の丸い耳をつまんで引っ張った。


 リーはずるずると引きずられ「あ~」という情けない声が遠くなる。

 そしてバタンと、ドアの閉まる音がした。


 相当荒っぽく閉めたのだろう。

 ドアに付いたベルの音色は、なかなか鳴り止まない。


 騒々しさの余韻がのこるなか、喫茶店に残ったのは、

 店主のキクオと俺だけだ。


 何か気まずい感じがする。

 しかし黙っててもしょうがない。


 とりあえず要件を伝えるか。


「あー……行く前にちょっとキクオに聞きたいことがある」


「拙者に聞きたいことでござるか!?

 ハッ!! 拙者、彼女はございませんぞ!

 フリーダムにしてバッチ来いでござるよ?!」


「そういう話じゃない、えーっと……

 お前を有能な調べ屋として見込んで、聞きたいことがある」


「ほう……何が知りたいでござるか?」


 キクオの性格はアレだが、調べ屋としての能力は高い。


 俺が奪い屋をやっていたときには、

 基本的に天笠のようなメガコーポの情報は、得ることが出来なかった。


 暗黒メガコーポの情報は、鉄のカーテンによって覆い隠されている。

 企業の内部情報を得られる調べ屋は、そう多くない。


 アレな性格を差し引いたとしても、

 キクオは有能で信用できる。


「俺は『願いの壁』の内側に入りたい。

 何か方法はないか?」


「壁の内側に……でござるか!?」


「あぁ、そうだ。

 願いの壁の内側に入る方法を知りたいんだ」


「ふぅむ……これまた難題でござるな。

 人間ならまだ可能性があったかもしれぬが……。

 ルイどのは血清を打って半分モンスターになっているでござる。

 そうなると、危険性が跳ね上がるでござるよ」


「半分モンスターだと危険になる……?

 どうしてだ?

 壁の中はモンスターだらけじゃないのか」


「そのとおりでござる。

 そのため壁の内側には、モンスターを外に出さないための仕組みが

 数多くあるでござる」


「あぁ、それは聞いたことがある。

 そうか……人間ならその仕組みに引っかからない。

 しかし、血清を打って純粋な人間じゃないとなると――」


「そういうことにござるな」


 あの中に入っている特殊部隊は人間のはず。

 モンスターの素材を使った装備をして

 対等にモンスターと渡り合えるとしても、あくまで人間だ。


 だから彼らは壁に設けられた侵入口、ゲートを自由に通れる。

 しかしモンスターとなると……通されることはない、と。


 クソッ!

 俺が血清を打ったことが足かせになるとは……。


「仮にルイ氏が中に入ることができたとしても、

 出られるかわからんでござるよ」


「くっ……」


「モンスターの探知システムと迎撃システムは完璧にござる。

 ここ数年、監視下でモンスターを外に出したことがないでござる」


「出るのが無理ってのはわかった。

 でもなキクオ、俺が知りたいのは中に入る方法だ。

 壁の内側に入るのは不可能じゃないのか?」


「可能か不可能かで言えば……可能でござるな」


「よし。具体的な方法は?」


「あらかじめ申すが、難しいでござるよ。

 かなりの危険が伴うし、必要な条件があるでござる」


「必要な条件でもなんでも、やってやるさ」


「ルイ氏の様子から察するに、

 ご家族が壁の内側に取り残されたでござるか」


「……そうだ。わかるのか?」


「拙者は調べ屋にて、当然でござるよ。

 長くやっている調べ屋なら、必ず聞く話にござる。

 そして、痛々しいあきらめの顔を見るのがセットにござる」


「キクオ。壁の内側に入るには、何をすれば良いんだ」


「あいやそこまで。

 調べ屋は商売にござるよ」


「む……すまん。

 いまは持ち合わせが……」


「なんと。ではかわりに――」


 くっ、俺に体で払えって言うつもりか。

 サキュバスだからって――


「このスマホで録音するので……

 ここに『キクオちゃんおはよう』って言ってほしいでござる。

 あ、ちょっとアンニュイな感じで朝起きて横にいるかんじで、

 吐息も混ぜてくれると最高でござるよ」


「さすがにそれはキモさのレベルがやばいぞ」


 キクオは俺にスマホのマイクを近づける。

 クソ!

 なんてはずかしめだ!!


「……はぁ……おはよう、キクオ」


「あーーーー!!! これはいけません!!!

 いけませんでござるよ!!

 この雑さが、気心のしれた感じが出て最高にござる

 これぞASMRの真髄でござるよおおおおおお!!!」


「やかましい。なんだそのASMRって」


「耳で聞くお風呂みたいなものですかな。

 命の洗濯でござるよ」


「なんか突っ込むとさらに長くなりそうだから

 その説明で満足しとく。

 それで、壁の中に入るにはどうしたらいい?」


「方法はいくつかあるでござるが、

 メジャーなのは、地下のルートを使う方法でござるな。

 地下鉄や下水道から侵入するでござるよ」


「なるほど……だが地下も無警戒じゃないんだろ?」


「左様にござる。下水道は封鎖されているでござる。

 自動砲台や各種センサー。自律兵器が目白押しにござるよ」


「地下も要塞化されてるのか。

 モンスターどころか、何ものも通す気はなさそうだ」


「ルイ氏、考えても見てほしいでござる。

 なんでそんな回りくどい封鎖をするのか」


「……そうか。

 下水道はコンクリートで埋めてしまえばそれで終わりだ。

 それが出来ない理由があるんだな?」


「そう。たったひとつ、通れるモノがあるにござる」


「それはなんだ?」


「もちろんにござるよ」


「水ぅ?」


「この東京の下水道は、洪水から街を守る役割があるにござる。

 台風、ゲリラ豪雨、それらで生じる大量の水。

 雨水はどうしても下水道に流さないといけないでござる」


「……なるほど、見えたぞ。

 台風なんかで大雨が来ると、下水道の警戒がゆるむんだな?」


「左様にござる。

 ただし、大雨のときの下水道は危険でござるよ。

 名うての密輸人が、何人も行方知れずになってるでござる」


「いや、そこまでわかれば十分だ。

 後はこっちでなんとかするさ」


「気休めにすぎないかもしれぬでござるが、

 陰ながら応援しているでござるよ」


「あぁ、ありがとな、キクオ」



※作者コメント※

なかなか高いハードルがあるなぁ。

水に強いモンスターとか……おるんかな?

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