逃避


 <バン!>


 俺は待機させていたクルマに乗り込むと、勢いよくドアを締めた。


「ギルマン、出せ!」


「おう」


<ブォォォンッ!!>


 ギルマンがアクセルを踏み込むと、違法改造されたエンジンが唸りを上げる。

 このクルマは自家用車を戦闘用に改造した装甲車だ。


 排ガス規制も何のその。

 背後から黒煙を上げてクルマは道路を爆走する。


「ルイ、問題発生か」


「おーよ。むしろ何で起こらないと思った」


「治療のために血清を使ったのはまずかったな」


「アワブロ・ヤクザクランに目をつけられちまった」


 ――ヤクザクラン。


 威圧、暴力、強盗、放火、そして殺人。

 非合法手段によって裏社会でビジネスを行う者。それをヤクザと言う。

 そして、そのヤクザの集まりが「ヤクザクラン」だ。


 彼らの主な収入源は、<ピー>薬物の流通、地上げ、ポンビキ、お友達料徴収、デスゲーム運営、マグロ漁船の襲撃などだ。


 アワブロ・ヤクザがやっているビジネスは、文字通りのアワブロ経営だ。

 あの契約血清は、きっとアワブロで働く従業員に使う予定だったのだろう。


 従業員をサキュバスに……なんてすば――おそろしい事を考えるんだ。


「こうなったら仕方ない。別のクランの縄張りに逃げるか」


 俺がそう提案すると、ギルマンは前を見たまま同意する。


「だな。連中もシマを超えてまで来るこた無いだろう」


「ギルマン、このまま隠れ家まで行ってくれ」


「あぁ、飛ばすぞ!」


 さすがギルマンだ。

 裏社会の連中に目をつけられたというのに、顔色ひとつ変えない。

 ウーラ・ギルマン。「鉄鎖の信頼」の異名は伊達ではないな。


 加速した世界の中で、するすると風景が後ろに流れていく。

 しかし、俺はふと気がついた。


「隠れ家に行くなら、道が違うんじゃないか」


「いいや、このままでいいのさ」


「ああそうか。普段とは移動ルートを変えないといけないか」


「……そういうことだ」


 うっかりしていた。

 これは完全にギルマンが正しい。


 俺はつい、ギルマンが裏切ったのかと早合点してしまった。

 やれやれ、相棒を疑うなんて……どうかしてるな


「……ん?」


 ギルマンが運転するクルマは、町のとある区画に入り込んでいた。


 街の通りの左右にはピンク色のネオンサインが並び、看板には「激しく前後」といった、ほとんど違法行為な卑猥ひわいな単語が並ぶ。


 看板をぶら下げているのは、お城をモチーフにしたメルヘンな建物。

 どうやら建物は、宿泊と休憩を目的としたホテルのようだ。


 ホテルの前にある看板には、時間単位で法外な料金が書かれている。

 これは……ラブホ街じゃねーか!!!


「おい、ギルマン。なんちゅーとこに入ってるんだよ」


「隠れ家に帰ったら危険だ。ルイ、ここでやり過ごそう」


 はい?


「……ラブホテルでぇ?」


「何もしないから!! 休憩するだけだから!!」


 そういうギルマンは、頬を真っ赤にしている。

 ヤツはハァハァと息を荒らげながら「休むだけだから」と連呼する。


「誰が信じるかぁ!!」

「あぁっ!」


 俺はドアを開けて、クルマから飛び出した。

 クソ! サキュバスの色気がギルマンまでおかしくしちまった……!


「待ってくれルイ!」


 ギルマンはクルマをスピンさせるとこちらに向き直る。

 おい、それはやめろおおおお!!!


 だがギルマンはためらいなくアクセルを踏み込む。

 クルマは爆発したかのように俺の方に飛び込んできた!!

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」


<ズガシャァァァァン!!>


「…………!?」


 次の瞬間、俺はクルマにひかれるどころか、ホテルの塀の上にいた。


 俺はイチかバチか、クルマが来る方向から飛び退こうとした。

 すると俺の体は空を飛び、十数メートルの距離を移動していた。


 こんなジャンプ、人間なら絶対できない。

 これはまさか……。


「これが……モンスターの能力ってわけか?」


 そういえばサキュバスの背中には、小さいコウモリ風の羽がついている。

 人外じみたジャンプが出来たのは、これのおかげか?


「待ってくれぇぇぇぇ!!!」


 ラブホの塀にめり込んで煙を上げるクルマ。

 そこからギルマンがはい出てきて、俺に戻ってきてくれと哀願してきた。


「うっさいわ!! もうお前との相棒は解消だ!!」


 俺のことを性的な意味で襲おうとするギルマン。

 もうヤツのことは相棒としては見れない。


 塀の上からホテルの屋上に向かって俺は飛んだ。

 そして、屋上から屋根伝いに町の中を逃げることにした。


「ひとまず安全なところに逃げなくては」


 しかし、いったいどこに逃げればいい?

 俺の隠れ家は、もちろんギルマンもその場所を知っている。


 隠れ家に戻れば、ヤツと鉢合わせてしまう。


 アワブロ・ヤクザクランから逃げるには、シマを超えないといけない。

 しかしシマを越えた先には知り合いも何もいない。


「……どうしよう?」



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