欲しがる人たち


「どういうことだスルタン!」

「奪い屋が女の子になりたがっていただと……!?」


 いやいやホントだよ!

 どうしてそーなる!


「フゥン。わからんなら教えてやろう……」


 スルタンはせき払いをすると、ゆっくり席から立ち上がった。

 そして彼は両手を広げ、部屋の天井を仰ぐ。

 その様子は、まるでありがたい教えを信徒に伝える教祖のようだ。


「なぜ奪い屋がサキュバスになったのか?

 それはルイちゃんに奪いたいものがあるからだ」


「奪いたいもの?」

「なんだそれは!!」


「彼は『鉄鎖の信頼』の異名を持つ、ウーラ・ギルマンを相棒にしている。

 ギルマンとルイのコンビは、組まれてからまだ数ヶ月だ。

 しかし、彼らは困難な依頼を数多くこなしており、

 今回の依頼でも、そのチームワークの高さを証明している」


「まさか……!」

「そういうことか!!」


 うん?

 どういうことだ?


「ルイはギルマンのために女の子になりたかったのだ!!」


 いや、ねーよ!!!


 ギルマンのおっさんは確かに信頼できる相棒だが……。

 俺は男だし、オッサンはオッサンだ。

 説明のために無理矢理くっつけようとするんじゃねぇ!!


「別にそういうわけでは……これは事故みたいなものでして」


「うむ……人の心とはそういうものだ」


 だめだこりゃ。

 完全にイッちゃってる。


「と、ともかく依頼の品は届けましたんで、これで……」


「え、もう帰っちゃうの?」

「もうちょっと居ようよ」「おじさんたちとお話しない」

「こないだ東京湾に沈めた売人の話とか」

「警官の家族を襲撃した時の楽しい話があるよ~!」


 ナチュラルに重犯罪の話をしようとするんじゃねぇ!

 キャバクラのノリで言うことじゃね―ぞ!


「……ん?」


 俺の視界にモヤがかかっている?

 いや、違う。


 この部屋には灰色のタバコの煙が漂っている。

 だが、俺はそれに何か別のものが混じっているのに気がついた。


 白っぽいが、すこしピンク色をしたもやもや。

 この明らかに体に悪そうな物体は、ヤクザの親分たちから出ているようだ。


 そういえば、サキュバスって男を魅了するんだよな。

 まさか、魅了状態になってる?


 何かヤバそうな気がする……!!!

 早くここから出ないと!!!


「それではこれで失礼します!!!

 またのご依頼をお待ちしております―!!!」


 俺は黒服の間をすり抜けて部屋から脱出した。


<バタン!!>


「……スルタンの」


「……うっ、ふぅ。あんなサキュバスは始めてだ」


「なぁスルタンの。

 風俗女どもにサキュバスの血清を打つことはあった。

 だがなにか物足りねぇ。

 そう思うことはなかったか?」


「ああ。――恥じらいよ」


「わかってるじゃねぇか。

 女がサキュバスになると「欲しいんでしょう?」みてぇになる。

 だが、男がサキュバスになると――」


「ああ、素晴らしい逸品いっぴんになる

 だが、ただの男じゃ駄目だ。

 男として鍛え上げた奪い屋だからこそ、あの目になる」


「だな。戸惑いと恥じらい。そしてあの目――たまらねぇな」


「あれは要塞だ。それも難攻不落のな。

 だからこそ落としたくなる」


「ちげぇねぇ。

 スルタンの旦那……」


「うむ。兄弟たちのために手に入れようじゃないか」


「そうこなくっちゃ」


 鷹揚おうようにうなずき、スルタンは手をたたいた。

 すると前かがみになった黒服たちが彼のもとに電話を持ってくる。

 電話を受け取ったスルタンは、いずこかに通話をつなげる。


「私だ。いま部屋を出ていったサキュバスを捕まえろ。

 絶対に殺すな。顔に傷をつけるなよ」


「スルタンわしらの兵隊も使ってくだせえ。

 そのかわり順番・・は……」


「ずりぃぞ! うちもだすぞ!」「人は出せんが武器は!」

「うちはクルマもだすぞ!」「やんややんや」「わいわい」


 人は手に入らぬ物を手に入れたがるものだ。

 それが貴重であればあるほど、手を尽くそうとする。


 ルイのもとに、裏社会の総力が結集しようとしていた。


・ 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る