プロフェッショナル


 風に吹かれる糸のように紫煙しえんが漂う、窓のない部屋。

 部屋には一本の巨木から造られた無垢材むくざいのテーブルがある。


 テーブルには、何人もの男がついて並んでいた。


 彼らは上等なスーツに身を包んでいるが、その振る舞いは荒々しい。

 格好は紳士的だが、中身はそうではなさそうだ。


 どの男もただ座っているだけだ。しかし妙な緊張感がある。

 この場にいる全員に、暴力で飯を食っている者が持つ独特の雰囲気があった。


 不意にテーブルについた男の1人。

 ほほに傷のある壮年の男が口を開いた。

 

「スルタン……天笠アマガサ製薬を襲って大丈夫なのかね」


 彼がスルタンと声をかけたのは、テーブルの一番の席次にいる男性だ。

 不安そうな男とは対称的に、スルタンは安らぎに満ちた笑顔を浮かべた。


「ご心配なさらず。

 皆さまを危険にさらすような事態は起きませんよ」


「しかしだね、あの天笠なのだから……」


「はっはっは。今回依頼したのは、あの安桜 琉唯(あざくら るい)ですから」


 スルタンがある人物の名前を上げると、「おぉ」という声が上がった。


「あの有名な『奪い屋』か……」「じゃけぇ安心じゃ」

「金さえ出せばなんでも盗ってくるという……」

「ゴリラを素手で殺したと言うぞ」「それはもうモンスターなのではないか」

「うちの掃除屋との戦争も手伝ってくれねぇかなあ」


 彼らの言葉の端々に、暴力的な単語が並ぶ。


 上等なスーツでもその獣性は隠せていない。

 彼らは裏社会の住人だった。


 彼らは天笠製薬がある特別な「契約血清」手に入れたという情報を得た。

 そこで輸送中の血清の強奪を目論んだのだ。


「失礼いたします。スルタン様、お耳に入れたいことが」


 どこからともなく黒服の男が部屋にやってくる。

 彼はスルタンの許可を得ると、彼に何事かを耳打ちした。


「おぉ、どうやら仕事はうまくいったようですぞ」


「なんと……それはすばらしい!」


「スルタン、ぜひ琉唯ルイの兄ぃをここへ!」


「まぁまぁ、落ち着いて――」


「あ、オメェ抜け駆けする気だな?」「前もウチのシマで」

「何いってんでぇ」「やんややんや」

「ぎゃーぎゃー」「すっとろいほうが悪いんだ。バカタレ」「いいやがったな」


「落ち着けってんだろぉ!!」


「「……スンッ」」


 スルタンの怒号で一気に部屋が静まり返り、部屋の温度が下がった気がした。

 いや、これは気のせいではない。

 現に彼の椅子の周りには白い霜が降りていた。


 彼の近くにいる者が震えているのは恐れのせいだけではない。

 強烈な寒さでガタガタと震えているのだ。


「皆さまのご要望にお答えして、彼をこの場にまねくとしましょう」


「ハッ!」


 スルタンは、まるで王様が召使いを呼ぶように手をたたいた。

 すると黒服は今回手柄を立てた「奪い屋」を呼びにいった。


「……………」


 しかし、奪い屋を呼びに行ったはずの黒服はなかなか戻らない。

 黒服は部屋のドアのあたりで、誰かと言い争っているようだ。


「――ですから!」

「いや無理なんだって!」

「そこをなんとか!」


「ええい、早く連れてこい! さもなきゃケジメだぞ!」


 スルタンが黒服に向かって怒鳴る。

 黒服はケジメと言われ、あせった様子で、口笛を吹いた。


 口笛が鳴ると、追加の黒服がどこからともなくやって来る。

 彼らは黒い塊となって「奪い屋」に飛びかかり、ようやく彼を捕まえた。


琉唯ルイどのは……なかなかシャイなようですな」


 集まった黒服は一つの生命体のようになって、テーブルの前で運び屋を降ろす。

 しかし現れた運び屋の姿に、この場にいた全員があっと声を上げた。


「あれは――」


 奪い屋はガチムチの筋骨隆々どころか、しなやかなシルエットをしていた。


 しなやかといっても、ボディに全く空気抵抗が無いというわけではない。

 むしろその逆だ。出るところはしっかりと出ている。


 立ちつくす彼女・・の流線型の中には大きな球体がふたつある。

 言うまでもなく、これは大自然の脅威である。

 このアクセントに対しては、いかなる批評家も熱くほめ称えるであろう。


 彼女の肩の上まで伸びた黒髪はショートボブだ。

 短く軽やかに揺れる髪は、見るものに活動的な印象を与える。


 しかし、長いまつ毛に囲まれた金色の瞳は、世をはかなむようにさびしげな視線をどこかに投げかけている。


 その瞳をひと目見ただけで、男たちの心はかき乱された。

 さながら水面に石を投げ込まれるように心の深い部分が波立ったのだ。


 ――が。問題はそこではない。


 彼女は頭部に一対の赤色のつのがある。

 背中には小さいコウモリの羽。


 魅力的な女性の姿で、角とコウモリの翼を持つ存在。

 この場にいる誰もが、この特徴に合致するモノについて知っていた。



「……サキュバス?」





※作者コメント※

初のTSモノ、ここからやっていくぜ……

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