2話:バイト

「おい、黄河こうが〜悪いが一時間残れるか?」

「はい! 大丈夫です!」


 俺は講義が終わると、すぐに大学から二駅ほど先にあるカフェでのバイトをしている。

 理由は簡単で、ボッチである俺にリアル●●●の友達なんておらず、数年経った今では話を振ったり共感してあげたりなんかの能力が著しく低下している。


まぁこういうのも一瞬の筋トレのようなモノだろうな。


 そんな訳で接客や人間関係の筋トレとして⋯⋯こうして俺は週5日の4時間程のバイトに勤しんでいるという感じだ。


「あの、店員さん?」

「あ、すぐにお伺いします!」


 俺は丁寧に対応して、いつもこの時間にいる常連さんの注文をとり、すぐに中へと入る。


「黄河、今日もお客さんからの評判がいいぞ?この調子で⋯⋯って、もうそろそろ始まるんだっけか?」

「あはは、そうなんですよ」


 そろそろというのは『就活』の事だ。

一応面接時にそういう話は事前に説明済みだ。


 よくこういう系統の話で揉めるというのは噂に聞いていたから、余計な揉め事を減らす為に先に大学での生活配分については抜かりはない。


「黄河だけだぞー?こうやって無理言って残業だの、休日出勤なんかしてくれんのは」

「まぁ、僕はボッチ生活ですし、タダ働きってわけじゃないですから」

「にしてもなぁー」


レジの机に片肘をだらんと乗せて不満そうに俺を見つめる店長の姿が映る。


 まぁ⋯⋯店長の気持ちは分かる。 

最近入ってくるバイトの連中はあんまり礼儀とか仕事への意欲がないからか、こっちが教えてもなぁなぁで済まされてしまい、軽く注意しても「すいませんー」と軽く流されてしまう。

 俺みたいに馬鹿真面目に働いてる奴も中々少ないのかと狭い世界での主観だが、そう感じている。


 『これだから若いやつは』なんて言われてしまうのも無理ない。俺は筋トレのつもりで働いてるから何ともないけど他のやつは違うしね。


「ありがとうございましたー!」


いつも遅くまで残ってパソコンで作業している常連のお客様を見送って、店内を見回す。

⋯⋯大丈夫そうかな。


「店長、もうお客様いないんで閉めちゃいますよ?」

「おーサンキュー!」


 俺は割と今のバイトの環境は嫌いじゃない。

店長の人柄はいいし、接客の勉強からコーヒーやその他の知識も付く。


「黄河、もう清掃まで終わらせたのか。流石だな」

「まぁ、もう四年も働かせてもらってますからね」

「こうして長く一緒にいると、辞めちゃうのが名残惜しいな」


⋯⋯同感だ。

4年も見慣れたこの景色も、もうすぐお別れだと思うと、気が重い。というか、これから就活が始まるのが億劫で仕方ない。


「そういえばお聞きしたいことがあるんですけど」

「どうした?何でも聞いてくれ」

「店長の娘さんいるじゃないですか?」

「お前に娘はやらんぞ」


なにやら店長が勘違いしていきなり真顔になった為、すぐに俺は両手を急いで横に振って誤解を解く。


「違いますよ、娘さん、確か冒険者やってましたよね?」

「ん?そんな事か?ウチの娘はいくつだっつったっけな⋯⋯」


ポケットからスマホを取り出して何やら調べている。


「あ、あったぞ!Cランクだそうだぞ?」

「Cランク⋯⋯凄いですね」

「あぁ!流石にAは難しいとは思っていたが、まさかあっという間にCランクに昇格するとは思ってもみなかったよ」


 一応常識としては習っている。

冒険者の等級はアルファベット順で、Fを下として、最上級がSS。最初はSSなんているのか?なんて思っていた。     

 だって、Sで十分ヤバイってのが伝わるから。

しかし実際は結構なもので、SS級冒険者はトンデモナイ能力を有しているらしい。色々都市伝説的で実際のところは誰もわかっていないが。

 S級冒険者の一部は異名などが付いているからどんな能力をメインとして使っているのかがなんとなく分かるようになっている。


 そして、なんとなく理解出来るだろうが、この冒険者の世界は甘くない。


 というのも、完全な実力社会で、等級難易度とその冒険者における等級はかなり大事らしい。勿論最初のFから暫くは問題ないだろうが。


 俺達が住んでいるこの※球の現在人口は100億近くになろうとしている。そして現在、あくまでも好奇心やスキルを得たい者たちを含めた冒険者登録をしている人はほとんど。


 理由は明白だろう。

ステータスカードを通すだけで勝手にスキルを覚えたり出来るんだから。

 現在では冒険者の等級で差別が起きたり、同ランクでの争いがかなり頻発していたりする。まぁ、人間にそんな比較対象を露骨に与えたらこうなるってのはなんとなく予想していたけど。


 そんな中でDランクになっただけでも凄いと言われるくらいだ。ステータスカードを通したほとんどの人間は普通のスキルしかもらえないという。

 なんとも言えない気持ちではあるが、これも早い内に現実へと返す為としか受け取れない。


 講義中に聞いていた「俺のスキルでいけるか?」というのは、そういう事だ。

 多くの奴らは上にあがれない。


"理由はスキルが弱いから"

⋯⋯それが理由だ。

当然、C級ともなれば、ピラミッドでもかなり上位に食い込めるラインの人間。俺からすれば、店長の娘さんはかなり、というか相当凄いんだと思う。


 そんなところで気になっている奴も多いと思うが、俺はその中でもステータスカードを通していない少ない人種の一人だ。

 何でか?⋯⋯なんでだっけ?●●●●●●あんまり記憶がないんだよね。とにかくゲームとかしてたら気付いたらこんな感じになってたってだけ。


 特に必要だと感じる日々がなかったからやらなかっただけ。


「でも、Cランクにもなると、討伐とかもかなりヤバそうですよね、大丈夫なんですか?」

「俺もそれは心配なんだ。アイツ、結構猪突猛進なタイプだし、俺も気が気じゃないさ」


 ダンジョンの難易度や場所によって様々なモンスターが出現するが、これも等級によっては一つのクランが潰されることもあるらしい。なかなか怖い。


「店長はステータスカード通してるんでしたっけ?」

「あぁ、あんまり良いのはなかったが」

「そうですか」


店長は俺の表情に何かを察したのか、俺を座らせた。


「ちょっと待ってろ」


そう言って店長自らこの店自慢のアメリカーノを淹れている。


「ほら」

「ありがとうございます」


 目の前に出されたアメリカーノからは香ばしい香りと、店長の丁寧な淹れ方で発動する独特の甘みが、閉店したこの店内に広がる。


「いただきます」

「それで?わざわざ冒険者について聞いたり、なんからしくないじゃん。ここは俺も大人として話くらいは聞かないとな!」


豪快な笑い声と共に、店長は片肘を机に乗せながら前のめりで聞いてくる。


「やっぱり出ちゃってましたか」

「そりゃたっぷりとな」


頼れる人もいないし、店長に聞いてみるか。


「実は、今迷っていて」

「ほぉ、何に?」

「就活がもうすぐ始まるのはご存知だとは思うんですが、周りがやたらと冒険者についての話題が上がってて、やっぱり就職はどうなのかなーと考えることが日に日に多くなってて⋯⋯」


 現在ではかなり冒険者関連の職業は人気職とまで言われるようになった。勿論、反対する団体や意見も多数あることは前提だが。

 楽に生きるのが難しいことなんて理解しているし、別に100%そうなりたいわけでもない。

 

適度に働いて、適度に寝て、適度に食べる。


 生きている野生動物たちには失礼かもしれないが、俺はそんな並々な生活がしたいと思っている。

 

 まぁ、こんな俺だが、リアルで友達はいない。

⋯⋯しかしネ友ならいる。

ソシャゲをやっている自分だからギルドメンバーなんだけど。

 かなり仲が良くて今じゃゲームを攻略するよりも話していることの方が多いくらいだ。そいつらもみんな冒険者をやりながら一緒にゲームをしている。


昔にも今のような時期が俺にもあった。


ジュリウス:『なぁ?みんな冒険者なんだよな?』

オイゲン:『あぁそうだぞ!どうかしたのか?』

ジュリウス:『やっぱり稼げんの?ちょっと聞いてみたかったからさ!失礼だったらごめん』

オイゲン:『まぁまぁそうだよな。仕方ないよ、実際みんな気になるところだよな』

サイトウ:『私は今1年足らずでD級くらい!そんなレベルで良ければ教えるけど、今月収40万くらいかな〜?』

ジュリウス:『えっ?ヤバくね?』

オイゲン:『狩場の効率いい所か?なら分かる』

サイトウ:『まぁそんな所!まぁここにいる人達だから話すけど、私は川崎周辺のダンジョンで活動してて、今はDランク指定の青い森ダンジョンで低めの魔石を回収しまくってる』

オイゲン:『相当大変じゃないか?体を大事にしろよ?』

サイトウ:『大丈夫!スキルで体の疲れは比較的収まってるから!』


 今思えばサイトウもオイゲンもかなり凄いレベルなんだろうなー。まぁそん時はまだまだ人生についてなんて考える年齢ほどでもなかったから「すげぇ」と思いながらスルー気味だったけど、今は違う。

 ⋯⋯本格的に人生について考えないといけない。

 2ヶ月前くらいから内定会社の情報や現在進行形で務めている人たちのブログなんかを見漁ったりもした。


その時、『げっ』と思わずスマホ片手に呟いていたのを今でも覚えている。


色んなサイトを巡るも、どこもブラックっぽいのだ。


 やれ労働基準法なんて遵守しているところの方が少ないだの、無言で押し付けてくるサビ残の量に匹敵する程の仕事量、パワハラが横行する職場、女ならちょっと美人でスタイルが良ければセクハラ紛いの言動や行動。

 しかも結構な数⋯⋯弱いとはいえ、学生の頃にバイト感覚でステータスカードを通している者達がほとんど。その為常人よりも強い腕力や能力を有していることもあり、女性陣たちも対処に困っているのだ。


 俺はそんな記事を目の当たりにして固まった。

対して金も貰えず、サビ残やパワハラに耐えながら仕事をこなしていかないといけないのかと。


 だから最近、軽くうつ気味なのだ。

これから自分もそんな生活を始めないといけないのかと。

 多分自分は⋯⋯怠惰で、自己的で、傲慢で、排他的な性格をしているのを自覚している。 

⋯⋯所謂ダメ人間って奴だ。

そんな自分が就職などして、組織に耐えうるのかと不安で不安で仕方がない。


 俺はそんな気持ちを失礼承知で店長にぶつけてみた。


別にどんな返しが来ようと構わない。

客観的にどう思われているのかを聞いてみようと思ったのだ。


「そうか⋯⋯」

「自分は恐らくそういう人間なので、一人で成立する冒険者とかが向いているのかなーと思ったり、もしスキルが弱くて使いものにならなかったとしたら──大人しく就職するべきなのかなーってら思ったりしてまして⋯⋯すみません、なんか重めで」

「いや、そんな事はないぞ?誰だって人生に関わる事に直面すれば⋯⋯嫌でもそうなるだろ」


 こういう時は男らしいんだよなー店長。いつもは駄目駄目っぽいのに。

 こういうところがモテるところなんだろうな。

俺とは大違いだ。


「しっかし、まぁ⋯⋯今の若い奴らも大変だよなー。こうやって時代が変わっていく狭間で生きると、新しいことと今までの常識を秘めて生きている大人に挟まれねえといけないんだからなー」


「はは、ありがとうございます」


「まぁあくまでも参考だ。黄河がどう進むのかは自由だが、俺の意見は一つ。結局後悔して羨みながら就職なりして嫌な仕事をやるか、やり切って嫌な仕事をするか──この二択だと思うがな。後は黄河が結婚したりとか、色々やっていきたい事にもよるがな」


「やりたい事⋯⋯ですか」


「あぁ、やりたい事とかやっていきたい事ってのは重要だ。結婚したいと思っているなら、なんの仕事をしているかというのは重要だろ?」


「そうですね」


「親としては、適当な仕事をしているそこいらの奴に預けるにはちと重いわな。これはあくまで例えだから他のことにも言えるわけだな」


やりたい事⋯⋯か。

俺のやりたい事は、どれも抽象的だな。


 大金持ちになって好き放題課金して家でのらりくらりしたいとか、高級風俗店に行って好き放題したいとか、ご飯も高い方がいいなとか、美女とハワイとか旅行行ってうふふな時間も過ごしたいとか⋯⋯なんか自分で言っててクソみたいだな。

 実力隠して実は超金持ちとかアピールするのも悪くないな。


⋯⋯⋯⋯うん。ごめん、無かったことにしよう。


 さっきは平凡が良いなんて言ったが、本当のところ、案外俺は外に出て冒険者っぽい事がしたいのかな。

 

 日々に飽き飽きしたのかな。

それとも、就活がいやで無理やりそう言ってるのかな。

 でも、就活するくらいだったら冒険者として様々な刺激に触れて生きていくっていうのも良いかもしれない。

 自分がやりたい事⋯⋯ね。


「そうですよねー」

「まぁ、これから悩めるじゃんと思ったが、もう始まってしまうもんな──」


そう話している途中で、店長は遅れてハッとする。


「ん?というか黄河、お前ステータスカードを通してないのか?」

「はい」

「おいおいまじかよ、なんでそれを言わないんだ」

「え?」


⋯⋯あっ。

俺もそう言われて数秒遅れて気付く。


「いや、そもそもまず冒険者登録してみればいいじゃないのか?」

「ですよね、自分で今気付いてなんでそう思わなかったんだろうと気付きました」


呆れ半分に笑ってそう返す。店長も「まぁまぁそういう奴もいるよな」と流してくれた。


「まっ、別にステータスカードでどんなスキルがあるのを確かめてから悩むのもいいんじゃないか? 俺としては冒険者を始めて死ぬよりも、就職して安定を取る方をどうしても立場上勧めないといけないからな」


「ですよね、ありがとうございます」


「そしたら今日は帰って存分に悩め。そんで早い内に確認して色々始めた方がよさそうだな。まっ、もし冒険者として成功する事になれば、俺の店を紹介してくれよ!昔のよしみでな!」


「勿論ですよ」


「ほらっ、後片付けは俺がやるから、帰った帰った! それから──いつも残ってくれてありがとうな!」

「いえ! こちらこそありがとうございます」


俺は店長の言う通りにしてリュック背負って自分の家へと帰って次の日を迎えた。

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