第14話 アクション、アニメ、ミステリー
***
シネコンの電光掲示板では、上映開始時間が近いことを知らせて数字がいくつか点滅している。最初は予告だと分かっていても、あせってしまうのはなぜだろう。
もうすぐ始まる映画は三つあった。海外のアクション映画の続編、ベストセラーのミステリーが原作の邦画、子ども向けのアニメ。
「恋愛要素がメインの映画がないな」
駿介は残念そうにしている。
「最近、少ないかもね」
「俺は花音ちゃんと恋の映画が見たかった。見終わった後に、お互いの恋愛観とか、色々語り合えたのに」
「何であなたと恋愛観を語り合わないといけないの。雪間くんの話をするんじゃないのか」
「うっかりするとつい優先順位が全部、花音ちゃんになっちゃうなあ」
「うっかりしないで」
駿介は、ミステリーが見たかったようだが、私はアクション映画がいいと主張した。
「これ、パート4じゃん。今までのも見ているの?」
「うん。配信でね。引退した殺し屋が、飼っていた犬を殺されて、怒ってマフィアを壊滅させるの。その後、色々あって話が続いているんだけど。何も考えずに見れていい」
「花音ちゃん、そういう映画が好きだったんだね。意外だけど、そんなところも可愛いなあ」
「駿介なら、『シャイニング』が好きって言っても、可愛いって言いそう」
「何それ? どんな映画?」
「雪山で、お父さんの気が狂うの。めちゃくちゃ怖いホラー」
「ホラーは正直苦手だけど、花音ちゃんと一緒なら何でも見るよ。怖がった君の、頭をなでてあげることもできるしね」
「ぶれないなあ。だんだん、感心してきた」
無理矢理につきあわせたからということで、チケット代金は駿介が出すという。駿介がチケットを買っている間に、私は売店でポップコーンとコーラ、駿介に頼まれたコーヒーを買う。店員からトレーにまとめて渡された。
ポップコーンは、キャラメル味にした。予定外の事態だったが、紙製のボックスに山盛りになったポップコーンを見たら、多少心が浮き立つのを否定できなかった。
どこかレトロな近未来っぽさのある映画館だった。大きなスクリーンにはネオンカラーの光が走り、もうすぐ公開されるSF映画の予告が流れている。面白そうで見たいと思っていた映画だ。雪間くんを誘ってみようかとちらりと思ったが、仕事で疲れているなら迷惑かもしれない。
駿介は中央にあるソファのそばにいた。ズボンのポケットに手をいれて立っているだけなのに、様になっている。背が高いために目立っており、周囲の人の目を引いていた。世の中には、喋らない方がいい人というのもいるものだと嘆息する。
肩に衝撃があり、足がよろけた。ポップコーンがトレーにこぼれる。飲み物はトレーの穴にはめて固定されており、蓋もしてあったから無事だった。
態勢を立て直して振り向くと、小太りの六十代くらいの男性が右腕をおさえていた。スキンヘッドにサングラスをかけ、派手な柄のシャツを着ている。
「すみません」
「いったあ。姉ちゃん、気いつけやあ。骨が折れたかもしらんわあ」
やや芝居がかった口調で言うと、大げさに腕をさすっている。後ろには、バイクのメーカー名がプリントされたTシャツ姿の、がっちりした体形の同年代の男性がいた。
「いい加減にしろよ」
バイクの男性は、含み笑いでサングラスの男性の肩を小突いている。足を止めていた私も悪いが、男性も前方不注意だったはずだ。しかし、そういうことは関係ないのだろう。
「花音ちゃん、大丈夫?」
駿介が駆け寄ってきて、私をかばうように私と男性の間に入った。頑健な駿介を前に、男性たちが急に委縮したのが、目に見えて分かった。
「こっちも悪かったしなあ。そんじゃ」
突然、自分の非を認めて、そそくさと立ち去ろうとする。その時だった。サングラスの男性が、駿介の顔をじっと見つめた。サングラスで目は見えなかったけれど、おそらく。
「あれ? あんた、この前の……」
「それじゃ、すみませんでした」
駿介は相手の声を遮ると、私の肩を両手で抱えて向きを変えさせると、足早にその場を離れた。ちらりと後ろを振り返ると、サングラスの男性はこちらを指さして、バイクの男性に何かを言っているようだった。
エスカレーターを上り、人目につかない通路の奥まで行くと、駿介はようやく立ち止まった。
「どうしたの?」
「花音ちゃん、やっぱり映画やめない?」
明らかに狼狽した表情で言う。
「何で?」
「だよねえ……」
「さっきの人、知り合いなの?」
「知らないよ、あんなおじさん達」
「でも、駿介の事、向こうは知っていたみたいだったけど」
「人違いじゃない?」
目をそらし、誤魔化すように口端を上げる。
「じゃあ、どうして急に映画を止めようなんて言うの? もうチケットも買っちゃったんでしょ?」
「……うん、そうだね。ちょっと待ってて」
駿介は着ている緑のシャツをぬぐと、私の肩にかけた。私がかぶっていた紺のキャップを取ると、サイズを調整して自分がかぶる。
「これちょっと貸して。すぐ戻ってくるから、待ってて」
駿介は小走りでエスカレーターを降りて行った。私には、呆然と立ち尽くす以外にできることはなかった。駿介のシャツは大きく、肩から落ちそうになるが、手にはトレーを持っているので支えることができない。
本当にすぐ、駿介は戻ってきた。手にチケットを二枚持っている。
「やっぱりこっちにしよう」
駿介に連れていかれたのは子供向けのアニメをやっているシアターの前だった。
「え? 何でこれ?」
「急に、どうしてもこれが見たくなったから」
「さっきのチケットはどうしたの?」
「いいのいいの」
何がいいのか、さっぱり分からない。しかし、半ば押し込まれるようにして入った場内は、もうすぐ映画が始まるところだった。体を小さくしながら、座席の番号を見つけて腰かける。主に就学前の女の子向けの、変身する少女が悪と戦う物語である。私も子どもの頃に見ていたが、毎年シリーズが変わるので、今のキャラクターなどもちろん知らない。劇場を見回してみたが、小さな女の子とその親、という組み合わせしかいなかった。
隣に座る駿介を見ると、安堵したような表情で深い息をついている。本当に、この映画が見たかったのだろうか。私はアクション映画が見たかったのに。詳しいことを聞きたかったが、映画が始まってしまったので、口を噤まざるをえなかった。
「食べていいよ」
駿介にささやき、ポップコーンを手前のテーブルに置く。駿介は嬉しそうに微笑んだ。
*
まったく期待しないで見たのだが、意外に良い映画だった。誤解が元で悪に落ちてしまった精霊を、純粋な少女や少年たちが、戦いながら説得して浄化し、元の姿に戻す。この子達がどういう子なのかよく分からないにも関わらず、テンポのよいアクション画面に魅せられて夢中になってしまった。胸を打つセリフに、クライマックスではちょっと泣きそうになった。
鼻をすする音がしたような気がして隣を見ると、駿介はハンカチで目を拭っていた。
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