ベルニーの森の魔物

 昔々、アーブローディの南部、ベルニーの森に近い村々で、だいたい1週間に1、2人という頻度ひんどで、子供が行方不明になる事件が起こりました。


 ベルニーの森には魔獣まじゅうがうじゃうじゃいますから、仕事の都合で森に入った、冒険者と呼ばれる日雇ひやといの戦闘員が行方不明になることは、めずらしくありません。

 ですが、森に入ってもいない子供たちとなると、話は別です。


由々ゆゆしき事態! 悪質な魔獣がひそんでいる可能性がある! みなものこころしてかかれ!」


 領主りょうしゅ様はとるものもとりあえず参謀さんぼうめいじて、軍隊を招集しょうしゅうして村の警備をかためさせました。

 領内の魔獣駆除くじょ業者や冒険者にも、協力を呼びかけました。



 魔物モンスターが先天的に、つまり親からの遺伝で魔力をび、時に魔法に近い能力を使う生物であるのに対し、魔獣デーモン・ビーストは魔力が体の中にまりすぎて後天的に凶暴化した生物のことです。


 魔物の縄張なわばりの近隣きんりんでは開拓かいたくが進まないので、魔物は人里ひとざとはなれた密林みつりんや山脈の奥にしかおらず、遭遇そうぐうしたり戦ったりしたことのある人はめったにいません。


 それに対して、魔獣はどこにでも現れるため、人々は日常的にその対処を強いられていました。

 魔獣となった生き物は、食べることもねむることも忘れて数日間あばれ回った後は、魔力爆発を起こして死んでしまいます。

 ですが、体が大きくなり、体力も強くなるので、暴れている間は手が付けられません。



 村の畑を取り囲むほりさくは、大昔から作ってあるので、領主様たちはまずそれを点検させました。

 ですが、魔獣が侵入した痕跡こんせきはありませんでした。


 続いて、村の用水路を調べさせました。

 ですが、魔獣がみついている様子はなく、子供たちの遺体も見つかりませんでした。



「サルの魔獣がほりさくを乗り越えたのか」

 報告を受けた領主様のつぶやきに、参謀が冷静に返しました。

「そうかもしれませぬが、それよりも、村の内部の者が、何らかの理由で子供をさらっている可能性を検討すべきでは?」

「やはり、そうなるか」

 領主様はひどく苦しい顔でうつむきました。


 外国人系住民、獣人、エルフ、飲んだくれ、好色漢こうしょくかん、同性愛者、浮浪者ホームレスなど、村の中にもあやしい人はいます。

 昔はそういう表面的な事柄だけで、犯罪者のように思われたのです。

 もちろん、独断と偏見で無実の人間を逮捕たいほしても、領主様が間抜まぬけをさらすだけです。

 領主様は警吏けいりたちを改めて激励げきれいしつつ、かくたる証拠が出るまでは、むやみに誰かを逮捕しないように命じました。


 ですが、村人たちはそんな悠長ゆうちょうにしていられません。

 特に、子供を持つ親たちは、いつどこで我が子が行方不明になるかと思うと、生きた心地ここちがしません。

 仕事にはいらず、食事ものどを通らず、夜も眠れない有様ありさまでした。


 幸い、領主様の調査が始まってからは、行方不明者は出ていませんでしたが、根も葉もないうわさが飛び交い、不穏な空気が村を支配するのに、時間はかかりませんでした。


 ついに、貧しい同性愛者が十数人の村人たちに殺される事件が発生しました。


 領主様と参謀は事態がこれ以上悪化しないように、軍隊をベルニーの森に差し向けることを決めました。



 普通の動物は人間の気配を感じると逃げるものですが、魔獣はむしろ人間をおそいに来ます。

 軍隊を森に入れるようなことをすれば、森中の魔獣が押し寄せてくるに違いありません。

 普通の兵士では数人がかりでも魔獣を倒すことは難しいので、普通は後方からの援護えんご射撃にてっしたがる魔術師を、魔獣退治では前線に立たせることになります。

 要するに、ただ危険なだけでなく、何かとお金がかるのでした。



 入念な準備をし、士気しきを高めて、約500人もの軍勢がベルニーの森に入りました。

 いつ魔獣がおそってくるか分からないので、兵士たちは隊列をくずさないよう、ゆっくりゆっくり進みます。


 やがて、その足音とにおいを察知して、イタチ、キツネ、シカ、イノシシ、クマといった森中の魔獣たちが兵士たちを襲いに来ました。


 死者は30人余り、負傷者は120人近くにのぼりました。

 とはいえ、兵士たちが勇敢に戦ったおかげで、実に11体もの魔獣が退治されました。

 森には今後も魔獣が出るでしょうが、しばらくは大丈夫でしょう。

 ということで、任務を終えた兵士たちは、村で宴会えんかいをした後、晴れやかな気持ちで撤収てっしゅうしていきました。



 しかし、兵士たちが村を出た翌日、また1人、村の子供が行方不明になりました。


 村の人々は激しく失望しました。


 村で比較的裕福ゆうふくな家は、自腹じばらを切って冒険者ギルドに高い報酬ほうしゅうを持ち込み、問題解決を依頼しました。

 数日後、各地のギルドでうわさを聞きつけた実力派の冒険者たちが、続々と村にやってきました。



 そんな冒険者の1人に、シンディという女性がいました。

 シンディと3人の仲間たちは、この村に来た中では唯一の、Aランクの冒険者パーティでした。


 冒険者は能力ごとにFからSまでのランクがありますが、Sランクになるほどの実力者はその前にどこかの組織に引き抜かれます。

 上から2番目のAランクは、「高度に危険な戦闘系クエストでも仲間と連携れんけいすれば安定的に達成できるレベル」です。


 つまり、シンディたちは今回のような得体の知れない「クエスト」でも、仲間と助け合えば達成できると期待される冒険者なのでした。



「どう思う?」


 パーティメンバーであるルーゴの質問に、シンディはよどみなく答えます。


「まずは森へ」


「村は警吏けいりが調べているから、まずはそうだろうな。でも、Cランクの冒険者パーティが何組か行方不明になってる。何か対策をした方が良いんじゃないか」


「魔獣がもう掃討そうとうされているなら、魔獣より恐ろしいものが森にひそんでいると考えるべきでしょうね。そういう装備でのぞもう」


 シンディが言っているのは人間、つまり、盗賊のことです。

 今回の場合、魔獣が巣くう森を根城に、誰にも知られず子供をさらい、冒険者たちをかえちにするほど、強力な連中ということになります。

 ルーゴだけでなく他の仲間たちも、苦い顔をしました。



 シンディたちは朝から森に入りましたが、しばらくは1匹の魔獣とさえ遭遇そうぐうしませんでした。

 昼過ぎになって、シンディたちの耳に、少女とも少年ともつかない、甲高い悲鳴が聞こえてきました。


「助けて! 誰か! 助けて!」


「シンディ!」

「うん、行こう!」

 そう言いながら、シンディたちは既に走り出していました。


 その間も、悲鳴は続いています。

「助けて! 誰か! 助けて!」


「なんか、単調な悲鳴だな」

 先頭を走っていたルーゴがぼそりと言った直後、


「シンディ!」


 という声が、森にひびきました。

 呼ばれたシンディは、とっさに仲間たちを制止せいししました。

「止まって! みんな、止まって!」


 みんな枯葉かれはをまき散らしながら踏ん張りましたが、ルーゴは止まり切れず、がけから落ちそうに――。

「ヴォッフ!」

 野太い声を出しながら、シンディがルーゴの襟首えりくびつかみ、他の仲間2人もそれに続いて、ルーゴの落下をどうにか食い止めました。



 森の地面は元々、平坦ではなく凹凸おうとつがありますし、がけの手前はしげみが盛り上がっていて、傍目はたみには危険に見えません。

 崖の高さは10mほど。

 ケガをなお水薬ポーションがあるとはいえ、走った勢いのまま落ちたら、しばらくは満足に動けなくなっていたことでしょう。


 そのとき、

「助けて! 誰か! 助けて!」

 という声を響かせながら、大きな怪鳥がルーゴに襲いかかりました。


 シンディたち4人はいそいで態勢たいせいを立て直し、危ういところで怪鳥の鉤爪かぎづめをかわしました。

「何だ、あれ!?」

「知るか、ボケ!」

 ルーゴの疑問に、シンディが乱暴に返しました。

 シンディは冒険者として経験をむ中で、他の冒険者たちにまって、とっさのとききたない言葉が出るようになっていました。

「とにかく、やることは1つ!」


 その怪鳥は翼開長よくかいちょう3mほどと巨大で、尾羽おばねが白く長く、全体はくすんだ枯葉かれは色ですが、首の内側は赤く血のようでした。


 どうやらありふれた魔獣ではなく、もっと強い魔物のようです。


「シンディ! シンディ!」

 怪鳥はシンディたちの目線より少し高い、太い木のえだに止まって、甲高い声でシンディを呼びます。


 シンディは弓矢をかまえました。

 変な声で鳴いていますが、ひとまず普通の鳥と同じようにねらってみるしかありません。


 弓矢自体は少し高品質な程度ですが、シンディは特殊な魔法で、はなった矢を加速したり曲げたりすることができるため、威力いりょくと命中精度がきわめて高いのでした。


 ねらいを定めていると、怪鳥は目敏めざとく飛び立ちました。

 ですが、シンディは構わず矢を放ち、見事みごと、怪鳥ののどつらぬきました。


「よっしゃ!」

 パーティメンバーたちが歓声かんせいを上げました。


 怪鳥はぴたりと沈黙ちんもくし、がけの下に落ちていきました。



 シンディたちは回り込んで崖の下に行き、怪鳥の死体を回収しました。


 付近には、他の冒険者の遺体と、何人かの子供たちの遺体もありました。

 シンディたちは息をみ、胸を痛め、略式りゃくしき黙祷もくとうをしました。


 そして、その後もしばらく付近の調査をしてから、村に戻りました。



「人の声を真似まねる怪鳥か。なるほど、そやつが子供たちをさくの近くにさそい出し、空からさらっていたのかもしれぬな」

 後日、報告を聞いた領主様が言いました。

 横で参謀がうなずきます。

「領主様の軍隊が入ったとき見つからなかったのは、魔獣よりも警戒心が強かったからか」


「そうだと思います。

 私たちをがけさそい込んだことを考えると、他の冒険者もそうやって餌食えじきにしていたようですが、数百人の軍勢にはさすがに警戒したのでしょう。

 森に魔獣が蔓延はびこっていた頃は、冒険者が何人か行方不明になっても魔獣の仕業しわざだろうということで、誰もあやしまなかったのだと思います」


 シンディが言いました。


「予想とは違いましたが、結局、最も恐ろしいのは我々人間だったと言えるでしょう」



 この一件があってからというもの、ベルニーの森近隣きんりんの村々では、家の外で子供の名前を呼んではいけない、森の魔物にさらわれてしまう、と言われているそうです。




<ベルニーの森の魔物、完>


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