第14話 盗人

「――もしもしーこちらエリートでお馴染みのアリエッタよ。聞こえる私の声?」


 貴族、サド・マル―ラの屋敷。屋敷門から少し離れた場所にて。

 手に持っているデンツウ石から声が聞こえたのは、アリエッタが屋敷に入ってすぐだった。

「ああ、バッチリ聞こえるぞ」と応答すると彼女はご機嫌そうに言った。


「――このイヤリングいいわね。つけてみたら意外とオシャレだし。貰おうかしら」

「やらねぇよ。欲しいなら自分で買えよな」

「――むっーケチ」

「ケチじゃないだろ?まぁいい、それじゃ早速屋敷の中の状況を教えてくれ」

「――了解。えーとね……私は今屋敷の人に案内されて1階にある展示室にいるの。美術品を集めるのが好きみたいね。この部屋には高そうな絵とかいっぱい飾ってあるわ。1個ぐらい持って行ってもバレないんじゃない?」

「捕まるぞお前」

「――冗談よ。で、部屋の真ん中にはウルフが狙っている女神の指輪が展示されてあるわ」

『兄貴、女神の指輪だってよ。一体どんな指輪なんだろうね? きっと綺麗な指輪なんだろうな~もし兄貴と結婚するんだったら女神の指輪を貰うのもアリかな』


 破壊神が女神の指輪をつけるのか? 面白い冗談だな。


「――詳しいことは聞かされていないんだけど。この部屋には仕掛けがあるみたいで女神の指輪から3メートル以内に近づいたら爆発して死ぬみたい」


 なんだよそれ……怖すぎだろ?


「それで?その部屋に王国騎士は何人いるんだ?」

「――私を含めて11人よ。ウルフを捕まえた者には褒美を出すって聞かされて皆、必死になっているわ……まったく必死になっても無駄なのにね。だって捕まって褒美を貰うのは私なんだから」

「……お前のその自信はどこから来るんだよ?」

『11人か……そんなたくさん人がいるんだったら、すでにウルフが変装して紛れ込んでいるかも』

「とりあえずアリエッタは不審が動きをしているやつを見つけたら捕まえてくれ。予告状によるとあと10分でウルフが指輪を盗むはずだ」


「――了解」と彼女からの連絡は途切れる。

 デンツウ石をバッグに入れて、時計の短針が12時に指す時を待った。

 

 ○○○


 しばらく待って、もうすぐウルフが指輪を盗む時間になる頃。

 外で不審者を探していたが特に怪しいやつはいなかった。

 屋敷門も庭も異常なし。王国騎士が見張りをしているだけで変わりはなかった。


『ウルフ姿見せないかもしれないね。こんなに見張りがいるんじゃ』

「そうかもな」


 俺は懐中時計を見る。あと5秒、4、3、2、1……ウルフが指輪を盗む時間だ。

 

「………………」

『…………………来ないね』


 時間になっても王国騎士が慌てる様子もなく、アリエッタからウルフを発見したという連絡も来ない。

 リムの言う通りウルフは現れず、女神の指輪は盗まれなかった。

 俺はデンツウ石を取り出して、アリエッタと連絡しようとすると、


「――ひゃあ! なに?」


 アリエッタの驚きがデンツウ石から聞こえたと同時に、さっきまで照らしていた屋敷の室内の灯りが消えた。

 屋敷が暗闇に包まれ俺たちは混乱。

 庭からは「灯りをつけろ!」とざわめいて、デンツウ石には騒がしい室内の様子が聞こえている。


「大丈夫か?アリエッタ」

「――私は大丈夫!でも暗くて何も見えないわ!」

「落ち着け。すぐに他の王国騎士が灯りをつけてくれるはずだ」


 灯りを失って約5分。灯りが復活した。

 しかしその5分は盗人ウルフとって十分すぎる時間だった。


「――ないっ!なくなってるわ!」


 屋敷の明かりが点灯した後、室内から聞こえたのはアリエッタの声と周りの動揺だった。


「どうした!?」

「――指輪がないわ!」


 マジか………灯りが消えた隙にウルフに盗まれたのか。


「てか指輪に近づいたら爆発して死ぬんじゃなかったのかよ?」


 いや、そんなことはどうでもいい。

 外へ逃げたウルフを追いかけるのが俺の役目だ。

 俺は見渡しても怪しいやつがいないか捜索を始めようとする。

 盗まれてからまだ時間はあまり経っていない。まだ奴は近くに――


「あなたが何でも屋ですか?」

『兄貴っ後ろ!』


 突然幼い声が聞こえ、背後にさっきまでなかった人の気配を感じ、悪寒が走る。

 振り返ろうとすると、「動かないでください」と声が聞こえた。ちらっと後ろを見るとナイフの刃先が俺のほうに向いていた。

 ……いつの間に俺の背後にいた?


「……そのまま私の質問に答えてください。あなたは何でも屋ですか?」


 命の危機を感じたので正直に「あぁ、確かに俺は何でも屋だ」と頷くと、後ろの少女は自己紹介をしてきた。


「お目にかかれて光栄です何でも屋さん。初めまして私はウルフと言います」

「お前がウルフか」


 ウルフ。その名前を聞いた瞬間、俺は目を見開く。

 今ちょうど俺が探していた盗人。まさか相手からわざわざ会いに来るとはな。

 予想外の展開にリムも『え?ウルフ?』と驚いていた。


「今日はあなたに依頼を頼みたくて会いに来ました」

「……俺に依頼だと?」

「はい。やっぱり口で説明するより依頼書を書いたほうがいいですか?」

「いや……口頭でも問題ない。それで依頼ってなんだ?……盗みの手伝いでもすればいいのか?」

「違います。盗みは私の仕事ですから必要ないです。何でも屋さんには殺しをお願いしたいです」

「殺し、だと?」

「はい。王国騎士団を1人。名前はハーウィン。数々の事件を解決し凶悪犯を捕まえ、金の盾と高い地位を手に入れた男です。人当たりもよく部下からの人望も厚い、それに頭が良くて強い」

「それでイケメンだったら妬むな」

「残念ながら男前です。ファンクラブができるほど」

「……」


 神様。なんで世の中は平等じゃないんですか?


「……なぜ殺すんだ?」

「彼はいずれ大きな過ちを起こすからです。その過ちはきっと多くの人を巻き込み悲しませます」

「過ち………?そいつはどういう過ちを起こすんだ。詳しく教えてくれ」

「……すみません。まだそれぐらいしか分かりません」

「は?」

「ですが必ずハーウィンは事件が起こします。大事になる前にやつを殺さないといけません。報酬はそちらが決めてもらっても結構です。満足する額を出しますから」

「……」

「何でも屋さん。あなたの答えを聞いてもいいですか?」


 ウルフの問いに、俺は少し黙っていた。

 そして「そうだな!」と振り返る。

 俺の次の行動が理解できたリムは『いつでも準備オーケーだよ!』と答えた。


「懐!」


 向けられた凶器を握ると、刃物は粉々に砕けた。

 咄嗟に後ろに下がって距離をとったウルフはお面で顔が見えなかった。だが身長と声からして少女。


「悪いな、こう見えてにも俺は多忙でね。依頼はたくさん来るんだ。例えば今日貴族の屋敷で盗みを働くウルフを捕まえろとかな」

「断るのですね」

「当たり前だ」

『兄貴いいの?多忙とか嘘ついちゃって。本当はあまり依頼来てないんでしょ?』


 うるせぇ……


「トモヒコぉぉ!!見つけたぁ!」


 ウルフを睨んでいると室内で見張りをしていたアリエッタが大声を上げながら、こちらへ向かって走ってきた。


「早いじゃないか?アリエッタ」

「えぇ、あんたがウルフにやられたんじゃないかと思って来てやったの。ありがたく思いなさいよね」

「はいはい」


 俺の横で戦闘態勢に入っているアリエッタを見て、ウルフは声を漏らす。


「どうしてここに王国騎士が?」

「バカねーさっきのあんたの話、イヤリングこれに筒抜けだったわよ」

「……そうですか。じゃ何でも屋さんに私を捕まえろという依頼をしたのはあなたですね。それじゃここは逃げたほうがいいかもしれませんね」

「逃げられると思っているの?あんた盗むだけじゃなく殺害をするつもりね。そんなの私が許さないわ」

「……何でも屋さん。依頼受ける気になったらいつでも私を呼んでください。いつでも待ってますから」

「受けるわけないだろ?俺は虫も殺せない心優しい男なんだぜ」

「いえ………あなたは必ず依頼を受けます」

「?」

「それじゃまた会いましょう。何でも屋さん……あとリムさん」

『ばいばーい! あれ?なんで私の名前を知っているの? 自己紹介したっけ?』


 俺たちに背を向けて、街中へ逃げていく。

 遠くなっていくウルフをみすみす逃すわけにはいかない。


「おい、アリエッタ」

「分かっている! 追いかけるわよ!」

『兄貴ファイト!』


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