始まり
二年後ーー。
スラン王国 王都スラリア。
大陸、人類生存域最南端の国だ。
平地が多く肥沃な大地が広がっており、農業が盛んだ。
その王都であるスラリアは人口30万人を超える屈指の大都市である。
シリウス達は、そこに来ていた。
シリウスはサリスを連れて、この世界を旅しできた。
二人は王都を一望できる喫茶店のテラス席で食事をとっている。
美味しそうにパウンドケーキと紅茶を頬張っているサリスをじっと見つめていた。
(可愛いなぁ......会った時は愛着とか無かったのに、こうも骨抜きにされるとはね)
シリウスは自身のNPCに微塵も愛着なんて持ったことがなかった。
しかし、こうも心がこもった相手だとまるで実の子供のように可愛いものだ。
まぁ、子供どころか友達もいたことないので、実際はわからないが。
「シリウス様、ついにこの日が来ましたね」
サリスはシリウスにそう尋ねた。
あれから二年、この二人でずっと旅をしてきていた。
そして最高の悪役ムーブをかますための下準備を。
「ああ、もうこの世界のことは理解したーー戦勝祭、今日こそがふさわしい」
どうなら、この世界はアンノウンワールドは全く関係ない異世界であるようだ。
一応、心眼を使えば相手の強さをレベル換算で視認することはできるらしい。
この世界には、魔族と呼ばれる種族が存在する。
人類の天敵であり、魔王軍により人類は絶滅の危機に瀕していたようだ。
だが三年前に勇者が魔王を討伐し、人類側が勝利を掴んだそうだ。
どうやら勇者は異世界より召喚されたと言われている。
そしてーー。
アンノウンワールドよりも圧倒的に弱者が多いということだ。
例えば、アルカ公国という国を訪れた際、同国最強と呼ばれた剣士のレベルは64だった。
それ以外も30レベル以下の有象無象が殆ど、50を超える者もごくごく少数。
アンノウンワールドで自動生成されるNPC国家では、小国規模なら100レベル級が3体、大国なら100レベル級が10人前後いた。
まるで話にならないくらい、レベルが低い。
そして、今日この日、シリウスはこの王都を殲滅する。
戦勝祭ーー魔族との戦争の勝利を記念するこの日。
戦勝ムードをぶち壊して、現れる新しい脅威。
実に良い。世界が平和になったと思ったら、それ以上の新しい敵が現れる展開。
その平和をぶち壊す悪役というのも素晴らしい。
「覚悟はできているか? 今後かなり辛いことになると思うぞ」
「できています、貴方様の為なら命を捧げますよ......その為の守護聖典なのでしょう?」
確かにそうだ。
しかし。
「とはいえ、お前のことは気に入っているんだーー死なれると困る」
そのシリウスの言葉に、サリスは笑みを浮かべた。
「私は貴方様に出会うまで、誰にも愛されずに生きてきましたーー魔眼を持つ忌み子だと虐げられてきました、人として扱ってくれたのはシリウス様だけなんです」
サリスの気持ちがわからなくもない。
昔から、人と話すのが苦手だった。
だから友達もいなけりゃ、社会に出ても孤立した。
それどころかゲーム内でも。
理由は沢山あるが、育ってきた環境に起因する。
幼少期の出来事は、その後の人格形成に大きく関わるものだ。
実のところ、この悪役ロールプレイではなく素の口調でサリスと喋ったら、どもりどもりでまともに会話もできないと思う。
だから、シリウスという皮を被ることでしか接することができない。
それ故に、同じく社会的弱者だったサリスの気持ちは少しだけわかる。
「......だから、貴方様の望む誰もが平和に平等に暮らせる世界を作りたいんです」
ん? 誰もが平和に暮らせる平等な世界?
そんなの目指してないんだけど。
そんな話し聞いてないんだけど。
ただ悪役っぽいことして、人様に迷惑かけたいだけなんだけど。
(確かに、サリスに世界を征服するって言ってたけど......そんなこと考えてないよ)
しかし何も目的がないというのも味気ない、ここはサリスに乗った方が良い。
「そうだが、その過程で多くの人が死ぬだろう。少なくともこの王都は滅ぼす」
「多少の犠牲はしょうがないじゃないですか、その先にある平穏の為の生贄です!」
サリスも変に納得しているようだ。
それに大抵の悪役は、世界を巻き込んだ目的があるものだ。
世界の統一、それがちょうど良いかもしれない。
シリウスはふと、眼下に広がる街に目を向ける。
王都中がお祭りムードで騒がしい。
町中が彩られ、夜通しで祭りが行われるそうだ。
内心、胸のわくわくが止まらない。
ずっとやりたかった。
圧倒的な力を持ったイレギュラーが暴れ回るその展開。
こんなわがままで、一体どれほどの人間が死ぬのだろうか。
それなのにやめられない、興奮が止まらない。
力を持って、初めてわかった自身の本音だ。
「ああ、そうだ......我も分も食べれば良い」
シリウスはそう言って、自分の分のシフォンケーキをサリスに渡す。
実際この身体は、人間と違って食事の必要性がない。
それに自分で食べるより、美味しそうに食べるサリスを見る方が好きだ。
「良いんですか? しかしシリウス様の分で......」
「良い、あまり空腹ではないんだ......食べてくれると嬉しい」
それを聞いたサリスは目を輝かせる。
「良いんですか? ありがとうございます!」
シフォンケーキをぱくぱくと口に運んでいく。
(可愛いんだよなぁ、よしよししたい)
シリウスは咄嗟に、サリスの頭を撫でる。
サリスも「へへっ」と嬉しそうにそれを受け止めていた。
頭を撫でながらも、サリスのレベルを再確認する。
レベルは88。
この二年で上限で上昇した。
生贄召喚とバフ・デバフ特化のステータス構成だ。
とはいえ、70レベル後半程度の純粋な戦闘力はある。
ともかく、この二年間でサリスより強い者を見たことがなかった。
怖いのは勇者だけーーいや、それすらも倒せるはずだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
その日の夜だ。
シリウスとサリスは飛行魔法を使い、王都の上空に浮かんでいた。
二人が使っているのは、アンノウンワールドの飛行魔法だ。
真下の王都では、どこかしかも蝋燭で広がって明るく照らされていた。
人々の狂騒が、空高くまで聞こえてくる。
「そろそろ、始めるんですね」
「ああ、後悔してくれるなよ?」
「まさか後悔だなんて」
シリウスとサリスはお互いに微笑みあった。
シリウスの背後に巨大な魔法陣が出現する。
「サリスが見るのは初めてだったな、戦略級の大魔法は」
「はい、確かシリウス様が元々いた世界での最高位の魔法ですよね?」
「そうだ、その中でも期間限定クエストのーーいや、なんでもない」
「期間限定......?」
余計なことを言ってしまった。
まぁ、良いだろう。
シリウスがこれから使う魔法は、期間限定超難度クエストーーそれを先着10名でクリアしたものに報酬として与えられる大魔法。
アンノウンワールドでも最高位に位置する、"戦略級魔法"に分類される。
その効果は、都市全域に火炎の雨を降られるという、ある種の攻城魔法といえるだろう。
単純な加害範囲ならこの魔法に匹敵するものは存在しなかった。
シリウスもこの魔法のおかげで、幾つものNPC国家を滅ぼすことができたと言っても良い。
「平穏なんてないことを知れ」
シリウスの周囲に更に幾つもの魔法陣が展開し、それが複雑に組み合わさっていく。
「
シリウスを起点に、夜よりも暗い漆黒の炎が街に降り注いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます