新世界




芹は目を覚ます。





知らない天井ーーと言うか青空。





「ここどこ? 部屋で寝ていたはずだよね?」




辺りを見渡す。



そこは自室ではなく、どこまでも青々とした草原が続く平原だった。





「夢......じゃない、よね?」



自身の頬をつねってみる。


普通に痛い。



あまりにリアルすぎる。


どうにも夢とは思えない。




空を見渡していると、空を飛んでいる何かを見つける。



遠目でもわかる。



あまりにも大きい。




どうにも鳥には見えない。



目を細めて、確認してみるとファンタジー作品に出てくるドラゴンに酷似していた。





「いや、これ異世界転生的なっ!? いや、嘘でしょ!!!」




芹は思わず叫び声を上げてしまう。


そんなことあり得るなんて思えない、でも夢だとも思えないのだ。




芹は近くにあった水たまりを除く。




その水面に反射して写っていたのは、芹とは別人だった。




白銀のしなやかな髪、真っ白な肌、整った顔立ち、真紅の瞳に黒衣を纏った少女がそこにはいた。





「あれ私、シリウスになってね?」




そこに写っていたのは紛れもなく、アンノウンワールドで愛用した自キャラであるシリウスだった。





「えぇ、私シリウスになってるの!? まてまて全然状況わからないんだけど、何がなんなの??」




シリウスの皮を被った芹は、軽い混乱状態になる。


理解が追いつかない。





「どうしよう、これ元の世界に帰れるの? てかっ私の顔綺麗すぎるって......」




自分で言うのもなんだが、キャラメイクに1週間もかけた。


不細工なわけがない。





芹が暫くあたふたしていると、目の前から数人の男がこちらに向かっているのを発見する。





身なりは遠目でもわかるくらいには薄汚く、雑多な武器を持っている。



それが盗賊に類する人間だと察する。


 

少なくとも友好的とは思えない。




「え、え、あ、ああれ、絶対カタギじゃないじゃん......っ」




芹は逃げようとするが、足がすくんでその場から動けない。



当たり前といえば当たり前なのだろうが、現代日本人が、盗賊に襲われるなど想定できるわけがない。




「に、にげなきっーー」



この場から逃げなければいけないのに、身体が恐怖で震えてまともに動けない。



怖いーー頭の中が恐怖で満たされていく。





「おい、こんな草原の真ん中で誰かつったていると思ったら女だぜ!」




気づけば、盗賊達に辺りを囲まれていた。




「あ、あっ、あ、ああ......」




芹はその時あまりにもの恐怖で、座り込んでしまっていた。


頬には恐怖からか涙が伝っていた。





「んでこいつどうする? 相当な上玉だぞ、それに身なりもいい」


「決まってるだろう、わざわざ聞くな」



そういうと、芹の腕を盗賊が掴んだ。




「や、やめて、や、やめてくだっ、さい......!」




芹は弱々しく抵抗しようとするが、男の圧倒的な力にねじ伏せられてしまう。




「まわして、飽きたら奴隷として売り飛ばすだろ、顔がいいしきっと高値がつくぜ」


「でもいいのか? いいとこの人間だったら大問題だが」


「どうせこんな草原に放り投げられてんだ、大丈夫だ」




男達の卑下た笑い声が、頭に深く突き刺さってくる。





終わった。



異世界に飛ばされて、速攻で詰んでしまった。



もう恐怖で震えることしかできない。




怖い、怖い。



頭の中が真っ白になる。








だが、ある時を境に急に冷静になる。





(この状況、シリウスならどうするのかな)




今の芹の外見はシリウスそのものだ。




ならばシリウスの能力、魔法、スキルを使えたっておかしくないはずだ。





その時だ、まるでシリウスの人格が芹の中に入ってくるような錯覚に襲われる。







今なら、きっといける。







シリウスになりきる、あのロールプレイを今ここでーー。











芹ーーもといシリウスの顔つきが変わった。




ワナワナ怯えていた表情は、冷酷で冷静な冷ややかなものへと変貌する。






「触るな痴れ者が」




「あ?」





シリウスがそう言い放った時、シリウスの腕を掴んでいた男の身体が吹き飛んだ。




血液の粒子が宙を舞う、男は跡形もなく消滅していた。


文字通り吹き飛んだのだ。




なんと外見だけでなく、シリウスの能力を使うことができた。






「な、なんだ!?」


「何が起こった!!」




盗賊達は、シリウスから距離を取る。




(なに、なんなの? この高揚感? ゲームぶり? いや、それよりもっと)




男の頭を吹き飛ばした時の感想は、圧倒的な爽快感と快楽だった。




アンノウンワールドでロールプレイをしていた時に似ているが、それ以上ーー不覚にも人の命を奪った感覚にゾクゾクしてしまった。







「下劣な人間、なに我に気安く触れている?」



 

病弱そうな少女から放たれるのは、間違いなく覇王の圧だ。




一介の盗賊ごときが、この圧に耐えれるわけがない。



皆その場に硬直してしまう。





「な、な、なんだ、身体がっ!?」


「う、動かない......」




その場から逃げ出そうにも、彼らの身体が言うことを阻んだ。





「選ぶ相手を間違えたな、凡愚ーー」





シリウスはそう言って、指揮者のように腕を振り上げる。




そうすると、盗賊達は水風船のように弾け飛び四散する。




たった一人を除いて。





「他の仲間はどこにいる?」




シリウスは盗賊に問うた。



他の連中が近くにいてもおかしくはない。





「ほ、北東に直進すると洞窟がありますーーそこを俺たちは根城にしています」


「そうか、暇つぶしくらいにはなるか......」


「情報喋ったし命は助けてくれるんですよね?」


「そんなことは言ってない」


「へえ?」




次の瞬間、盗賊の身体が四散する。





瞬く間に盗賊の一部隊は壊滅した。





「いや、悪役ロールプレイたのしぃ、これだよ、私はきっと昔からこれがしたかった!!地味で怯えてばかりの私じゃなくて、本当に大好きな自分っ、これが私の本音!」





シリウスーーもとい芹は、先ほど怯えていたのが嘘のようにほくほくとした笑みを浮かべる。




ゲームなんかじゃない、本当に人間を相手だっているこの感覚が麻薬のように癖になってしまいそうだ。




決めた。




人でなしでもいい、クズでも、身勝手でもいい。




自分の思う最高の悪役になって、この世界をめちゃくちゃにしてやろうじゃないか。

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