第6話 騎士と王子

『あ、うわあああああ!!!』

『どうしました?何か恥ずかしいことでも思い出しましたか?』

『ちっげえよ。』


 今奴のいるこの場所は、どうやらグランツの部屋らしいのだが、目の前には空になった酒瓶が山になっているのだ。しかし俺は未成年である。

『カミさん、これはいただけねえよ。法令違反だよ。』

『え、そこですか。ちなみにオスカーは今現在十六ですけど。』

『はああああああ?!』

 脳細胞が死滅するだろうが!それどころか肝臓は焼け爛れ、目からは血涙を流すことになるんだぞ。未成年の飲酒はとても危険なんだからな。

『俺の体でもあるんだ、大事にしてくれよおおう!!』

『いえ、この世界のお酒はさほど有害ではないですよ。酔いはしますが、彼らの体にはあなたの世界の人々よりも、多くの魔力がありますから。別に赤子が飲んだって大して害にはなりません。酔えるジュースのようなものですよ。』

 高等飲兵衛みたいなことを言い出したカミさんは置いておくとして。オスカーはどうやらザルらしく、全然酔う気配はない。


「なぜ、連れ戻したりした。」

「そりゃお前、心配に決まっているだろう?物価一つ分からねえ、現金なんざ持ったこともねえっていう王子様が、フラフラどこか行くなんて、恐ろしすぎるわ。」


『・・・この世界、キャッシュレスなの?』

『まさか。国によって少し事情は違うかもしれませんが、この国では皆さんニコニコ現金払いですよ。お金がないと時に魔力での支払いになりますが、普通はしません。高リスクなので。』

 つまりこのボンボン、高リスクな旅をしようとしていたわけだ。


「金くらい、持ったことはある。」

「ほん?じゃあ、宿代はいくらくらいだ?」

「・・・・・」

「お前の好物のミルシーの煮物は?」

「・・・・・」

「ほらみろ。持ったことがある、なぁんて自慢げに言うもんじゃねえの。」


 グランツは愉快そうに笑うと、また豪快に酒を煽った。王子様は少々ムッとしたらしいが、激怒する気配はない。本当に親しい間柄のようだ。


「本当に貴様はムカつくな。今度舌を引っこ抜いてやろうか。」

「別に構わねえよ。なんなら今やっとくか?」

「お前が話せなくなったら、誰が私の話を聞いてくれるんだ。」

「あはははは、聞くだけなら別に聞けるだろ?」

「何も返事をしてくれないものに話をしても、虚しいだけだろう。」


 自分の言ったことを忘れやすいタチらしい未来の大賢者オスカー殿は、また新しい酒瓶を開けた。


「おい、まさか全部飲む気じゃないだろうな?」

「悪いか。お前の秘蔵の酒は飲み尽くしてやる。」

「・・・八つ当たりはよせよ、本当に。そんなに婚約者が気に入らんのか?」

「気にいると思うか?浪費家で底意地が悪く、私にだけは媚びてくる、侍女の生傷が絶えない女なんて、誰が喜んで娶ろうと思う。」

「でも、美人じゃないか。体つきも悪くは・・・」

「見た目が良ければいいと言うなら、肖像画でも抱いて眠ればいいだろう。」


『シュールな発想ですねえ。主人公くん、そうは思いませんか?』

『まあ。』

 しかし、見た目可愛い女の子には普通騙されるだろう。どうやら胸も大きいらしいし、きっと人気もあるはずだ。俺なら簡単に騙されるな。


「お前、なんのかんのよく見てるよなあ。でも相手は五大重鎮の一人カロメ卿のご令嬢だから、相手が脇腹とはいえ断るのも大変だよな。」

「そう思って逃げようとしたら、お前に捕まったんだ。酒だけで勘弁してやることをありがたく思え。」


 それまで、割と軽い調子で話していたグランツだったが、ふと表情を引き締めると、グラスを置いた。


「本気で婚約したくないなら、いくつか方策はあるが?」


 オスカーは少し目を見開くと身を乗り出し、銀色の瞳を覗き込む。


「それは、本当か?」

「ああ。まず一つ、一番無難なのは王様に泣きつく方法だ。ただし、こう言っちゃ何だが、お前あまり好かれていないからな、良策とはいえない。二つ目は、レディに嫌われる努力をしてみること。これに関しては、先方はお前の顔が好みなんだろうから、効果は期待できない。そしてもう一つは・・・」


 グランツはオスカーの頬に触れようとして引っ込め、小さくため息をついた。


「なんだ、勿体ぶるな。」

「ん・・・もう一つは、そうだな。先延ばしだ。学校に入りたいとでも言えば、その期間には少なくとも結婚なんて話にはならないはず。在学中に逃亡計画を練ればいくらお前でも失敗はしないだろう。」

「その時はお前も道連れだな。」

「へ?」


間の抜けた返事をしたグランツはだいぶ酔っているようで、顔が赤くなってきている。


「私の護衛ならば、ついてきてもらわねば困る・・・おい、大丈夫か?飲み過ぎだろう。」


ついに体がグラグラしだしたグランツにため息をつくと、意識を失う前にとやつは彼に肩を貸して立たせ、ベッドへと運んでいく。


「まったく、弱いくせに飲みたがるからな。」

「んー・・・オスカーぁ」

「なに」


いきなり視界が反転する。一体何が起こったのか、おそらくオスカーにもわかっていない。


「おい・・・おいグランツ!起きろ!私を下敷きにするな!」


ちょうど体に覆い被さるようにして眠ってしまったグランツを起こそうとジタバタしても、逞しい体はびくともしない。そもそもベッドが固いせいで、背中も痛いし・・・

『ん?なんか痛みとか重さが伝わってくるような・・・』

『ああ、徐々に感覚も共有されるようになりますから。いい兆候ですよ。』

 オスカーがそれからも虚しい足掻きを続けていると、その甲斐あってかグランツの体が僅かに動いた。


「グランツ、早くどけ。」

「んー・・・オスカー?」


夢かな、とでも言いたげな雰囲気でふわりと笑うと、酔っ払いの潤んだ目で見下ろすなり、頬に触れ、そのままキスをした。


「おいっ!」

「甘い・・・」

「味がするわけないだろうが、この酔っぱらい!離せ!」


大いに暴れているのをよそに、騒ぐ口に舌を滑り込ませると、遮二無二蹂躙し始める。

『・・・なぜか嫌悪感がないな。あんなガタイのいい男なのに。』

『そりゃあ、オスカーに嫌悪感がないからですよ。むしろとても・・・』

 だからこそ、と言うかその方が困るのだ。オスカーは筋肉に押し潰されていて動けないし、そのせいでおそらくグランツには筒抜けだろう・・・何がとは言わないが。


「可愛い・・・」

「お、おい、何をする気だ。」


にっこり笑って上着を引き裂いたグランツは、素肌をなぞり、そっと唇を寄せた。


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