第二章 傾国鳥の蹴爪 其ノ一

 つい数日前であれば「傾国」「売国奴」と罵声と石礫いしつぶてが飛び交ったかもしれない。だが、人垣は音由が大手門から姿を現してもまだ、沈黙している。

 処刑の理由は、五来将軍に恩情を掛けられ命を救われたにもかかわらず刃向かった為、とされていた。

 だが、市中の人々には「刃向かった」その詳細が知れ渡っていた。

 千治碧亥の子を隠し、その在り処について口を割らなかったために五来将軍の怒りを買ったのだと、この時音由を見守る人々が皆、知っていたのである。

 白い着物一枚の上から縄で縛られ、長い髪は一つにまとめられ、裸足で歩みを進める、男の第七妃。

 通りの向こうには一夜で作られた処刑台。その更に先、遠い空を見つめる音由は、微笑んでいた。

 死に向かって歩く姿に、どこからか、すすり泣く者が一人、また一人と、増えていく。

 処刑台の脇には、五来将軍が口をへの字に曲げ、床几しょうぎにかけていた。

 睨みつけてくる将軍の前を、音由はすたすたと通り過ぎた。まるで、誰もいないかのように。そして自らすいっと斬首台の前に立ち、お茶でももらおうか、とでも言いそうな穏やかさで座り、頭を垂れて、首筋を露わにした。

 兵が音由の体の縄を固定し、五来将軍は忌ま忌ましげに鼻息を荒くする。その隣から、首切り役がずらりと剣を抜きながら前へ出た。

 その時、人々の中から声が上がった。

「音由を買う者はいねえのか! いたら閻魔籤だぞ!」

 群衆がざわつく。そして徐々に声が増えた。

「そうだそうだ!」

「誰か第七妃様を買ってやれ!」

「絶世の美男、音由様だぞ! 誰か買う者はいないか!」

 口々に叫び始めた群衆を雲城兵が静めようとするが、人々は斬首に反対する訳ではなく、雲城に盾突こうというのでもない。だが五来が叫んだ。

「ええい、静めろ! 黙らぬ奴は斬れ!」

 だが、人々は治まらなかった。

「いくらだ! 音由妃殿下はいくらなんだ!」

「反逆罪はいくらか知っている奴はいるか!」

「反逆罪は、甲金貨十枚だ!」

「高けえなあ! 五来将軍、ちったあ負けてくれよ!」

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