第二章 尻の危機、再び 其ノ二

 音由は土蔵の床に地図を広げ、春海に何やら筆で書き込ませていた。

「ここから先が騰羽の領地、この山の峰を境にして、南側が須原の領地となります。須原国全体は、このような形をしています」

「騰羽と鋳物師の形もはっきり描いて」

 春海は地図の上にくっきりと、滑らかな一筆で須原、騰羽、鋳物師の国の形をなぞった。

 須原の北東は鋳物師、北西は騰羽と接している。

「そしてここが、都です。松川領はその少し北」

「へえ。都は須原の真ん中なのかと思っていたが、違うのか」

 都は比較的、北部に位置していた。

「はい。国内で最も高い雪戸山が自然の防御壁となっていますので、平野部が広がる南部より都に攻め入りにくいと、先達せんだつは考えたようです」

「でも、騰羽はその雪戸山を越えようとしているのか。山のこっち側に来るまでどの位かかる」

「まだ雪深いですから、人だけでもおそらくは半月以上かかります。二万を越える軍勢が全て、となるともっと長くかかるでしょう。兵糧、武器、馬、天幕。投石器をも分解して運んでくるかもしれません。大きな荷があっては通常の山道は越えられませんから、先陣が山道を開き、整備しながら進むとしても――早くて一月、雪の深さによっては二月ほどかと」

「あにさま。一月の間に、兵部省は何か手を打てるか」

 珍しく、春海の仮面顔に、悔しさとそれを口に出すためらいがにじんだ。

「……恐らくは、何も出来ません。ある程度の兵を雪戸山に送りはするでしょうが、都を捨てて南へ逃れる算段が、既に始まっています――」

 将軍達は、鋳物師に対してはあれほど強硬な姿勢を見せたにもかかわらず、この大事に及んでは武人らしさの欠片かけらもなかった。そして、春海たちのような若い兵の間に、兵部省上層部に対する不満が広がっていた。

 特に、第三妃である姉のおねだりによって、碧亥が将軍へと引き上げた、朝雄あさおに対する反感が高まっている。

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