第三章 新年祭の宴 其ノ一

 新年祭の宴は、奥の宮内で行われる唯一の国家行事である。新年を祝い、国内の土地々々の名産品を組み込んだ料理を、王家と招いた客人が食す。客人は、前年の功労者である。

 この日の料理に対する反応は、作物への評価として国中に伝え広まり、ずらりと並んだ妃たちの衣装や髪飾り、化粧の様子は、色鮮やかな絵となってちまたの流行を生む。

 食物の仕入れ問屋の中には、各地の作物の出来栄えや出席者の好みをもとに、山を掛けたり、側室妃たちと結託したり等の策を講じ、大儲けする店もある。無論、その逆もまたしかり。

 各妃御用達の呉服屋、宝飾屋、化粧道具屋は一年以上をかけてこの日の準備を進めていた。

 この年の注目は、当然、音由であった。人々の予想に反してあでやかなお宮入り行列をして見せた男妃の音由は、宴にはどのような姿で現れるのか。百姓の出の者が一年で最も豪華な宮廷料理にどのような反応を示すのか。国中が注目していたのである。


 妃たちが朝から身支度に追われ、次々と本宮へと向かう中、桔花は一人、姫の宮にいた。

 最後に新年祭の宴に出席したのは五年前だった。それまでは心のままに美味しいと思う物、好みに合わない物を正直に伝え、内親王としての勤めを果たしてきた。

 父が亡くなった翌年は宴が行われず、ひどく寂しかったのを覚えている。母も病に伏しており、その年の春に死んだ。

 兄とその妃の桂晶はいつも桔花にやさしかった。いつか自分も他国の妃となり、二人のように幸せになるのだと、思っていた。

 今振り返ると、あの頃の自分は、世界の全てに祝福されていると思っていたのかもしれない。いや、そのようなことは考えもせず、人々にうやまわれ大事にされるのが、当たり前だったのかもしれない。

 全てが変わったのは、恋い焦がれた男に裏切られてからである。

 男は、最初に出した文への答えとして、奥の宮の警護に来るようになった。その後、正式に奥の宮に配属されたのは本人の希望によるものと聞き、愛する気持ちが通じ合っていると知った。

 宮の中にいるよりも、庭に出たり、妃たちを訪ねたりするのが多くなったのは、男の姿を見たかったからである。

 遠くにいても目が合った。確かに男は、遠くからだが、自分だけを見ていた。

 しかし二通目に出した文の返事は、愛情どころか一切の感情が読み取れない、二人の間には何も芽生えてないとする内容だった。

 愛を失い、生まれて初めて自分をみじめな存在だと思った。

 一体、自分の何が気に入らないというのか。文には記されていない理由を探し求め、桔花は一つの結論にたどり着く。

 王宮の中で、桔花のように歩くのは、桔花一人である。自分では不自由と思ったことは一度もないが、父も母も、兄も義姉も、「脚が悪いのが不憫ふびんだ」と言った。痛みもしないのに、時に侍女たちやごくまれに会って話す大臣たちは「御御足おみあしをお大事に」と言った。

 ――私は、真っ直ぐ歩ける皆よりも、劣っているのか。

 そう思ったこの日から、桔花は姫の宮から出なくなった。この先姫の宮の外で起きることを想像すると、悲惨な自分の姿しか思い浮かべられなくなった。

 ――皆と違って真っ直ぐ歩けぬ私は、たとえ他国に嫁いだとしても幸せにはなれまい。

 のん気に着飾り、奥の宮をかっ歩する妃たちを憎んだ。直接会いに行くことはせず、侍女に託して小言を伝え、時に無理難題を突きつけた。

 ここ最近、ひどくしゃくさわったのは、男妃の音由である。

 皆と違って男のくせに奥の宮に入り、皆と違っていやしい出生にも関わらず桂晶と庭で茶を飲み、皆と違って宮中で男服を着て、皆と違ってお宮入り道中から既にちまたで大人気となったと、侍女たちから聞いた。

 ――皆と違っているのに、へらへら笑って幸せを享受しおるとは。

 侍女の話により、想像の中で日々克明になる軽薄な姿が腹立たしい。どのように困らせてやろうかと考えていた時、自分を無情に袖にした男が音由の警護長であり、常にその側から離れないと知った。

 ――音由の周りにいる者全てを。最後から二番目に春海を。最後に音由を。死におとしいれてくれようぞ。

 じっくり恐怖を味わわせてやろうと、七の宮の侍女たちの死までは時を与えてやった。侍女頭の広橋を通して大臣たちと連絡を取り、侍女たちを死罪にするための手はずは済んでいる。


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