第二章 秘密 其ノ二

 五年前、春海は二度、桔花から恋文を受け取っている。

 最初の一通は、近衛兵となったばかりの頃だった。姫の宮の侍女により内密に届けられた文には、宮中の行事で春海に一目ひとめれした乙女の思いが、切々せつせつとつづられていた。

 王宮の警護に当たっていても、王族の顔をまじまじとおがむ機会はない。文を読んで、十八歳の春海は、姫の顔を見てみたいと思った。

 そこで「経験のため」として、王宮全ての箇所かしょの警護を学んで回りたいと願い出て許可を得た。任務として正々堂々、奥の宮に出入りし、桔花の姿を間近で見たのだ。

 まだ幼さはあったが美しい姫だった。

 野心も生まれた。自身が生まれた家は代々近衛中将どまり。しかし、王の妹に気に入られたとなれば将軍になれるかもしれない。それだけではない、婿むこになれば王族になれるかもしれない。

 千載一遇せんざいいちぐうの好機である。

 大事こそ慎重に進めるべきと考えた春海は、一通目の文には返事を出していない。そしてすぐには奥の宮付警護を希望しなかった。全てを巡った後で、「最奥にあるがために警護が手薄」と進言し、奥の宮への配属を願い出た。

 だが、桔花に初めての縁談が持ち上がったのもこの頃である。

 相手は遠い他国の王太子であった。そして桔花は自分の気持ちに変わりはない、添い遂げたいのは春海であると、二度目の文を届けてきた。

 五年の歳月をて今、目の前に突き出されたのは、その二通目の文への返事である。

 縁談を耳にした春海は一気に冷静さを取り戻し、王族になれるかもしれないなどと一瞬でも考えた自分にあきれた。夢から覚めてみると桔花本人に対して興味はなかった。内親王から思いを寄せられていると人に知れたら、僻地へきちに飛ばされるか、運が悪ければ謀反むほんの疑いをかけられてこの世からお払い箱になる。


 音由が春海の顔をのぞき込む。

「ふうん……では読んでくれ」

「今ですか」

「そのためにあにさまを呼んだのだ。早く」

 春海は珍しく眉間に皺を寄せながら、読み上げた。

「はいけいおてがみまことにこうえいでございますたいへんにありがたきおことばをいただきましたがわたくしはいっかいのこのえへいにすぎずこれよりさらなるしゅうようがひつようなみでありますおんみにおかれましてはなにとぞごじあいいただきすえながいおしあわせをおいのりもうしあげます」

 ひどい、棒読みである。

「……それだけ?」

「はい」

 何も受け入れず、何も断らない文を桔花は今でも、夜な夜な見つめては泣いているという。

「姫の性格がゆがんだのは、こんな文であにさまにそでにされたせいだ。間違いない」

 小鉄が大きくうなずいた。

「とはいえ、腹いせに『絶世の美少年妃音由を』いじめられてはたまらないな」

 という音由に、小鉄は「自分で言いやがった」とあきれながら再び頷く。

「そろそろ外の様子を見て参ってもよいでしょうか」

 春海が逃げようとしたが音由は許さない。

「あにさま、外の見張りにつかせる者を別に用意して。明日から小鉄が来たら、あにさまは中に。小鉄、物入りになるから九条を呼んでくれ。それと、お前にも買い物を頼む」

 何を始めるのだと問う前に、音由はふふふん、と笑って言った。

「七の宮は俺の城だ。俺は自分の城を守る。そのために、姫の宮から桔花を引きずり出す。だが準備を始める前に小鉄、その文を桔花の部屋に戻してこい」


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