第2話 普通の女の子、ルナ・ミサキは【冒険者】になれない。

 私———ルナ・ミサキはスクールで一番の成績を収め、全国模試でも六位になったことがある、超優秀な人材だ。


 スポーツも万能。スクールのマラソン大会で10位になったことがある。

 文武両道でどんなアンドロイドにも……概ね! 平均的な! どんなアンドロイドにも負けたことがなく、概ね平均的などんなアンドロイドよりも優秀な女の子である。

 そう自負していた。

 私が通い、そしてつい先日卒業したネオ秋葉シティ高等学校ハイスクール

 製造後14年を迎える新人類たちは修学プログラムを終えて卒業し、それぞれの進路につく。

 旧人類と違う価値観を持っている新人類は十四の歳を迎えるともう一人前の大人とみなされ、就職し今まで勉強プログラムした知識を活用するのが普通だ。

 私、ルナ・ミサキもそうする……つもりだった。

 優秀な成績を収めたハイスクールで得た知識を、職場で十全に発揮する……予定だった。

 そう、新人類の花形の職業———【冒険者】として!


「落ちました……」


 ネオ秋葉シティの一角にあるメイドカフェ。

 そのテーブルの上に冒険者管理組合ギルドから来た『不採用通知』を叩きつけ、私は悲しみにうなだれる。


「ダッハッハッハッハ‼ ダッハッハッハッハ‼ 今時【冒険者】試験に落ちる奴なんているのかよ! ダッハッハ‼」


 下品に笑う褐色の肌を持つ女性型アンドロイドは私の親友、フォルテ・マンダ。

 正面に座り、バンバンと手を叩きつけて笑っている。


「笑い事じゃありませんよぉ……どうして⁉ どうしてこんなに成績優秀な私が【冒険者】試験に落ちるんですか⁉ 名前を書けば誰でも通るって噂だったのに!」

「オレもそうだって聞いたな。【冒険者】って人気だけど、死ぬ危険性も高いからバンバン採用されるって……」


 フォルテは学生時代から変えていないヘアースタイル、そのポニーテールを揺らしながら、『不採用通知』を手に取る。


「名前でも書き忘れたんじゃないか?」

「そんなマヌケはしません! あなたじゃないんですから!」

「おい、どういう意味だコラ?」


 チャキと腰のホルスターから銃を抜いて、彼女は私の眉間に当てる。


「じょ、冗談じゃないですか……やだなぁ……怒りすぎですよぉ……」

「ケッ、一回その脳天ぶち抜いて、ブレインコンピューターを作り替えてもらった方がいいんじゃないか? そうすれば口が悪いのも治るだろ?」


 フォルテは銃をしまいながらそんなことを言う。


「あなたに言われたくはありません。それにそんなことしたら、この文武両道で生活態度もいい、完璧女性パーフェクトウーマンを体現したような私の性格が変わっちゃうじゃないですか!」


 まったくこの女はと悪態を尽きながら、ハンドミラーを取り出し自分の顔を確認する。

 大きな目に小さなお顔、小ぶりで整ったお鼻に、二つ結びで前に降ろしているヘアスタイルもばっちり似合っている。


「うん、私完璧☆」

「……試験に落ちたの。そういうところじゃねぇの?」

「どういうところです?」


 小首をかしげる。彼女が何を言っているのかさっぱりわからない。


「ハァ~……まぁいい、どうすんだ? これから。就職のあて先はあんのかよ」

「いいえ……フォルテは何処に就職するんでしたっけ?」

「……【仕立て屋】」


 恥ずかしそうに眼を逸らすフォルテ。


「仕立て屋って何です?」

「お前本当に成績優秀なの?」

「えへへ……こう見えて興味がない事以外全く頭に入らない性格でして……」

「何がこう見えてだよ。どっからどう見てもそうじゃねぇか……服だよ。服! おしゃれ好きなアンドロイドのためにお洋服を作る仕事!」

「お洋服……」


 チャキ……!


「なんか気に障ったか、コラ?」


 腰に収まった銃が二本眼前に突きつけられる。


「いえ、何も!」


 今度は彼女が愛用する二丁拳銃両方を突きつけられて、流石の私も彼女の怒り具合を察し、両手をかざしてブンブンと頭を振る。

 お洋服なんて可愛らしい言い方をするものだから、つい引っ掛かってしまったが、わざわざ口に出すのは今後はやめよう。


「でも、知らなかったです。フォルテがそんなものに興味があったなんて」

「そんなもの……」

「ええ、ハイスクールの寮で同室だったのに。あなたのスペースっていつも硝煙の匂いで満たされてたじゃないですか。使いもしないくせにクラシックな銃器を買い込んで、あれ何でしたっけ? エーケー何とか、エム何とかとか……」

「AK―47にM―16な。二千年以上前の傑作自動小銃だよ。それも好きだよ。そっちも好きだよ。でもお洋服も好きなんだよ。昔の人間ってやつの文化的な息吹が感じられて……」

「へぇ~……そんな感傷に浸れる神経あったんですねぇ~」

「……お前、そういうところだぞ?」

「なにがです?」

「いや、何でも……」


 もう呆れかえったようにフォルテは顎に手を当てて、私からそっぽを向いてしまう。

 私は話が一旦途切れたので、これからどう生きて行こうかと物思いにふける。そして額の液晶パネルを掻く。


「おい、そこあんまり掻くなって。オレらアンドロイドにとって重要なパーツなんだから」


 チラリと目だけこちらに向けて、フォルテが注意する。


「でも、仕方がないじゃないですか。痒いものは痒いんですもん」

「確かに、そこは勝手にいろんな信号を受信してくるから、反射的に反応したくなるのもわかる。俺だってこんだけ人が多くて、いろんなアンドロイドの思考が漏れ出ている時は液晶パネルが疼くが……デリケートな部分なんだ。あんまり触るなよ。将来子供が製造めなくなっても知らないぞ」

「子供……ねぇ、私にもいつかそういう日が来るんでしょうか……全然実感わきません……」

「いつかは来るさ。白馬に乗った王子様がオレたちを迎えに来る日が———さ」


 うっとりとした表情で彼女は言う。


「フォルテ」

「何だよ?」

「いつまでそんな夢みたいなことを言っているんですか? もう14でしょう?」

「……………」


 フォルテはガタッと席を立つ。


「フォルテ?」

「トイレ」

「廃液流しですか?」


 燃料で動くアンドロイドにだってトイレは必要だ。活動すればどんなものでも廃棄物は溜まっていく、人間の排泄物と同じように。

 どんなに未来でも、どんなに活きている生命体が変わろうとも、その〝排泄〟という宿命から逃れることはできない。


「……お前なぁ、本当にそういうところ治さないと誰とも子供作れずに寂しい人生になるぞ」

「別にいいですよ……そんな未来の事どころか、明日のことだってわからないんですから、未来よりも明日です」


 とりあえず、職を何とかしなければ。

 明日動くための燃料すら確保できなくなってしまう。

 ため息を吐きながらトイレへ向かうフォルテから視線を、バッグから取り出したタブレット型の機械端末に向ける。そこに表示されているのは求人情報サイトならぬ求機械・・情報サイト。私でもできそうで一時的にお金を貰える仕事を探す。


「一昔前だったら、それぞれのアンドロイドの性能に合わせて仕事が決まってたって聞きますけど……向き不向きだけで決まっていたらそれぞれの思考AIの自由意志がありませんものね……そういうところは人間とやっぱり同じになってしまうんですね……」


 模した対象にそのまま則した社会を進化した機械が作り上げてしまうのは豪が深いと言うかなんというか。

 そんなことを考えながらも仕事を探していると……集中力が切れる。

 どれもやりたくないからか、給仕をしているメイドさんの声が妙に耳に響く……。

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