第16話 愛弓
肌寒い廊下を、俺はいつもより体を縮こませて進んでいた。
「おい、ほんとにアイツら仲直りしてるのか? 殺し合ってどっちも死んでるんじゃ……」
「おや、君はあの二人を信じないのかい? どちらも長い付き合いだろうに」
「信じる信じない以前の話だろこれは……」
結構重要な話が終わった俺達は今、緩坂とアイツの二人のいる部屋(俺の姉の部屋だった)に向かっているが、やはり戦場にわざわざ突っ込んで行くようで気が引ける。ましてや元凶の俺が行っては行けないのでは……?
しかしまあ雷夢が行けと言うのだから仕方がない。
雷夢はその場を収めてくれた命の恩人だからな。
彼はゲームやアニメの影響で世界中の格闘技を学んでいるらしく、恐らく今回雷夢が緩坂を止められたのは彼の努力の賜物という事らしい。
お陰で凄惨な殺人現場を生み出さずに済んだぜ。
雷夢は普段の言動は全くと言っていいほど「ヤバいやつ」で「変態」なのだが、変な所で優秀だから、親身になって良いのかシカトして良いのか毎回対応に困る。
「ほら、なーんにも音がしないじゃないか。二人が大人しくしている証拠だろ?」
「音がしないのはむしろ二人共死んでる仮説に証拠つけてるんだよ!!」
そう言っているうちに、俺たちはいつの間にか二人のいる部屋の前に立っていた。
嫌な物事が訪れるまでの時間というのは、どうしてこんなにも早く過ぎ去ってしまうんだ……。
雷夢の言った通り室内から物音は一切しない。
最悪の状況を考えるのをやめ、俺は覚悟を決めた。
バン!!
「二人共、大丈ぶ……か?」
蹴破るかのようにドアを開けた俺の
……そこには安らかに眠る、二人の美少女が居た。
「ま、まさか本当に、二人共死んでしまっていたなんて……ッ!」
「ふ、風露くん……それh」
雷夢が俺を哀れむ様な目で見て、慰めようとしてくる。
「待て!! 慰めないでくれ!! ……全部俺のせいだ……俺のせいなんだ……。俺が今日、会議がある事を覚えていたらきっと二人は敵対なんてする事なく、いつも通りの毎日を過ごしていたんだ……!」
「いや風露くん、冷静になりたまえ。二人の周りに血の花など咲き乱れていない。彼女達はぐっすり眠っているだけさ」
「あゝ神様ッ!罪を犯したこの下劣な俺を殺して下さ……え?」
よく観察すると、二人の呼吸は優しく、彼女達の麗しい口から漏れ出していた。あんな事があったにも関わらず、昨日の敵は今日の友と言わんばかりに二人仲良く一緒のベッドで寝ている。
どうやら俺は「最悪な状況」という可能性を完全に捨て切れていなかったらしい。
優柔不断の性格がここまで影響して来た事に危機感を覚えたが、それ以上に二人が無事で良かったという安心感が押し寄せた。
「全く……。君はノリが良いんだか悪いんだか……」
雷夢には変な所で呆れられたがそれはどうでも良い。
自分で思った事を信じ込む事はかなり危険で、中々頭から離れてくれない厄介なものである事を俺は思い知らされたのだった……。
※※※※
「ごめんね、いつの間にか寝ちゃってて……。誤解が解けた後でお話ししてたら、なんかすごい気が合う人だったんだよ、ね〜!」
「そうなのさ! 風露〜、何故こんなに可愛くて愛想の良い完璧美少女を私に早く紹介してくれなかったのさ?」
「お前がそう言って褒めた相手は必ずお前に着せ替え人形にされると前科が訴えてんだよ、蓬莱人形女め」
「ふっ……。バレたら仕方ないのさ!今ここで緩坂ちゃんを着せ替え《ドレスアップ》してやるのさ!」
「えっ、ええええぇぇぇぇぇえええええちょっと香久夜さん!? ここじゃまずいよ風露くんも雷夢くんもいるのにぃー!」
「遂に本性を現しやがったな……」
「ほらほら、風露きゅんも香久夜も喧嘩せずに手を動かして。緩坂くんの所望したチョコレートたこ焼きが焦げてしまうよ」
夕方。
朝からは一変して騒がしくなった我が家では、元々家族四人が座っていたリビングのダイニングテーブルを奇妙な組み合わせの四人が囲んでいた。
しかも今日は色んなイベントがあったからとたこ焼きパーティー(通称たこパ)が開催されていた(食材はこんな事もあろうかと備蓄していた)。
どうやらこれは関西だけの風習らしく、オンライン対戦のネトゲで関東圏の人はやった事がないと言っていた。同じ日本で微妙に文化が違うのは俄かに信じ難いが、現実を突きつけられるとこっちがおかしいかの様に思えてくるから不思議だ。
エスカレーターは右側に乗るとか。
そんな事を考えながら、俺は女子特有の距離感でお互いをベタベタ触りあっている二人と、謎に料理もよく出来る雷夢の母親的オーラを受け止めてたこ焼きを回す。
今「香久夜」を紹介しても別にいいのだが、どうせまた名乗るべき奴らが入り込んでくるので後にしようと思う。
まあとにかく、「今」にはそんな穏やかな時間が流れ、漂っていたわけだ。
でもその光景に、俺はデジャヴを感じた。
胸がはち切れそうな、膨大で、でも確かに薄まってきてしまっている、心の内に潜む何かが。
「お姉……」
「ん、風露くん、何か言った?」
「……いや、何でもないさ」
あざといだけにめざとい緩坂をさっさと追い払う。
緩坂はこの話に首を突っ込むべき人間ではない。
これ以上俺の周りの人が不幸になっていくのを見るのは、もう懲り懲りだ。
ピンポーン。
突如、インターホンが響いた。
ナイスタイミング。話を逸らすのにはちょうど良い。
アイツらもたまには仕事するじゃないか。
「ん、秋人と唯じゃないか? 僕が玄関を開けてくるよ」
「私のジンジャーエールは買ってきてくれたのさ〜?」
「え、まだ人が来るの? 風露くん、学校以外では友達多いんだね〜」
「学校以外では、って……辛辣……」
雷夢と香久夜が玄関までたったと駆けていく。
と同時に、緩坂が話しかけてきた。……心無しか緩坂の顔が近い。
「で、『唯』ちゃんだっけ? きっと名前からして女の子だよね〜?」
「そ、そうですが……?」
「今度も勿論、違うよね????」
そう言うと同時に、緩坂は更に体を前のめりにしてきた。
側から見ればもはや押し倒されているようにも見えるだろう。
……あの時のように。
まさにキス直前とも言えるほどの距離。
しかし両者に今、そんな心が芽生えるはずもなく。
「は、はい勿論です……!」
俺は思わず敬語になる程、恐怖で心を
「そう……良かった♡」
俺は思わず息を吐いた。ホッ……。良かったよほんと……。
しかし彼女は、こうとも言った。
「もし嘘ついてたら……許さないよ」
その時、彼女の常に上がっている表情筋が一瞬下がったのを俺は見た。
彼女は……笑っていなかった。
「ヒエッ……」
俺はこの文を見る奴等に誓って浮気はしていない。というか誰とも付き合っていない。しかし嘘などついていなくても、俺があまりの畏怖に情け無い声が漏れる程彼女には「覇気」があった。
誰とも仲良くする「今の緩坂」はまるで存在せず、「昔の緩坂」という感じだ。
これから女性との関係は、たとえどんな関わりであろうと難化しそうだということはこの状況がはっきり証明していた。
俺の人生前途多難過ぎないか……?
数時間にも感じられた張り詰めた空気が破られたのは、雷夢と香久夜がリビングに帰ってきてくれた時だった。
「風露きゅん、二人が来たよ……って何しているんだい?」
「のさ〜?」
雷夢が疑問に思うのもそのはず、俺は緩坂に押し倒されている状況にあった。
でも。
「え、えっとこれは緩坂が……ってアレ!?」
緩坂はすでに定位置に戻っており、俺が一人寝っ転がった状態でいるというひどい絵面が展開されていたのだ。
つまり雷夢と香久夜は俺を見て変に思っただけだったということになる。
おのれ緩坂全て俺に面倒事を全部なすりつけるついでに恥もかかせやがったな。
二人の後に続いて予想通りのメンツがリビングに入り込んでくる。
「そちらが眞秀葉の彼女か? いつも眞秀葉が世話になっているな」
「こ、こんにちは……じゃ、じゃなくて、こ、こんばんは、です……」
一人は高身長の眼鏡イケメン。もう一人はイケメンに比べて低身長の弱気そうな眼鏡(女子)オタク。眼鏡という共通点があったって、見るからに対照的な存在。
俺と雷夢だって同じゲームをやっている事が共通点な位で、性格は真反対だ。
でも、俺と雷夢、香久夜、そしてその二人。
この五人には「共通点」が存在する。
その「共通点」が俺達を偶然にも引き寄せたと言っても過言ではない。
それが分かっていなかったからこそ、彼女は気づかなかったのだろう。
……俺が今、「緩坂 愛弓」という人間だけを見ているという事に。
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