第10話 鶴野 織唯


 恐る恐る角から現れた俺に気付いた鶴野先生は気付いたそぶりで頭の横に手を挙げた。


 「す、すみません、お待たせしました……」


 恐る恐る鶴野先生に話しかけると、鶴野先生は複雑な顔をしてこちらを見た。


 「あ、ああ。授業があるのに、呼び出してすまんな」


 「い、いえ。元はと言えば、俺が悪いんです」


 そう言うと、鶴野先生は怪訝な顔で俺を見た。


 「え? いや、何か勘違いしてないか? 俺は別にお前に怒っている訳じゃない。俺がお前を呼び出した理由は、お前に言っておかなければならない事があるからだ」


あー……。


どうやら俺はまた、氷谷さんの時と同じ事をやらかしてしまったようだ。


鶴野先生の思惑は、叱責ではなく他の事らしい。


やらかした事に変わりはないが、その分勘違いだった事で「叱られる」圧力から解放され、一先ず安堵の溜息をつく事ができた。


と、束の間。


先生はいきなり変な事を俺に問いかけてきた。


「なあ、一つ確認するが、お前は本当に『眞秀葉』なんだな?」


俺はその言葉に引っかかりを感じたが、悩んでも何も始まらないので


「そうですが……これまた何故そんな事を訊くのですか?」


と逆に質問した。


すると彼は、俯いていた顔を上げ、意を決した目で俺を見た。


「すまん、怪しまれるのも当然だな。それに俺は、いや、俺こその方が謝らなくちゃいけない事なんだ。……話は少し長くなるし、重たい話だ。それに、これは俺がお前に話す義務があるんだろうがお前が聞きたくないなら俺も話さない。要は今からはお前の要望次第で、お前の人生は変わるってことだ」


「……すみません。何を言っているのかよく分からないんですけど……」


それにどう聞いても胡散臭そうな話だ。口には出さないが。

 

 「このままじゃ納得してくれないのは分かってる。でもその前に、必ず了承を得なければならない話なんだ。……もしかするとこれは、俺が逃げているだけかもしれんがな」


 そういうと彼は自嘲気味に笑った。


 ……こんな授業中に呼び出し、しかも謝らないといけないのは先生側だと言う。しかも生徒のいる前で話せないという事は、誰の前でも話せない二人だけの秘密を明かすという事になる。


 ……これは危ない。そんな予感がする。


 しかし、これは俺にとって絶対に聞いておかなければならない事だ。


 俺はそうとも感じた。


 なにしろ今の状況はきっと、学校の裏を知れるチャンスなのだから。


 まだ完全な証拠や確信は無いが、今まで付き合いの無かった教師に話される内容など学校関連の話以外の何物でもないだろう。


 何しろ朝から姉の怪死を突き止めるという改まった決心を胸に刻んでいた俺として、食いつかないわけにはいかなかったのだ。


 「……いいですよ。俺はその話、聞きたいです」


 俺は鶴野先生の目を、じっと見つめ返した。


 ちゃんと決心ができている。そう彼に感じてもらう為だ。


 「そうか。……有難う」


 彼は安堵の表情で、そう言いながら小さく微笑んだ。


 「じゃ、化学室に行こうか」


 「……え? ……面談室で話すんじゃなかったんですか?」


 「面談室は人間の目では分からんほど小さなカメラと録音機がついている。あの場所で話すには危険すぎる話だよ」


 彼はウインクして、化学室側方面にいた俺を追い越し、ついてくるように手で示した。


 それは余りにも颯爽としていて、俺は彼から呟かれた言葉に気づく事はなかった。


 「眞秀葉家の人間と話すのは、はてさて何時いつぶりだったかな……」


 窓に映る空は、まだ灰掛かっている。

 

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