第7話 憎シイ友ヨ

 「みんな、おっはよー!」


 俺をひきずりながら走ってきたというのに全く息を切らさずに扉を開け、喧しいアホそうな声で教室にいた同級生に挨拶をしたのは言うまでもない、緩坂 愛弓である。


 「あ、緩坂さん、おはよー」


 「お早う御座います、緩坂さん」


 「……おはよう……(俺の方をチラッ)チッ……」


 「あゆみん、相変わらず元気だねぇ〜」


 「緩坂はまたあいつと一緒かよ……」


 「あゆみん! 丁度いいところに!」


 「眞秀葉……!あいつやっぱりぶっ殺してえ……!」


 みんなそれぞれに挨拶を返したり返さなかったりだが、俺に対する数人の陰口が滅茶苦茶グサグサ刺さる……。


 しかし、その陰口にこの緩坂バカは気づいていない。

 こいつの耳は都合よく出来ているらしい。


 逆に気付いてない方が過保護に守られる事もなくて嬉しいけどな。


 「ん、優ちゃんなになに〜?」


 先ほど助けを求めた同級生の元へ、愛弓は走っていった。


 「はあ……」

 

 もう慣れっこの悪質陰キャ共の冷たい視線を浴びながら、陽の光が良く当たる窓際の席にドサっと腰をかける。


 一応言っておくと俺も陰キャだが、あそこまで性格は悪くない(つもりだ)。

 精々隅っこで本を読みながら日向ぼっこをしている、日和見民かつ窓際族。

 誰にも干渉する気はない。


 まあ俺もリア充を見るとイライラするから人の事は言えないのだが、思ってるだけなのでセーフなはず。


 あいつらの性格の悪いところは、わざと人に聞こえる様に陰口を叩いている所なのだから。

 

 着席してホームルームまで寝ようと思って顔を伏せていると、横で気配がぬっ、と現れた気配がした。こんな気味の悪い気配がするのはあいつだけだ。


 「……何だよ」


 俺はその気配に向って、うつ伏せのまま問いかける。

 こいつにわざわざ顔を合わせてやるまでの価値はないからな。


 「『……何だよ』では無いよフーロ! 僕が話したい事に君も薄々気付いているはずさ!」


 声が聞こえる方から熱気が感じられる。こっちは折角の暖かい空気が台無しだ。

 ますます不機嫌になりながらも俺は応えてやる。


 「……『混沌ノ異世界カオス・オブ・ザ・ワールド』の事か?」

 「ふーん、解ってんじゃん。流石、僕の最恐のライバルでありながらも戦友の盃を交わした仲、フーロだね!」


 「だからそういう勝手な妄想をペラペラと公の場で語るなといつも言っているだろ。……ったく、お前のせいで俺も変人扱いなんだぞ……」


 「何言ってんだよ、周囲の下衆以下の視線なんて意識した時点で負けだね! 僕は僕らしく、下衆は下衆らしく生きてれば良いんだよ! ハッハッハッハッハッハッ!」


 「だからそういうところが……ダメだ、聞いちゃいない……」


 俺は思わず頭を抱えた。頭痛がする。もう嫌だ。


この厨二病(兼ナルシスト?)は黒瀧くろたき雷夢らいむ


ただのゲームオタクであり、厨二病が故に相手を見下す性格を治せないので友達がいない。

俺はたまたまこいつがプレイしていたマイナーゲームをやった事があったので何と無く話しかけてみたところ、俺もゲームオタクだと勘違いされた。


それからこいつとは、クラスメイト以上友達未満の関係を保たれてしまっている。

それ以外のゲームは全くと言っていいほどゲームを知らなかった俺としては早く縁を切りたいのだが、こっちから話しかけたのに突き放すというのは少し可哀想な気もしたのでこいつの話に付き合ってやることにしたのだが、今はその気持ちも消えてしまった。


むしろ少しの情を持ってしまった自分は馬鹿だったと思う。

そもそも俺がにわかな時点でゲームの話題で盛り上がるはずもないくせに、朝露は構わずにペラペラと話題を振ってくる。


さらに厄介なのは話題に対して同意や意見を求めてくる事だ。詳しく説明すれば、「世間では〇〇が強いって言われてるけど△△の方が強くない!?」と聞かれて、「YES」or「NO」で答えなければならないのだが、俺にはどっちが良いのか分からないから取り敢えずこいつに文句を言われる確率のない「YES」を連呼する作業を繰り返さなければならない。下手なところで相槌は打てないので、延々と続く様な会話も聞き流してはならない。


……要は疲れたのだ。

コイツと付き合うのに。


だからこそ俺は振ったはずなんだ。

振ったはずなのに。

どうして「コイツ」はこんなにもしつこいんだ……!


……いや、勘違いするなよ。決してBL要素は含まれていない。

俺は朝露とこの「ゲームオタク仲間」という嘘の皮を纏った関係を断つための話題を振ったのだ。

簡潔に言えば「もう話しかけないでくれ」の一言に限る。

普通、誰だって傷つく様な、強く突き放す衝撃を持つ言葉だろう。


俺もそれを想定した上で、敢えてキツい言葉を浴びせたのだ。

一生コイツと疎遠になる様に。


……なのにコイツはその日の翌日、そんなことはまるでなかったかの様にいつもの様に俺に話しかけてきた。

もうどうしようもないというかどうでもいいというか、結局今のグダグダな状況に陥っている。

他のことでさえ手一杯なのに、朝露の事も気にかけなければならないのは致命的だ。


自分の境遇には思わず溜息を吐かずにはいられない。


……で、今日の夜、朝露と付き合ってやったのは「混沌ノ異世界カオス・オブ・ザ・ワールド」という和洋折衷な展開が人気のRPGゲームの周回。

いわゆる「経験値集め」と「アイテム集め」の作業だ。


今回は十二星座隊隊長の一柱である「吸血鬼ノキングオブヴァンパイア:ヴァンドラ」の討伐に必須な剣、「大蒜十字ノオオビルジュウジノツルギ」のドロップを狙ったクエストを延々と周回していた。


このゲームではマルチでプレイすると報酬のレア度がレベルアップする要素もあるので俺も朝露を手伝ってやっていたのだが、午前4時にやっと朝露は剣をゲットすることができた。


これで俺が今日不機嫌である理由が分かって頂けただろうか。

寝不足×朝露絡み案件というダブルパンチで、俺の今日の精神メンタルは既に疲れきっている。

これ以上俺の気に触る様なことがあれば、俺は多分早退してしまう。

ということで、こうなったら必殺技を使う他ない。

俺はまだ突っ伏したまま、眠そうな声で朝露に声をかける。

「……すまないが、ゲームの話は家に帰ってからにしてくれ。俺は今日の中テスト勉強をしたいんだ……」


すると、朝露は明らかに動揺した様子で言った。


「テ、テスト!? や、やべえ忘れてた〜! ふ、ふ〜ん。 そ、そうか〜、マスターレベルの君に色々聞こうと思っていたんだけど、そ、それは残念だな〜うん……。

じゃ、じゃあ、ぼ、僕も勉強しようかなぁ……」


そうして朝露は口笛を吹きながら、あっさりと俺の机の場を離れていった。

朝露はゲームのし過ぎで点数が悪く、それ故に「テスト」という単語に弱いのだ。

これが俺が交流して一年で見破った、朝露の弱点である。


「はあ………」


ともかくこれで、俺に一時期ではあるが休息が訪れたことになる。

中テスト勉強はある程度やってきたし、このまま寝ても大丈夫だろう。


そうして俺は安らかな気持ちで眠ることに感謝しながら、瞼を閉じた。


……これから衝撃の事実が告げられるとも知らない、幸福の顔で。

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