第6話 超人ノ幼馴染
……以上。俺が電車通学をしている理由でした。
……すまん、かなり重いし長い話だったな。
それに話題からかなりズレた話をしてしまった。
ここまで話すつもりは無かったのだがどうせ話す事になると思い、話の流れ上一気に話してしまったという訳だ。
せっかくのどかな朝だったのにな……
嫌な記憶を思い出してしまい、心も少し曇ってしまった。
勿論話した通りの野望を忘れた訳ではないが、毎日心を憎悪で満たしているのは流石に辛いし、人間が出来る技ではない。
学校生活も至って普通の高校生と変わり無いし、テストでもそこそこの点数を取る事で誰にも虐められることも疎まれる事もなく、友達と他愛も無い話をして日々を消化していく毎日だ。誰かさんといる時に時々痛い視線が刺さるが、それは気にしないでおこう。
「今」を楽しんでいるのは別に悪いことではない。
でも時々俺は、俺自身を責め立てる。
何度も自己嫌悪に陥りそうになったし、使命感を捨てたいとさえ感じたこともあった。
お前の決心はそんなものだったのか、と。
実の所、なんだかんだでこのゆるゆるな生活も悪くないと思い始めている自分もいて段々野望が薄れてきているのも確かであり、いつも考えている事は暗殺計画など物騒なものではなく、宿題かゲームか
決心した頃の自分とは考えられないほどの落ちっぷりだ。
もしかしたらこれは、俺のポジティブ思考が原因かも知れない。
そうだとすれば皮肉な事に、これは姉の
いや、皮肉ではないか。
姉は俺の野望を認めないはずなのだから、むしろこれは姉の思い通りと言って良いだろう。
……俺の行動力の無さもそれを助長している様なものだが、これ以上触れるのはやめておこう。
あの時から、俺は俺自身の扱いに慎重になっている。
「……ろ……て!」
もうあんな思いは二度としたくないし、進学校の高校生の身としても勉強においてメンタルは大きく関わってくるから、そういう事は極力避けたい。
その結果、いつの間にか自分に優しくなっていた。
「ふ……ろ……ん! お……てよ!」
それより怯えていた、というのが正解だろうか。
腫れ物に触る(触れてすらいないかも知れない)ような感覚だったし。
とにかく、どれだけ重い覚悟を持っても、何かを抱えて生きるのは難しい。
そう感じた。
「風露君! さっさと起きて!」
……あーうるせー。
仕方無く無理矢理回想を締め括り、横の席から耳元で怒鳴って身体を遠慮なく揺すってくる幼馴染の言う通りにする。
「あ、やっと起きた! ほら、もう駅に着くって!」
「……お前、いつからいた?」
「え? ……一緒に電車に乗ってからだけど?」
「忍者かお前は! あと俺はお前と一緒に通学している覚えはないぞ!」
「そんな冷たい事言わないでよ! それに同じ学校通ってるんだから時間的に隣の席に座ってるのは最早必然的なの!」
彼女の感情の激しさと比例する様に、ますます俺を揺さぶる力が大きくなってくる。
「わ、分かったから! 早くそれやめギュエッ!」
必死で宥めようとしたところ、舌に激痛が走った。
「だ、大丈夫!? ど、どうしよう、風露君を護るのは私の役目なのに、護るどころか傷つけちゃった……!」
「―っ! ぞれならお前はもうぢょっど考えてから行動じろ……!」
思わず舌を噛んでしまった俺に対して明らかに謎の使命感を持っている、このストーカー紛いの妄想癖変態野郎は俺の幼馴染の
母親同士が仲が良かったための幼稚園の頃からの付き合いだが、あいつはもう幼稚園の頃から「わたしがふーろくんをまもってあげる!」とかほざいていたのを覚えている。
まだ無垢純粋だった俺は素直に「ありがとう!」とか言っていたが、今となっては迷惑千万であり、もう勘弁してほしいと思っている。
小学生の頃は、男の同級生達に「女に守られるとかダッサ〜w」みたいなことを言われていた。思い出すだけで胸が痛む……。
さらに厄介な事に、幼児だった俺はこれまた何も考えずに、こう言ってしまったらしい。
「あゆみちゃんがまもってくれるなら、ぼく、おれいにけっこんしてあげる!」
お礼に結婚など随分厚かましい事を言われたにも関わらず、あの変態は承諾しやがったのだ。
いや、元々俺が言った事なのだから、元はと言えば俺の自業自得なのだが、それは「結婚」の意味をまだ理解できていなかった幼児の頃の戯言であって、今現在までそれを引きずってくるのはまた違う気もする。
しかしそこらへんの気を使う事が出来ないのが、残念な事に頭が幼稚で未だ純粋な変態少女緩坂である。
高校生になった今も、まるで「両思いだよね!?」と言わんばかりにくっついてくる。
……羨ましいと思われるかも知れないが、正直言うと俺はあいつの事を好きだと思った事はない。
幼馴染の友達としての好感はあるが、「恋」という方向性の感情ではない。
どうか早くあいつにかかっている「眞秀葉風露の庇護」の呪いが解かれて欲しいと願うばかりだ。
そしてこいつは俺が八雲高校に行くと言った翌日、いきなり推薦で入学したとかいうあり得ない話を現実にする様な変態でもある。
要は、何でもこなせる
あんな本当の味噌が入ってそうな頭が賢いとは到底信じ難い事実だが、常に成績は学年1位であることから嫌でも納得せざるを得ない。
だからこそ俺みたいに彼女の存在をウザく感じる人々も居そうなものだが、そこは流石の完璧人間。
見事に憎まれない性格で学年トップクラスの人気を誇っている。
しかし、それ故に常に近くにいる俺は理不尽に妬まれる存在にある。
痛い視線の正体はそいつらだ。
高校に入ったら平凡な生活を送ろうとしていたのに、あいつのせいで台無しだ。
「はあ……」
「風露君、溜め息なんて吐いちゃ折角の清々しい朝が台無しだよ?」
「誰のせいで憂鬱な朝になったと思ってるんだ……」
俺はウンザリしながらも彼女に手を掴まれたまま、強引に満員電車から引き摺り出される。
「ほら、走って! 学校遅刻するよ!」
「……ああ」
なんだかんだ言って、付き合ってやってしまうのは何故だろう。
何故俺は、抵抗しないのだろう。
……でもそこまで嫌がることでもないし、そんなもんか。
そうして俺はまた事を有耶無耶にした。
今は眠かったから、考える事が出来なかったのだろう。
そう思いたい。
それが本当のことに気づきたくないだけなのかは、自分でも分からなかった。
でも、どちらにせよ俺は未だ知らなかったんだ。
この変態への、俺の本当の気持ちを。
【背景紹介】
風露の学校「八雲高校」の最寄駅:八雲八幡前駅
…「八雲」というのは「八雲八幡宮」という近くにある神社に由来したこの地域周辺の名称。
古来から参拝しに来る人を接客する宿屋街だったが、過疎化が進み、寂れていっている。
その結果土地が安く売られる様になったのを七森校長が目につけ、八雲中高校が建設されたとされている。
地域としても活性化に繋がる為、喜んで受け入れた様だ。
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