忍びかねつもの

十二月、大晦日。


ああ、失敗した。失敗した。失敗した!もう!

私は不満を発散しようと、バタバタと畳の上でもがいた。


あの日、私は私の使命だと思っていた『神原に成り代わること』に疑問を感じて、それとなく色々な人達から情報収集をしていた。それが不審に思われたのか、冬休みで帰省した直後に当主様に呼び出されて、そのままこの座敷牢に放り込まれた。しかも、手枷のみならず異能封じまでして。

かなり厳重な扱いだなぁ。包帯型の封印具は顔半分を覆う形してるから、おかげで視界が狭い。不便だ。


ぼんやりと、どこか他人事のようにそう考えて、木製の格子の外、窓の外の青空を眺めた。今頃神原達はどうしてるんだろうか。・・・いや、なんでそんなこと考えてるの。そんなこと考えてる場合じゃないでしょ。

どうにかして外れないだろうか、と手枷をガチャガチャと鳴らしていると、


「おい代替品、何してんだ。」


と声がした。声のした方に目をやると、座敷牢の外に不機嫌そうな黒い髪の男の子が立っていた。当主様の息子か。名前は・・・なんだっけ?直系だからっていつも威張ってて嫌いなんだよねコイツ。


「お前!代替品のくせに俺を無視すんのか!?」

「・・・はぁ。何か御用で?こんなとこに?」

「おい!そんな態度とって良いと思ってるのか?」


私が億劫そうにそう返すと、ソイツはニヤリと嫌な笑顔を浮かべて小さな箱を懐から取り出した。ホント嫌な奴だな。


「これ、なんだと思う?」


ソイツは笑いながら格子にその箱を近付けた。よく見えなくて、目を細めてじっと注視すると、それは古びたクッキー缶だった。・・・見覚えがあった。だってそれは大事なものだから。


「それ、何で」


隠しておいたのに。鼻がツンと痛くなり、頭が真っ白になった。


その様子を見てアイツはニヤリと笑った。

・・・ 何をするつもりなの?


アイツは蓋を開けて中身を床にバラまいた。色とりどりのキーホルダーがバラバラと床に散らばる。落ちた拍子に、カツンっとヒビが入る音がした。


大事なものなのに。もうこれしか残ってないのに。


やめて。


そう言おうとしたけど喉に張り付いたみたいに声が出ない。はくはくと口を動かす私を見て、アイツはまた醜く笑った。


やめて。


目の前の出来事がスローモーションに見える。ゆっくりと、アイツの足が宝物たちに迫っていく。


やめて。


駄目。


奪わないで。



バキンっと音を立てて、宝物たちは踏み潰された。


踏み潰されて。また踏み潰された。ああ、踏み潰された。踏み潰されて、また踏み潰されて___とうとう粉々になってしまった。


アイツはクスクスと耳障りな声をあげて、宝物の残骸を蹴っ飛ばした。私は格子の中で、出ない声で叫んだ。


どうしてこんなことを?


嵌められたままの手枷を格子に叩きつける。アイツも同じように壊してやりたかった。

でも、異能を封じられて、身体すら自由に動かせなくて。閉じ込められている私には何も出来ない。


アイツはニタニタと笑いながら何か言っていたけど、耳鳴りに遮られて何も聞こえない。


・・・聞きたくもないけど。


暫くして。静寂の中、粉々に砕けたプラスチックと、邪魔な格子だけが私の目の前に残された。



___、


______、


____________、


どうして私ばかりがこんな目にあうの。


どうして両親は死んでしまったの。


どうして私はこんな場所ところにいるの。


どうしていつも私の大切なものは奪われるの?


どうして。


どうして。


どうして、私はこんな権能を持ってしまったの。


どうして私は。


なんで私は、こんなにも惨めなの?


まだ両親の生きていた頃、私の幼い頃。昔からキーホルダーを集めるのが好きだった私のために両親が色々な場所に連れていってくれた。一個だけだよって、記念だからって、ご当地のキーホルダーをいつも買ってくれたっけ。私はそれが嬉しくて、宝箱にしまってた。あのクッキーの缶に。


両親が立て続けに亡くなって、父方の祖父母___久山家に引き取られた時に、形見はほとんど捨てられてしまった。使わないのに邪魔だからって。だから、これしかもう残ってなかった。私の大事なもの。なのに。


格子に邪魔されて、身を挺して守ることすら叶わずに。やめてと叫ぶことすら出来ずに。ただただ大事な思い出を踏みにじられるのを見ていることしか出来なかった。


こんな家、あんな奴ら、みんないなくなればいいのに。


嫉妬と欲に塗れただけのけだものどもに、このは過ぎたものでしょう。



なら、私は___。




耳の奥で、何かが、砕ける音がした気がした。

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