通しゃんせ
大晦日。
辺りもすっかり暗くなってお月様が顔を出す頃。
僕は風早様と平里さんに連れられてあるお屋敷に来ていた。
と、いうのも。実家で明日の新年会の準備をしていたら急にやってきた風早さんに呼び出されて、そのまま車に押し込まれたからだ。
あれ、一歩間違えたら誘拐になるんじゃないかな。僕で良かった。
内心少し呆れながらも、門を隔てた先のお屋敷を僕は見上げた。西洋の館を無理やり和風建築にしたような見た目の、丹塗の壁に黒瓦屋根の本館。そして少し離れたところにある五階建て程の古びた瓦屋根の五重塔が、真新しい空中廊下で本館と繋がれていた。
・・・上手く言えないけれど、なんだかちょっと歪な感じがする。誰の家なんだろう、と思って門扉の横に掛けられた表札を見ると、『久山』と書かれていた。
久山・・・もしかして、久山さんの家?どうして連れてこられたんだろう。
「これはこれは風早様。連絡も無しにどういったご用件でこちらに?」
僕が考え込んでいると、いつの間に来たのか慌てた様子の壮年の男性が風早様に話しかけていた。
「ああ、御当主殿!丁度良かった。楓さんを呼んでもらえませんか?彼女に用があって。」
風早様がにこやかに男性に話し掛けると、男性は一瞬びくりと肩を震わせてわざとらしく考え込むような仕草を見せた。
「できませんか?」
「楓、というと・・・ああ。あの子は今体調を崩しておりまして、とてもお会いになれる状態ではないのです。言伝ならば私が預かりますが。」
風早様が再度問いかけると、男性は薄っぺらな笑顔を貼り付けてそう返した。
・・・嘘だな。嘘を吐いている時の表情だ。散々見てきた僕にはわかる。でも、それなら久山さんはどうして会えないんだろう。
僕が口を開こうとすると、その前に風早さんが声を発した。
「おや、そうでしたか。それは心配ですね。せめて見舞いだけでもさせて下さいな。」
風早様がにっこり笑ってそう言った。さも心配してます、というような声色だったけれど、瞳の奥が笑ってない。きっと本心では別のことを考えているんだろうな。ちょっと怖い。
「いえ、熱が高いので無理させる訳には・・・それに、万が一うつしたら申し訳ないので」
「それなら本人には内緒でこっそりと様子だけ見させて下さい。」
「それもちょっと・・・」
早く帰って欲しそうに拒否し続ける御当主さんと、食い下がり続ける風早様。一体どうして、そこまでして久山さんに会わせたくないんだろうか。もしかして何か隠してる・・・?
そう思って首を傾げていると、平里さんが僕の肩をトントンと軽く叩いた。
「平里さん?」
振り返って呼びかけると、平里さんは
「悪いな。」
と僕をひょいっと抱き上げた。俗に言う『お姫様抱っこ』ってやつで。
「え!?」
「風早様。もう時間が・・・」
な、なんで・・・!?
僕は戸惑って声を上げた。それを気にもとめず平里さんは焦りの滲んだ声で風早様に呼びかけた。
「そうか。それなら」
風早様は静かにそう言うと右手を軽く振り上げた。
「
「久山楓
「・・・は?いや、お待ちください!先程も申し上げた通り・・・」
なおもそう言い訳をする御当主さんを見つめると、風早様は深いため息をひとつ吐いた。
「仕方ない。平里、神原くん。強行突破するよ。」
「はい。」
「あの、一体何を___」
しようとしてるんですか、と言い終わる前に平里さんと風早様は門扉目掛けて駆け出した。僕は抱き上げられたまま眼前に迫り来る固く閉ざされた扉を見つめることしかできなかった。
なんでこんなことを・・・!?誰か説明してよ!
どんどんと迫る門扉との距離に、ぶつかる、と思ってぎゅっと目を瞑った。すると、刹那の浮遊感と、キンっと何かを通り抜けた感覚がした。恐る恐る目を開けてみると、目の前に先程のお屋敷が近付いていた。
どうやら門ごと飛び越えたらしい。・・・跳躍力、すごいなぁ。
「よし、侵入成功だね。最初からこうすれば良かったかもね。」
「思ったより低ランクな結界でしたね。そりゃ・・・なるわなぁ・・・」
あまりにもあっさりと入れたことに拍子抜けしていると、風早様は珍しくニタニタと笑って、平里さんは苦虫を噛み潰したような顔でそう言っていた。
『なる』ってなんのことなんだろう。
そう思ってじーっと平里さんの顔を見つめていると、平里さんは思い出したかのようにハッとして「悪い、今説明する」と言いながら僕をおろしてくれた。
「急いでたとはいえ、説明もなしに連れてきて悪かったな。一刻を争う状況なんだ。」
平里さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、あの!頭を上げてください!それよりも一刻を争う状況って?もしかして久山さんになにかあったんですか?」
平里さんの尋常ではない様子にワタワタとしながら僕がそう質問すると、風早様が平里と僕の間に割って入った。
「その説明は私にさせてもらえる?」
「風早様。でも久山家の内部ですし、異能者が来たら・・・」
「ひとまずは大丈夫だよ。私たちの周りに目隠しと防音の結界を張るから。・・・簡易的だけども、甲等級でもなければ見破れないはずだよ。」
ふわん、としゃぼん玉みたいな膜を張ると、風早様は平里さんににっこりと笑いかけた。
こんなに簡単に結界が張れるなんて、やっぱり此岸級ってすごいんだなぁ。しかも短時間でそんな高度な効果を付与できるだなんて。
僕が感心して結界を見つめていると、風早様はパンっと手を軽く叩くと僕に向き直った。
「じゃ、神原くん。簡単に今の状況を説明させてもらうね。」
「はい!お願いします」
僕の返事を聞いて、風早様は満足気に微笑むと次のように語った。
・冬季休暇に入ってから久山さんと連絡が取れないこと
・久山さんが家のどこかに監禁されているらしいこと
・もしかしたら異能封じもされているかもしれないこと
「えぇっと、つまり久山さんは今危ない状態かもしれないってことですか・・・?」
「そういうことだな。」
「あ、あと久山家は神原家の分家だからもしかしたら部屋自体に細工がされてるかもね。」
「え!?久山さんって親戚だったんですか!?」
僕がとても驚いて(なんなら今日一番声が出たかもしれない)、風早様の方へ顔を向けると、風早様は少し悲しげな顔で頷いた。
「そうだよ。だから彼女はいつもプレッシャーをかけられてたんだ。」
風早様はそう呟いてお屋敷を眺めた。
「もし彼女を救助できたら、君が本当の家族になってあげてね。それは君にしかできないことだから」
そう言いながら困ったような顔で微笑む風早様に、僕は頷くことしかできなかった。
どういう意味なんだろう。実は兄妹!・・・とかではないだろうし。
考えれば考えるほど分からなくなって、とりあえず後で考えることにした。
「・・・あの。それで作戦はあるんですか」
「作戦?・・・うーん」
風早様が唸って黙り込むと、平里さんは目が飛び出そうなくらい驚いた表情になった。
「考えてないんですか!?」
「特には。」
ないんだ、作戦。一気に風早様がダメな人に見えて来ちゃった・・・。
僕が落胆していると、ふと何かを思いついたように風早様は呟いた。
「ああ、でも神原くんが鍵にはなるかな、仮にも彼女と対の権能な訳だし。」
「対?」
訳が分からず首を傾げていると風早様は「そのうち分かるさ」と微笑んだ。
「あー・・・じゃあ役割と方針だけ決めさせて貰いますね。ちょっと失礼します。」
呆れたように平里さんはそう言って、二の腕のポケットからガラケー端末を取り出してカコカコと何かを打ち込んだ。
「はい。これで良いですか?」
平里さんは打ち込み終わると画面を僕らに見せた。どうやらメモ帳機能を使ってたみたいで、
・方針:なるべく戦闘回避
・目標:久山楓の速やかな救助
・前衛:俺、中衛:風早様、後衛:神原
と表示されていた。
「うん、大丈夫だと思うよ。神原くんはどう思う?」
「僕もこれで良いと思います。」
僕と風早様が頷くと平里さんも頷いて端末をしまった。
「よし、じゃあ行きましょうか。」
「そうだね、神原くん。準備はいいかな?」
「はい!」
僕が力いっぱい頷くと、風早様はかすかに笑ったような気がした。気のせいかな。
手早く平里さんの指示で隊列を組むと、僕らは本館の中へと足を踏み入れた。
・・-・・ ・・ ----
中に一歩足を踏み入れた瞬間、どろり、と何かが背筋を伝っていくような、あるいは沼に沈んだような感覚がした。
___罠!?
慌てて周囲を見渡してみるけれど、何もおかしな点はない。じゃあこの感覚は一体なんだろう、と思いながらもまた一歩踏み出すと今度は足を取られてしゃがみ込んだ。
「神原くん?」
ふと、先を歩いていた風早様が不思議そうに振り返った。それに気付いて平里さんも足を止める。
「お二人は、何ともないんですか・・・?」
「え?・・・平里、何か気付いた?」
「いや、特には・・・。神原、何かあったのか?」
「いえ・・・なんともないなら良いんです。先に進みましょう。」
そう言って重い脚を引き摺って僕が立ち上がると、風早様は心配そうに僕に目を向けて再び歩き出した。
歩き始めて暫くたった時___ちょうど、真新しい木製の階段の前に差し掛かった時。突然キーンと耳鳴りがしてずしんと身体が重くなった。まるで重力が倍になったみたいに。
なにが___!?
たまらず僕が倒れ込むと風早様が焦った様子で僕に呼びかけているのが見えた。けれど、耳鳴りがうるさくてよく聞こえない。
立ち上がれずに僕が這って移動しようともがいていると、平里さんは少し考えて僕を抱えあげてくれた。
「調子悪そうだけどどうする?外で待ってるか?」
「いや、それは駄目だ。」
「・・・なぜですか?このままでは危険なのでは?」
平里さんが僕にそう提案するも、即座に風早様に却下されていた。理由を平里さんが問いかけるも、風早様はただ、首を横に振るばかりで、口を閉ざして語らなかった。
僕にとってはこのまま一人で戻るより一緒に行った方が安心ではあるけれど・・・。
僕が言葉の意図を汲みかねていると、ふと風早様が口を開いた。
「ところで、何か気付いたことはあるかい?」
気付いたこと?・・・そういえば・・・。
「この階段・・・。この上から変な圧が・・・」
僕が階段に目を向けながらそう言うと、風早様と平里さんはお互いに目配せをして頷いた。
僕にも分かるように声に出して欲しい。・・・けど、久山さんを助けるのに手間取るくらいなら分からなくても良いのかもしれない。
そうやって無理やり疎外感を誤魔化すと、自分にかかっている力に集中してみた。上から押さえつけられてるような感覚。・・・あとはひんやりとした空気感。ちょうど、風邪を引いた時の寒気に近い気がする。
他には何かないかな。なにか、手掛かりになりそうなもの・・・。改めて階段をよく観察してみると、木造の階段の隅に埃がうっすらと溜まっているのに気付いた。なのに真ん中だけ綺麗になっているから、普段はあまり使わない、かつ直前に誰かが使ったのだろう。段差が狭くて急勾配になっているから、子供とか老人が使うにはむいてなさそうだけど・・・。あれ?
「あ、平里さん」
「どうした?」
「階段の端に何か落ちてない?」
「え?・・・あ、あれのことか?」
平里さんがそれをクイッと顎で指し示すと僕はそうです、と頷いた。風早様はそれを拾い上げると、不思議そうに呟いた。
「大吉・・・?」
「見せて下さい。・・・あ、おみくじキーホルダーの札ですね。」
「おみくじキーホルダーってなんだい?」
横から覗き込んだ平里さんが腑に落ちたように頷くと、風早様は首を傾げた。
「あれ、風早様知らないんですか?ちょっと前に流行ったんですけど。」
「知らないなぁ。神原くんは?」
「僕もちょっと・・・流行りものには疎くて・・・」
平里さんは少しショックを受けたように目を見開いてブツブツと独り言を言い始めた。
「マジか・・・それとも名家って流行に対してこんなもんなのか・・・?」
「あの、平里さん?それでおみくじキーホルダーって・・・?」
「あ、すまん。おみくじキーホルダーってのは、招き猫とかこけしとかの形のマスコットの付いたキーホルダーで、そのマスコットを振ると『大吉』とか『凶』とか書かれたプラスチックの札が出てくるっていうやつ。結構みんな筆箱に付けたりしてたと思うんだが・・・」
僕が恐る恐る声をかけると、ハッとした様子で平里さんは説明をしてくれた。へー、と思いながら聞いていたけれど、不意に思い出したことがあった。
そういえば、久山さんの筆箱に、招き猫のキーホルダーが付いていたような・・・。まさか。
僕がバッと天井を見上げると、平里さんは驚いて二、三歩よろめいた。
「神原?」
平里さんが不思議そうに呼びかけた直後、パチンっとシャボン玉が弾けたような音がした。
「ッ!二人とも!」
風早様がそう叫ぶや否や、廊下の奥やからわらわらと黒ずくめの人々が集まってきた。
「松也様!見つけました!」
黒装束の一人が声を張り上げると、人混みの奥から一人の少年が現れた。
「はいはいご苦労さま。・・・風早様。このまま大人しくお帰り頂けませんか?我々も手荒な真似はしたくありませんので」
松也と呼ばれた、僕と同年代に見える黒髪の少年は、薄っぺらな笑みを貼り付けながらそう言った。
「生憎だけど、そう言う訳にもね。あの子に用事があるんだ。」
風早様もこれまた薄っぺらな笑みを貼り付けてそう答えた。
「そうですか。それじゃあ、仕方ないですよね。オイ、お前ら。あのガキ二人何とかしろ。」
少年は荒い口調になると、背後に控えていた黒装束に僕らを始末するように指示した。
「松也様、ですがあの子供は本家様の・・・」
「本家?どーせ末席のことなんて覚えてないだろ。現に何も言わないわけだし。」
本家の・・・?どういうことだろう、父上に教わった親類の中に『久山』の名字はなかったはず。
僕が反論しようとしたところで、平里さんが黒いソフトボールのようなものを彼らに向かって投げた。黒装束のうちの一人が素早くソレを叩き落とすと、ボンッと白い煙に辺りは包まれた。
「神原!しっかり捕まってろよ!」
平里さんはそう言うとダっと走り出した。よく見えないけれど、階段を駆け上がっているみたいだ。足音のよく響く階段を登りきると、迷路のように入り組んだ廊下が現れた。
「クソ、もう時間が・・・」
平里さんはそう呟いて足元や壁をキョロキョロと見回していた。けれど、不自然な程に埃ひとつ、傷ひとつもないこの場所では彼の目の良さも役に立たない。
久山さん、どこにいるんだろう。もしもこの淀んだ空気と関係があるのなら、近付いているのはわかるんだけど。
そう思ってうーんと唸ると、
パリンッ
と、なにかが壊れる音が聞こえた。
「平里さん、今の音」
「え?音?」
何かしたか?と平里さんは首を傾げる。気のせいだったのだろうか。あれ?いや、もしかしてこれは___。
「ごめん、平里さん。降ろして。」
「え、でもお前動け___」
「降ろして。」
平里さんの言葉を遮って僕がもう一度言うと、平里さんは渋々といった様子でそっと床に僕を降ろした。
相変わらず重力は僕の敵のまんまで、立ち上がることもできない。でも、地を這ってでも。たとえ何か失うことになったとしても。絶対にやってみせる。
辿り着きたいだけなら迷路をクリアする必要はない。最短ルートで突っ走れば良いだけなんだから。
覚悟を決めた僕はありったけの霊力を身体に循環させ始めた。
なんでかは、分からないけれど。
今なら、何だってできる気がするんだ。
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