楓と棗

四月。

穏やかな陽光が窓から柔らかく差し込み、教室を明るく照らしている。窓際の席だったなら、きっとうたた寝をしてしまっていただろう。


そんな中で、黒板に文字を書くカツカツという音を聞きながら私はひっそりとため息を吐いた。なんでこんなことになってるんだろう。

何となく隣を見たくなくて黒板に目を向けると、ちょうど先生が板書を書き終わったところだった。


「えー、私たち異能者の能力はこのような等級で表されています。」


先生はそう言って、三角形に横線を引いた図の一番下を指した。


「まず、下から順に丁、丙、乙、甲の四つの等級に分かれています。例外的に此岸しがん級という等級もありますが、この等級は過去に三人しかいません。」


先生はそう言って図に矢印や文字を足していくと、顔の前に白く垂らした面布を揺らしながら「では、ここで皆さんに質問です」と楽しげに言った。


「このように異能者は等級で分けられていますが、その前に性質によっても二種類に分けることができます。さて、その二つの名称が分かる子はいませんか?」


先生がそう言って教室を見回すと、クラスメイト達はさっと下を向いたり、目を逸らしたりしていた。入学した時点で学力によってクラスが分けられているから、分かっているはずなんだけれど。・・・答えたくないのだろう。多分、目立ちたくないから。


先生が困ってなさそうに「困りましたねぇ」と若干笑いを含んだ声色で呟くと、隣の席の男子が観念したように手を挙げた。


「おやっ、神原くん。では答えて頂けますか?」

「はい。・・・異能者は霊力れいりょくを使う陰陽師おんみょうじと、魔力を使う魔導師まどうしに分けられます。」

「素晴らしい!さすが六大家門ろくだいかもんの出身はこういう時違いますねぇ。」


うんうんと満足気に頷く先生の態度にイラッときた。けれど、それ以上に隣の席の男子にムカついていた。


神原かんばらなつめ

陰陽師三家・魔導師三家からなる異能六大家門のうち陰陽師の名家である神原家の嫡男で、甲等級相当の支援型の権能所持者。おまけに文武両道、才色兼備。なんでコイツは全部持ってるの。


イライラしながらも何とか溜飲りゅういんを下げようと、筆箱に付けている招き猫のマスコットを指でつついた。しばらくそれを繰り返していると、少しだけイライラが治まってきた。


「えー、じゃあ隣の久山さん?せっかくなので陰陽師の霊力の使用方法を二つほど挙げてもらえますか?」


ふと、先生がこう言い放つまでは。コイツのついでで私まで当てるの?さすがにひどくないですか?と文句を言いたいのを抑えつつも、


権能けんのうの使用と、霊符れいふの使用・・・だと思います。」


と素直に答えた。

すると先生は


「正解です!いやぁ、一般出身なのに答えられるなんてすごいですねぇ!将来が楽しみですね!」


と嘲笑気味に言い放った。面布で隠れていても何となく見下されているのはわかってしまう。

ちゃんと入学時の資料を読んでいれば一応は陰陽師の家系だとわかるはずなのにわざわざ『一般出身』と言ったってことはこの教師は・・・。そういうことなんだろう。


なんだか虚しくなって俯くと、カランカランと授業終わりの鐘が鳴った。


「あ、もう終わりの時間みたいですね。名残惜しいですが続きは次回に。ではでは。」


先生がそう言って教室を出ていくと、助かった気分になってほっとした。私が強かったらあのクズ教師を殴り飛ばしてやれたのに。そう思いながらも、少しこれからのことを考えることにした。


の計画通り、中学校からはアイツ・・・神原棗と同じ学校に通うことになった。それは良いとしても、まさか同じクラスの、隣の席になるとは思わなかった。一応、挨拶くらいしておいた方がいいのかな、と最初は思ったりもしたけれど、呑気なアイツの様子を見てその気もすぐに失せてしまった。だから、別に無理に嫌いな奴と関わる必要なんかない、と無視しておくことに決めた。

そもそも私はアイツのせいで散々だったんだから、関係性なんてどうでもいい。私がアイツの『代替品スペア』だなんて、もう言われたくない。絶対に勝って成り代わってやる!

そんな風に対抗心むき出しにしていたから、いつしか私の周りには誰も寄り付かなくなっていた。当たり前だけど。


アイツは神原家の次期当主で、かたや私はとても名門とは言えない家系出身。おまけにアイツに敵意を剥き出しにしている___。

考えるまでもなく、周囲がどうするかは決まっている。万が一、神原家に目をつけられたら将来が危ういし。


けど、頭で分かってはいても、なかなかにくるものがある。なんか、問題が起きたら全部私に責任押し付けようみたいな空気感もあるし。ちょっとだけ、ほんの少しだけしんどい。私は諦めるように大きなため息をひとつ吐くと、そのまま机に突っ伏した。


味方がいないことなんてずっと慣れているけど、やっぱり同年代の子達からそういう視線を向けられるのは堪えるみたい。だからと言って、今更アイツと張り合うのをやめるわけにはいかないけれど。だって、今やめてしまったらきっと本当にアイツの代替品のままになってしまうから。

とはいえ・・・と思ってうんうん唸っていると、上から声が降ってきた。


「久山さん、大丈夫?」

「げ、」


神原、と言って私は思わず顔をあげた。なんでよりにもよってコイツが話しかけてくるの?


「久山さん?」

「はぁー・・・なにが?」


コイツに心配されるくらいなら誰からも心配されない方がマシなんじゃなかろうか。そう思って顔をしかめると、神原は困ったように黒い目を瞬かせた。


「調子悪いの?医務室行く?それともやっぱりさっきの・・・。」

「違うから。構わないで。」


私はふいっと神原から顔を背けて、そのまま教室を飛び出した。


なんなの、アイツ。


結局この日はなんだか気まずくて、教室に戻れなくて授業をサボってしまった。まあ、入学してすぐの授業内容なんて基礎で終わりだろうからつまらないだろうし、と必死に自己弁護をしてその日は終わった。

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