第5話
俺は霞ちゃんに言われるがままに自宅へと帰ってきた。
涼花のお見舞いに行きたかったのに、本当に残念である。きっと涼花は俺が来る、と考えてくれていたはずなのに…。
昔から俺たちはどちらかが体調を崩したら絶対にお見舞いに行っていた。…とはいっても涼花は今まで崩したことがなかったので今回が始めてなのだが。
俺が行かないと、失望されて涼花に嫌われてしまうかもしれない。だが霞ちゃんにあの映像を涼花に見せられてしまえばそれこそ本当の終わりを指す。
俺にはどうしたらいいのか分からない。
まさか霞ちゃんがあんなことをする女の子だとは思わなかった。今まで接してきた霞ちゃんは少なくともあんな感じじゃなかったはずだ。
もっと優しくて、笑顔が可愛らしいザ・涼花の妹!って感じだったのに。
俺が知らぬ間に変わってしまったんだろう。霞ちゃんも俺と一緒、高校生なのだ。
俺はそう無理やり納得すると気を紛らわすために寝ることにしたのだった。
「あお…碧人!」
聞き覚えのある声が耳元で聞こえたことで俺は目を覚ました。時刻は八時過ぎ。三時間ほど眠ってしまったらしい。
「おはようございます碧人」
「霞ちゃん…」
なぜか俺の部屋には霞ちゃんが立っていた。しかも太ももがはっきりと見える短めのジーンズに下着が透けて見える白いシャツ。
まさに無防備、というワードを彷彿させる格好をして。
「なんて格好をしてるんだ。…てか、なんで俺の部屋にいる?」
「これです」
霞ちゃんが指さす方向を見ると一つの紙袋が置いてあった。見覚えのあるマークの入った紙袋だ。
「姉からの差し入れです」
「涼花から?」
「はい。教材のお返しということです」
あぁ、そういえば前に涼花から教材を貸してほしいと言われて貸した覚えがある。涼花には難しいんじゃないかって渋った挙句、結局貸すことになったんだっけ。
涼花は解けたんだろうか。貸した問題集は大学入試でも特にトップレベルの問題を集めた精鋭問題たちだから俺も相当苦労した記憶がある。
「涼花が持ってきてくれても良かったのに。元気なんでしょ?」
「まぁ、私が買いものに行くときに言われたので。ついでですよ」
「なるほど」
「じゃあ私は用事がありますので今日は行きます」
「うん、わざわざありがとう。助かったよ」
霞ちゃんは俺に一度会釈をすると部屋を出て行った。
そういえばどうやって霞ちゃんは家に入ったのだろう。母さんはいないはずなのに。
チャイムの音は聞こえなかった。
俺が帰った時に鍵をかけ忘れたのか。
まさか霞ちゃんが無理やりカギをこじ開けたわけじゃあるまいし。
案の定、カギが壊れていることはなかった。俺の心配し過ぎだったようだ。
俺は自室に戻り霞ちゃんが持ってきた紙袋を開けて参考書たちを取り出す。わざわざこんな袋に入れないで、そのまま渡してくれても良かったのに。
流石は涼花だ。なんというか…こういうところにも上品さが出ている。
「お菓子が入ってる」
袋から参考書をすべて取り出し終えると、一番下に可愛らしい袋で梱包されたお菓子のようなものを見つけた。
クッキーだ。メッセージが添えられている。
『今日は学校黙ってごめんね。だからこれはお詫び。いつも碧人にお世話になってるからね。これからもよろしくね。あ、あとクッキーの感想も後から教えてほしいな』
「…あぁ、好きだ」
好きだ好きだ好きだ好きだ。涼花のことが好きでたまらない。まさか日頃の感謝ということでお菓子を作ってくれるなんて。
俺は知っている。涼花が料理が苦手だということを。
俺は今すぐにでも告白したい衝動に駆られ、いつの間にか部屋着から余所行きの格好へと着替え終えてしまっていた。
もう我慢できない。これは告白しないと俺の気持ちが爆発してしまう。玉砕してもいい。
涼花に気持ちを知ってもらえればそれでいいのだ。
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