乙女ゲームの勇者に転生したら、世界を滅ぼす魔王に惚れてしまった

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「乙女ゲームの世界に転生って、本当にあるのね」


 何百万の人々が生活する巨大なアルミニア王国。

 その国の片隅で、私は生まれた。


 前世の記憶があるので転生だ。


「ちょっとお金持ちなだけのしがない女子高生だったのに、どうしてこんなレア体験をする事になってしまったの? 神様に一度聞いてみたいわ」


 しかも転生先は普通の世界ではない。


 前世でやっていた、乙女ゲームの世界だった。






 その中での私の立場は、力あるもの、責任あるもの、勇者だ。


 ヒロインではなかったが、とても強い力を秘めた人間だ。


「勇者様、魔物の軍勢がこっちにきます」

「背後から二十匹の魔物が! どうか応援を!」


 剣を振って、人にあだなす魔物を倒す毎日を送っている。


「もう駄目だ! 死んでしまう」

「しっかりしろ、勇者様達が助けに来てくださったぞ!」

「本当か!?」


 勇者は、混沌と化す世界に希望をもたらさなければならない存在。


「もう大丈夫です。私が来たからには、皆に指一本ふれさせません!」

「勇者さま! 助けて下さってありがとうございます!」

「勇者さまのおかげで、今夜はぐっすり眠れそうだ」


 魔物の勢いに押され気味であった人類たちは、勇者に様々な期待を寄せていた。







 しかし、だからといって好きでもない男と結ばれて、子供を生まなければならないのは苦痛だった。


「勇者テイルよ。そなたに頼みがある。子供を残し、優秀な血を次世代に託すのだ」


 勇者でもある人間を、簡単に失うわけにはいかない、という人々の気持ちはわかる。


 勇者が誕生するのは、何十年の間、たった一人だけ。


 同じ時期に二人の勇者は現れない。


 勇者の子供が勇者になる可能性は極めて高かったから、そう思うのはおかしな事ではない。


 勇者のいない地域では、人間達は魔物に蹂躙される一方だったから、なんとかそれを防ぎたいと考えるのが自然だろう。


 人々が死んでいく状況は、テイルにとっても悲しい事だった。


 しかし、それとこれとは別だった。


「好きでもない相手と、一緒になる事などできません」


 我儘と言われようと、その点だけは譲れなかった。


「散々人に迷惑をかけて生きてきたくせに」

「勇者様は、現実をしっかり見てはいないようだ」

「これだから薄汚い孤児は」







 テイルは十歳になるまで、国の片隅で、孤児として育ってきた。


 生後間もなく親に捨てられたらしく、育ててくれる家族はいない。


 貧民街で育つ同じ境遇の孤児達と身を寄せ合って、ゴミをあさったり、畑の農作物を盗んだり、スリもしたりして命を繋いできた。


 罪悪感はあったが、命を守るための行動だった。


 そんな生活を送っていた中、とある剣士がテイルに目をかけ、自宅へつれかえった。


「君には剣士になる才能がある。私の子供として戸籍を用意するので、国の為に戦ってみないかい?」


 テイルはその者に感謝し、剣の腕を磨くようになった。


 師匠であり戸籍上の親になったその人間は、残念ながら病によってそれから数年後に亡くなってしまった。


 しかし、テイルはその頃には立派な剣士となっていた。


「君を見いだせた事は私の最大の誇りだ。私がいなくなった後も強く行きなさい」


 そのため師匠であるその人物は、未練なくあの世に旅立ったのだった。






 その後、実力が認められたテイルは、勇者になった。


 攻略対象の一部とも出会い、彼等と共に多くの苦楽を共にしてきた。


 その中では乙女ゲームのイベントも起きていたが。


 テイルは彼等に好意を抱く事はなかった。


「単純にタイプじゃなかったって事ね。画面の向こうで見る分にはいいけど、顔の良い男性と付き合うのは色々と大変だもの」


 攻略対象だけあって、美形の男性ばかりだった。


 しかし、その分嫉妬にさらされる事も多かったため、付き合うまでの関係にはならなかった。







 孤児として育ってきて、生きる為に剣を学び、勇者にのぼりつめた。

 その間、血のつながった両親が顔を見せる様子は一ミリもなかった。


 なのに、勇者になって実績を積んだ頃に、生みの親があらわれる。


「まさか私達の子供が生きていて、こんなに立派になっているなんて」

「やむおえず手放してしまったが、ずっと心配していたんだぞ」


 良い親を演じたのは最初だけ。


 私の親であるというだけで彼等は、大きな顔をして贅沢三昧。

 生活も安全もすべて国頼り。

 それだけでなく、孫の顔が見たいといって、どこかの名家のお坊ちゃんとの婚約を勝手に結んでしまった。


「女性に生まれたのなら、結婚するのが幸せよ」

「いい男を見繕ってあげたから、彼と一緒になりなさい」


 それを知った私はあきれ果てていた。








 そんな中、テイルは魔王軍との戦いでへまをした。


 人質として捕まった私は、命乞いなどしないと決めていたが、意外と魔王軍の者達は私を丁寧に扱った。


「どうして勇者なんて存在を丁重に扱っているの? 邪魔な存在なのだから、はやく殺せばいいじゃない」

「そんな事はできない。お前は我等にとって必要な存在だからな」

「一体、どういう事?」


 なぜかと思えば、魔王は跡継ぎに悩んでいたらしい。

 子供ができにくい体質だと述べた。


 けれど、占い師の言葉をきいて、勇者となら子供を残す事ができると言われたそうだった。


 当然私は拒否をした。


「魔王と子供を作るなんて、私が首を縦にふると思うの? そんな事をするくらいなら自害するに決まってるじゃない」


 両親が選んだお坊ちゃまと子供を作るのも嫌だが、だからといって魔王と作るのを歓迎したいわけではない。


 けれど、魔王は意外と拒絶感を示すテイルに優しかった。


「そなたの言っている事はもっともだ。だから魔物達の現状を見て、考えてくれ」







 魔王が納めている魔族領には意思のある魔物や、魔族達が大勢住んでいた。


 彼等は見た目や能力以外は、人間と変わらないように見えた。


 魔族達や、意思のある魔物達は、みな戦いに消極的で、身を守るために戦うしかないと述べている。


 テイルは、自分の抱いていた正義が崩れていくのを感じていた。


「衝撃を受けている事は分かっている。今まで培ってきた価値観が崩れてくのは辛いだろう」

「それはそうだけど魔王はどうして勇者である私に優しくできるの?」

「子供の頃の事があってな」


 魔王になる前の魔王。


 子供の頃の少年は、戦は単純な物だと思っていた。


 どちらかが正義でどちらかが悪だと。


 しかし、歴史を紐解いていくうちに、ふくざつにから割り合う事情を知って、崩れ去った己の価値観に衝撃を受けたのだった。


「始まりは小さな行き違いだった。誰も争いなどしたくはなかった。それが衝撃だった。俺にとっては、それまで人間という存在は否応なく悪だったからな」

「そんな事があったのね」

「だから人間だから、魔物だから、魔族だからという理由で差別したりはしない」






 子供がほしいだけだと分かっているのに、テイルはだんだんと魔王に惹かれていってしまう。


 魔王という肩にのる重責。


 それらに向き合っていく態度や、苦悩を見てきた結果。


 テイルは魔王の事を嫌いになれなかった。


 悩む日々の中、変化が訪れた。


 囚われた勇者を助けるために特殊部隊が結成される。


 その中には、これまで関わる事をさけてきた攻略対象もいた。


 特殊部隊は特別な転移魔法を用いて、魔王城へ忍び込んできた。


 けれどテイルは、自分の意思で残る事を伝えた。


「本当にここに残るというのか?」

「ええ、ごめんなさい。でも平和のためには必要な事なの」

「決意は固いんだな。分かった。ならば転移用と通信用の護符を一つ置いていく事にする」


 世界に真の平和をもたらすためには、魔王の事をきちんと見定めなければならないと思ったからだ。


 攻略対象に大きな恩ができたが、やはり恋心は抱かなかった。


 根本的に彼等の事は恋愛対象としては見れないのだろうと、テイルは結論付けた。






 それからも魔王城で魔王の事を観察し続けたテイル。


 攻略対象から渡された護符を使って、仲間達とは連絡を定期的にとっていた。


 停戦に向けて準備できないかと働きかけるテイルは、人間達が一筋縄ではない事を知った。


「人間と魔族は和平を結ぶべきだと思う。それができなければ停戦してほしい」

「しかし、こちらにはやっかいな物達がいてなーー」


 生みの親が率いる魔族殲滅をうたう一派が、共存などできないと声高にうったえていたからだ。


 人間達が住む領域、国の都を中心に活動している彼等は、貴族や権力者に働きかけて、味方を増やしているらしい。


 特にテイルの生みの親はかなりの過激派で、和平や停戦などはまったく考えていないようだった。


「あの人達は、私の迷惑になる事しかしないのかしら」


 頭が痛くなったテイルは、正直に魔王に相談する事にした。


「と、いうことなのだけれど。隠れて連絡をとっていた事はごめんなさい」

「いいや。それはいい。しかしーーなるほどな。やはりそいつらが要になっているか。何度かこちらから使者を送った事があるが、必ず同じやり方で消されていたからな」


 話を聞いた魔王は驚かない。

 テイルは意外に思った。


「私が彼等と連絡をとっていた事を驚かないの?」

「知っていたから、とくには」

「どうしてそんな事を? へたしたら大事な人質に逃げられていたかもしれないのに」

「だがそれでは、協力してほしい相手に誠意を見せられないだろう?」


 テイルは魔王の懐の深さを知って、自分の心が惹かれるばかりである事を自覚した。


 それははっきりとわかる恋心だった。






 その後、魔王のはからいで一部の人間達が魔王城へ招待された。


 そこには攻略対象達やヒロインの顔が並んでいた。


 今まで関わってきた攻略対象とはまた違った者だった。


 様々な人達を動かす中心人物なだけあって、理解は早く、状況に対応するために行動もはやかった。


「魔族側の要望は分かった。交渉の舞台はこちらで用意しよう。しかし過激派がどこに潜んでいるか分からないため、注意してほしい」


 攻略対象はそういって、話をしめくくる。


 魔王に対する敵意はまだあるものの、こちらの事情を知った彼等はむやみに争わない事を誓ってくれたのだった。


 話し合いが終わった後、攻略対象が私に近づいてきた。


「噂の勇者様が攫われたと知って、皆心配している。うちの恋人も勇者に憧れていたから気が気じゃなかったみたいでな」


 どうやらこの攻略対象がヒロインと結ばれたようだった。


 テイルは彼等の事にあまり関心がなかったが、人の恋路を祝福する気持ちはあった。


「良かったらあとで俺の恋人とも話してやってくれないか」

「ええ、分かったわ。彼女想いのいい彼氏さんね、きっと彼女は幸せ者だわ」







 攻略対象の要望通り、ヒロインと話をしようと思っていたテイル。


 しかしその前に魔王に話しかけられた。


「何を話していた?」

「別に特別な事ではないわ。あっちにいる女の子が私が憧れの人だっていうから、ファンサービスをしてほしいって」

「ふぁんさーびす?」

「えっと、憧れの人だから親切にしてほしい意味、かしら」

「それだけか、そうか良かった」

「なにが良かったの?」

「いや、なんでもない。話し合いが終わったら、今後の事について計画を詰めたい。俺の執務室に来てくれないか」

「分かったわ」


 少しだけ考え込んでしまう魔王。


 テイルはどうしたのかと訪ねた。


「いや、お前と出会ってから色々な事がとんとん拍子で進んでいるから少し怖くてな」

「良い事じゃない。でも、油断したくない気持ちは分かるわ。大事な事だもの」

「ああ、必ず成功させねばならないな」


 拳を固く握りしめる魔王。


 その表情は決意に満ちていた。


「交渉が終わったら、どうするつもりだ?」

「各地の小競り合いがいきなり無くなるわけではないでしょうから。まだまだ現役でしょうね」

「そうか。お互い、争わずにいられる時が早く来ればいいな」

「ええ、本当に」


 その後、テイルはヒロインとあれこれ話をした。


 テイルと同じようにヒロインも転生者だったらしい。


 熱烈なファンだった彼女は、乙女ゲームの世界に転生できた事を喜んでいるようだった。


 しかし、正義の心もしっかりと持っているため、このままの世界ではいけないと考えているらしい。


 原作では、和平のための停戦交渉のエピソードがあった。


 しかし、そこで邪魔が入ると、魔王がやけをおこして世界を滅ぼしてしまうようだった。


「あの魔王がそんな自暴自棄になるような事がおこるのかしら。裏切られたらショックを受けるのは当然でしょうけれど」

「それは、詳しい事は分かりません。規制が入ったらしくて、開発段階では描写されていた事柄が、発売されたゲームではごっそり削られていたみたいですから」

「開発者インタビューとかを隅から隅まで読んでそうなセリフね」

「はい、実際読んでましたから」






 そんなやりとりがあった、一週間後。


 待ちに待った停戦交渉の場が設けられた。


 見晴らしのいい平原に集まる魔族達と人間達。


 勇者であるテイルも、その場に集う事になった。


 無事交渉が終われば、テイルは解放される手はずになっていた。


 必要な面々がそろった事を確認した後は、互いに条件のすりあわせを行っていく。


 互いに禍根がまったくないとは限らないから、少しはもめたけれども。


 そこはヒロインや攻略対象達がうまくまとめてくれたし、私も尽力した。


 やがて正式な書類にサインしようとなった時。


 トラブルが起こった。


「魔族なんかと共存できるか!」


 停戦交渉の場に集ったものの一人がそう言って、魔族の一人を剣でさそうとした。


 近くにいたから私はとっさに反応してかばう事ができたけれど、人質となっている間、体がなまっていたらしい。


 私は右腕に怪我をしてしまった。


 しかも剣には毒がぬられていた。


 そのため体がしびれて動かなくなってしまった。


「テイル! 大丈夫か! くっ、よくも!!」


 心配した魔王がかけつけてくれるけれど、私はうまく喋れない。


 魔王は自分でも制御できないくらいの怒りにさいなまれているらしい。


 魔王としての力がオーラとなって、辺りにもれだしていた。


 さっきも尋常ではなくて、暗殺しようとした人間はその気にあてられて気絶してしまったほどだ。


 他の者達も、人間・魔族とわず硬直してしまって動けない。


 動けるのはヒロインや攻略対象だけだった。


 怒りで我を忘れそうになっている魔王に、私は必死で言葉をつむごうとする。


 しかしうまくしゃべれない。


 このままではせっかくの交渉がだめになってしまう。


 なんとかしなければ。


 毒でまわらなくなっていく頭で何かないかと、考えた私はーー。


 自分の傷口に剣を刺した。


 突然の暴挙に我をうしないかけていた魔王は、正気にもどったようだ。


「一体なにを!」


「ーー!」


 痛みをこらえて、剣を握る手に力をこめる。


 毒が回る前に、傷をうけた右腕を切り落とそう。


 まだ体の全身に回る前なら、生き延びられる可能性があるかもしれない。


 でも、へたしたら失血死してしまうかもしれないが。


 人間の悪意で殺されるくらいなら、自分で死を選んだ方がましだ。


 そうすれば魔王は、暴走せずにすむかもしれない。


「お前というやつは」


 泣きそうな顔になった魔王。


 そんな風に悲しんでくれる事が嬉しいだなんて、間違っても言えないなと思った。


 しかし、天は私に味方したようだ。


「すぐに治療します。私に任せてください」


 ヒロインが治癒魔法を使って、解毒をし始めた。


 あたたかい光が体を包んでいく。


 かなりやっかいな毒で、時間がかかったし、運任せの要素が強かったが、私は一命をとりとめる事ができた。


 切断しようとしていた腕も、もれなく治療されたのでぴんぴんしている。


 






 交渉の場から数日後。


 驚異的な回復力で体を治した私は、魔王と顔を会わせていた。


 まだ魔王城で世話になっているが、数週間後には人間の町に帰る手はずになっている。


 また婚約者や親の事で頭を悩ませなければならないのは大変だが。


「体の具合はどうだ?」

「私は大丈夫。それより交渉は?」

「昨日も聞いてきたな。何事にもなっていない。きちんと停戦協定は結ばれたままだ」

「そう、良かった」


 あの後、幸いにも協定はしっかりと維持されたままだった。


 過激派の暴走は想定外だったらしく、他の者達は賛成だったし、人間側が素直に謝罪した事で事なきを植えたのだった。

 

「私、貴方達の役に立ててかしら?」

「お前がこちらに囚われなかったら、人間と交渉するのは確実におそくなっていただろうし。交渉の場では、説得に尽くしてくれただろう。最後は良い働きをしてくれた」

「ありがとう」

「だが、二度とあんな無茶な真似はするな」

「それは、できかねるわね。私は勇者なのだから」


 魔王は、渋面を作ってため息をついた。


 互いに立場がある、守らなければならないものもある。


 簡単に自分の事だけを考えるわけにはいかない。


 それは魔王である彼も良く分かっているだろう。


「なら、時々無茶をしていないか俺が見に行こう」

「えっ?」

「他の者から聞いたが、お前はまだ色々と問題を抱えているのだろう。無茶をする事は目に見えている」

「そんなに私、危なっかしいように見えるかしら」


 少しむっとしたが、この魔王との縁が切れなくてすんだことには、ほっとしてしまった。








 そんな会話をしているうちに、魔王城に勤める使用人がやってきて、お水の入ったコップやおかゆなどを持ってきてくれた。


 魔王だけでなくここにいる者達にも世話になったから、去る時にはお礼を言わなければならないなと思った。


「もうすこしでお別れね、寂しくなるわ」

「だが、互いに生きている。今生の別れなどにはならない。それにこちらから会いに行くからな」

「楽しみにしてるわ」


 その時は彼に人間の町について色々案内を使用と思った。


 人間の町で流行っている食べ物などをごちそうするのもいいかもしれない。


 そう考えると胸が弾んだ。


「その時は、お前の事も色々教えてもらうとしよう」

「話せる事はあんまりないわよ」






 他愛のない話に花を咲かせていく。


 その内容は、人間との間に交わす言葉ときっと何も変わらない。


 今はまだ小さな歩みだが、人間と魔族との関係が解消できたなら、二人で並んでどうどうと町を歩く。


 そんな日々が来たのなら、きっととても素敵だろう。


 

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