第16話 甘さより好奇心が勝つ新婚生活の始まり③
「では、前回の続きだ。四大元素魔法について。魔力を持つ者は生まれつき、無属性の魔力と地水火風いずれかの属性魔力を備えている。魔法はそのどちらかの魔力を源にして行使するもので、無属性魔法は誰でも簡単に扱えるものなのに対し、地水火風の四大元素魔法は各々の力量によって魔法の効果に大きく違いが出る。貴族の家に生まれたからにはこの属性魔力を鍛える必要があるが、なぜだかわかるか?」
「〝四大元素魔法の扱いに長けていること〟が魔導士になるための必須条件であり、貴族であるならば魔導士の資格を得ることが最も好ましいとされているからです」
ライルの回答に、ロイドが頷く。
「そうだ。国で地位のある職と言ったら、まずは魔導士だからな。とりあえず目指しておいて損はない。だからお前たち――特にディルク侯爵家の長子として生まれたライル、お前はそこを目標にしておいた方がいいだろう」
「はい、叔父上」
真剣な顔でライルが首肯する。姿勢良く講義を受ける彼は、とてもやる気に満ち溢れているようだ。まだ十歳という年齢でありながら、自分の立場をしっかりと心得ているのだろう。
「さて、その属性魔力の扱い方だが、これは能力に個人差が出るだけあって複雑な手順を求められる。発動の仕方から無属性魔法とは大きく異なるので、気を付けなくてはならない」
はい、とライルが返事をする。そうして、何やらぎっしりと書き込まれたノートに、さらに走り書きでメモを加えていっている。一方エヴリンには兄ほどの緊張感はないようで、足をぷらぷらさせながら「はぁい」と答えた。
そんな二人を前に、ロイドの講義は淡々と進行されていく。
「魔法を発動するという意味では同じ手順だと思えるかもしれないが、実際は全く違う魔力の流れを制する必要があるわけだ。さらに、地水火風の魔力はそれぞれ全く異なる性質を持っているため、己の持つ魔力に沿ったやり方をきちんと学ばねばならん。だからまずは各魔力について詳細に説明している、レッティー魔法理論を頭に叩き込んでおけ」
(レッティー魔法理論……。三百四十年前に確立された、魔法の基礎理論のことね)
かつて読んだ文献からの知識と照らし合わせ、内容についていけるようノーラは脳内をフル回転させる。
(基礎的な魔法理論として有名なのはガルヴァント魔法理論だけど、ロイド様はレッティーの方をお薦めするのね。……確かに、古い理論だから忘れられがちだけど、各属性の特徴をより詳細に説明しているのはレッティーの方だわ)
ふんふんと聞き入っていたノーラは、ロイドが話をしながら忙しなく手を動かしているのに気が付いた。何をしてるんだろうと注目していると、彼は手の平サイズの歯車に魔法をかけ、それが発光したのを確認してから手元の書類に何か書き込んだ。
(もしかして、自分の仕事――何かの実験も並行してやっているの?)
見た感じ、発動した魔力は無属性のものだった。どう見ても講義の内容とは関係なさそうな動きをする手元に、ノーラはそんなことだろうと予想を立てる。講義を始める前に「時間が勿体無い」と言ってのけたくらいだから、ありえる。
ロイドは手元を見ながらも、ペラペラと話を進めていく。
「ちなみに四大元素魔法の発動手順については、先日話したフォンテナ魔導力学論とあわせて覚えると、より効率的に学習出来る。魔力を注ぎ込む流れはこの理論を基にするとさらに――……」
聞き覚えのある単語にノーラの意識が講義に戻る。
(うん、そうね。その理論に沿って魔力の通り道を構築していけば、地水火風それぞれに特色がある魔力にも柔軟に対応出来るという話だし)
心の中で相槌を打っていると、ロイドがまだ幼い生徒たちに無茶振りをした。
「もちろん、フォンテナ魔導力学論はもう全て頭に入っているな?」
二人がビクッと肩を揺らした。ノーラもさすがにそれは……と眉を顰める。
(あれは本にすると数十ページに渡って説明されてる理論でしょ。まだこんなに幼い子どもたちに〝全て〟というのは、無理じゃない?)
思った通り、二人は気まずそうに首を横に振った。
「復習はしました。でも、まだ全部覚えられてはいません」
ライルがそう言うと、ロイドの片方の眉がピクリと上がった。
「なら、ガステル魔法構築論を頭に入れておけ。こちらが理解出来ていれば代用出来るし、項目も少なく簡潔にまとめられているものだから、覚えやすい」
「わかりました」
「それ、どこに載ってるの?」
エヴリンが急いで本の目次を探し、ライルもそれに続く。だがノーラは心の中で「違う」と呟いた。
(その本には載ってないわ。ガステル魔法構築論はそれではなく――……)
「それか、エゴーソ魔法理論の第四条でも構わない」
二人の動きを無視したロイドが、さらに追加情報を口にする。当然、二人はさらに困惑する様子を見せた。
「エゴーソ?」
「載ってないよぉ……」
急いでページを捲りながら嘆く子どもたちに、ノーラはまたもや心の中で「それも違う」と呟いた。
(エゴーソ魔法理論はまた別の本に載っているものよ。あああ、そんなにあちこちの本から話を持ってきたら、頭が混乱しちゃうじゃない)
何せ相手は、十歳と八歳の子どもだ。あれやこれやと単語だけ並べられてもついていくのは難しいのではないか――と思ったところで、ノーラはこの部屋に入る直前にウォルから早口で言われたことを思い出した。
(……なるほど。彼が言っていたのはこういうことだったんだわ)
教えるのがあまり上手ではないとか、講義が進むテンポがどうのとか言っていた。それは今のこの状況を指していたのだろう。
この人は、相手が誰であれ――例えまだ幼い子どもであっても、自分のペースで話を進めていってしまうのだ。自分と相手の知識量に差があることを、忘れ去ったまま。
ならせめてどこに何が載っているかだけでも教えてあげればいいのにと思ったが、そうもいかないようだった。
「ねえ叔父様。今言ってたやつ、どこにも載ってないわ。どこに書いてあるの?」
「全て頭の中に入っているから、どこに載ってるかまではいちいち覚えていない」
(うわぁ……)
バッサリ切った。引くほどに。
しかも手助けするでもなく、また手元の魔道具をいじり始めてしまう。それを見たエヴリンが怒ったように頬を膨らました。
(ああ……駄目。見てられない)
この状況に居ても立っても居られなくなったノーラは、ついにソファから立ち上がった。
「お二人とも、ガステル魔法構築論については一番上に積んである本の第三章、四項目を開いてください。それとエゴーソ魔法理論は『魔法論大全』の第二章、三項目に載っております」
思わず後方からそう言ってしまい、ロイドたちの視線がノーラへ集まる。
(あ、やばい。……口を出してしまった)
息を殺してひっそりと見学している予定だったのに。突然口を挟んでしまったことで注目を集めてしまい、ノーラは背に冷たい汗が流れるのを感じた。
「お前……」
「く、口を出してしまって申し訳ありません!」
ロイドの低い声にかぶせるように、ノーラは謝罪の言葉を放ってソファに埋もれる勢いで着席した。
(何やってるの私……!)
自己嫌悪に陥っていると、ライルの呟きが聞こえてきた。
「あ、あった。ガステル魔法構築論と、エゴーソ魔法理論」
「え? ……本当だわ!」
エヴリンの声も届く。少女は顔を輝かせてノーラの方を振り返り、「ありがとう!」と破顔した。
「すごいわ、どうしてわかったの?」
ノーラはクッションで顔を隠しつつ、口をモゴモゴと動かす。
「その本は、実家で何度も読んだことがあったので……」
覚えていたし記憶にも自信があったから、つい口出ししてしまったのである。しかしもうしないぞと反省する。
クッションの隙間からちらりと皆の方を見ると、ロイドがこちらを見ていた。
「……ほう」
(やばっ)
怒っているようには見えなかったが、まるで品定めでもするかのような鋭い視線を向けられ、もう一度クッションの後ろに隠れる。
「……まあいい。見つかったのなら先に進むぞ」
部外者の余計な横やりに対して、お咎めはなしとしてくれたようだ。安心してホッと息を吐く。
「お前たち、そのページを開きながら聞いていろ。四大元素の各魔力の特徴は――……」
講義が再開されたので、ノーラも口を固く結んで耳に神経を集中させる。
だが、ものの二分ほどで、再びライルたちの動きが止まる羽目になった。
「――そこでオフリーチェの法則を参考にする。それから……」
「え、待ってください、叔父上」
「おふりーちぇ? なぁに、それ」
子どもたちが困惑の声を上げるが、ロイドも首を傾げた。
「それくらい知っているだろう?」
「……知りません」
「それ、習ってないよね?」
「習ってなくても聞いたことくらいはあるだろう」
「ないんだけど……」
またもや両者の間で認識の相違が生じ、ノーラは嘆息した。
(普通に考えたら、オフリーチェの法則はまだ知らないはずよ。あれは、基礎をしっかり学んだ人が応用編として学ぶものだろうから……)
「えっと、それはどこに……」
一生懸命学ぶ姿勢を見せるライルが、高速でページを捲り出す。ノーラがハラハラしながら彼らの背中を見守っていると、エヴリンがちらりとこちらを振り向いた。
(え……、た、助けを求められている……⁉︎)
めいっぱい眉尻を下げたその表情は、明らかにノーラに助けを請うていた。
必死に該当箇所を探すライルと、今にも泣き出しそうな顔のエヴリン。二人を交互に見遣り、ノーラは再び口を開いた。
「……『中世の魔法全集』二巻の第六章、一項目に載っています」
「ありがとう!」
エヴリンの嬉しそうな声が響く。ライルも驚いてノーラを振り返り、言われた文献を手に取ってページを探し始めた。
「……おい」
ロイドの低い声がまた聞こえてきた。
「……申し訳ありません」
今度は最初からクッションで顔を隠しながら謝罪する。助けを求められたからとはいえ、いち見学者の分際で何度も口出ししてくる小娘には、さぞかしイラッとさせられたことだろう。
だが、予想していた文句は飛んでこなかった。
「お前、よくそんな細かいことまで覚えているな」
「……へ?」
声に刺々しさを感じず、拍子抜けしてクッションを離す。ロイドは不満そうにするどころか、感心したように顎に手を当ててノーラを見ていた。
(お……怒ってない?)
「あの……それは」
「俺はどの本に載っていたかぐらいは把握しているが、どの章のどの辺りに載っていたかまでなんて覚えていない。なのにお前はよくそんな詳細に覚えていたな」
エヴリンもうんうんと目を輝かせて頷いている。ライルも同意するように首を縦に動かした。
「あ……それは、先程も申し上げたように、実家で何度も読み込んでいましたから……」
魔法については本を読むことしか許されなかったから、同じものを繰り返し読み続けていたのだ。そのため、閲覧を許されていた実家の本はほぼ全て完璧に暗記してると言ってもいい。だからこそ、二人が探している項目もすぐに教えることが出来たのである。
「もしや、ここにある本の内容は大体頭に入っていたりするのか?」
ここ、と示されたのは、ライルとエヴリンのテーブルに積まれた教材の山だ。ざっと背表紙を見て、全部見覚えのあるものだとわかる。
「はい。どれも実家で何十回と読んできた本ですから、大体は頭に入っていると思います」
そう答えると、ロイドがパチンと指を鳴らした。同時に身体が宙に浮く。
「きゃあっ⁉︎」
浮遊感に襲われたのは一瞬で、すぐにドスンという音と共に着地した。と思ったら、先程まで数メートルは離れていたはずのロイドたちが目の前にいた。
(えっ⁉︎)
慌てて後ずさるが、ソファの柔らかい背もたれに阻まれる。どうやら、ライルとエヴリンのすぐ後ろへソファごと移動させられたようだった。
「今からそこで、こいつらの補助をしてくれ」
ロイドが事も無げに言い、ノーラは目を丸くした。
「え……、そう言われましても」
「本当⁉︎ それ、すっごく助かるわ!」
エヴリンが笑顔を弾けさせる。
「今の聞いててわかったでしょ? 叔父様ってば、わけのわかんない単語を言ってはどんどん話を進めちゃうのよ。もうあたし、どこに何が載ってるのか探すだけで精一杯で」
「悪かったな。だからお前たちの助けになってくれそうなやつを招いたんだろう」
「あ、あの……助けだなんてそんなことまでは」
極力近づかないようギリギリまで後ろに身体を引きながら、ノーラはなんとか逃げ出そうと試みる。しかしエヴリンの勢いは強まる一方だった。
「お願い! あたしもう頭がこんがらがるばかりで……、でもさっきみたいに助けてくれたら頑張れるわ!」
(うぅ……っ)
正直、こんな至近距離で他人と接する機会は避けたい。だが年下の幼い少女にそこまで請われ、断ることはノーラには出来なかった。
後方のハンナから「ノーラ様……」と気遣わしげな声が聞こえたが、ノーラは諦めて受け入れることにした。
「わ、わかりました……。お役に立てるかわかりませんが、先程のようなアドバイスをするだけでいいのなら」
「やったあ!」
「すみません。よろしくお願いします」
ライルからも頭を下げられ、もう引き下がることは出来なくなった。
「よし。なら再開するぞ。それじゃあ、お前――……」
そこまで言って、ロイドが止まった。その左手はノーラに向けられている。
(……ん?)
ロイドはノーラを見たまま、口を「あ」の形に開いていた。まるで、次に口にする言葉を探すように。
(え……、何⁉︎)
なぜかノーラを見て眉を顰めるロイドに、ノーラも同じ表情を返す。奇妙な沈黙を破ったのは、ロイドのとんでもない一言だった。
「……お前、名は何と言う?」
「………………はい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます