第12話 ロマンチックとは程遠い求婚⑤

「ふむ。顔色は問題なさそうだな」


 入ってきて早々、ロイドはノーラの顔を見て満足したように言った。


(えっ、もしかして、私の様子を見にきてくれたの?)


 彼の来訪の意図が分からず、とりあえず椅子を勧めたものの、緊張を滲ませながらノーラは頭を下げる。


「はい。ロイド様がくださった指輪のおかげです。その……私のためにわざわざ、貴重なお時間を割いて魔法を施してくださり、ありがとうございました」

「別に、あの程度の魔法をかけることくらい、造作もないことだ。大した労力は要していないし、気にすることじゃない」

「そ……うですか」


 普段のノーラが聞いたら、「あの程度なんて言っちゃう⁉︎」と少々モヤッとしただろう。魔法が全く扱えない自分からしたら、夢のまた夢みたいな奇跡の力なのに。

 けれど、今の発言を聞いてもノーラは不思議と嫌な気持ちにはならなかった。モヤモヤするどころか可笑しくなってしまったほどだ。それはひとえに、ロイドの実力がそれだけ人並み外れているとわかってしまったからだろう。ノーラに普通に魔法を行使出来るというのは、それくらいすごいことなのだ。


「今日一日、とても快適に過ごすことが出来ました。装着者の周囲の魔力を操作するなんて、そんなに画期的な魔法があるのですね」

「ああ。俺が考案した魔法システムだ」

「え!」


 さらりと言われた内容に、つい大きな声が出た。


「……ロイド様が考案されたのですか?」

「そうだ。それを物体に施し魔道具に変換する魔法については、国の正式な認可がまだ下りていないが、俺が考えたものに間違いがあるわけないから試しに起用してみた」


 え、そうなの……と思ったのと同時に、扉の向こうから「やっぱりそうだった!」と声が聞こえてきた。ノーラがビクッとして声のした方を見ると、扉の隙間からウォルが半分顔を出していた。どうやらずっとそこにいたらしい。


「今朝、ロイド様が書かれたメモの内容を聞いておかしいなと思っていたんです。魔力の流れを変えるシステム原理と魔道具への使用は、今はまだ国に認可の申請をしている最中じゃなかったかなと……!」

「認可するのに時間がかかっているあっちが悪いんだろう。不備がないことはわかってるんだから、いつ使い始めようと俺の勝手だ」

「自分で使うならまだしも、いきなり他人に使うのは思いとどまってほしかったですね……」

「実際に発動して問題なかったんだから、いいだろう?」


 なぁ? とノーラに同意が求められる。突然話を振られ、ノーラは緊張しながら答えた。


「えっ? あ、はいっ」

「ほら」


 入り口で顔だけ出している従者に、ロイドが堂々とした態度を見せる。二人のやり取りを見て、ノーラの中である感想が芽生え始めていた。


(何というか……やっぱりこの人、変よね)


 才能ある魔導士を尊敬する気持ちとは別で、改めてそう思う。普通、未認可の魔法を出会って二日目の人間に使ってみようと思うだろうか。いや、長年共に暮らした身内相手ですら思いとどまるのが普通なのではないか。


(……もしや私、実験体扱いされてる……?)


 ちょっとそんな気もしてきた。


(まあ、実験体と思われている分には大して気にならないけど……)


 むしろお役目をいただけて光栄だと思うくらいだ。ただ、害のない範囲内で実験体扱いされるのなら構わないのだが、自分は隠さなければならない体質を抱える身。一応気を付けておいた方がいいだろうと心に留めておく。


「……」


(……ん?)


 その時ふと、ロイドがじっと自分を見つめていることに気付いた。何かを探るような目を向けられている。


「あの……?」


 小さく声をかけると、彼はふいっと視線を逸らしてしまった。


「……さて。指輪に不具合がないことも確認出来たし、そろそろ戻るか」


 ロイドが腰を上げる。


(ああ、そういうこと。私の様子というより、指輪の様子を見にきてたのね)


 だから念入りに顔色を確認しようとでもしたのかもしれない。

 それならそうと、長居してもらっても困るだけなので見送ろうとノーラも立ち上がる。しかし、それを止めたのはウォルだった。


「まだ五分しか滞在していませんよ⁉︎」

「用件は済んだじゃないか」

「今日は最低でも三十分はいるというお話だったでしょう!」


(えぇっ、何それ)


 どうやら、今夜もウォルが何とかしてロイドをここへ連れてきたようだ。やはり、妻となるノーラのことを気遣ってくれていたのだろう。


(いや、でもあと二十五分も話すことなんてないし……)


 お帰りいただいた方がいいだろう。ロイドだって、帰りたくてしょうがないはずだから。

 だがノーラの予想に反して、ロイドは苦い顔をしながらもう一度椅子へ腰を下ろした。


(嘘でしょ!)


 どれだけ強く言い含められてきたのだろう。もしかしたら、ウォルだけでなくアンガスとマリエッタも口添えしたのかもしれない。


「あ、あの……お忙しいでしょうし、私のことは気になさらず……」


 頼むから帰ってくださいという気持ちを込めて言ってみるが、ロイドは諦念するように息を吐いた。


「ここで帰ると小言が三倍になって喧しいんだ」

「あ……そうなのですか」


 失敗だ。それならばと、ウォルの近くで控えているハンナに助けを求める。けれど、迷う素振りを見せたものの、ハンナは動いてくれなかった。


(えぇぇ、このままなの⁉︎)


 どう考えても話題なんて思いつかないのだが、ここからどうしろと言うのだろう。夫婦としてまともに会話する機会なんてそうそう訪れないと思っていたから、提供出来る話題の準備も出来ていない。

 うーんうーんと思案していると、ノーラの脇に積まれている本の山にロイドが気付いた。


「変わった本を選んでいるな」


 変わった、なんてあなたに言われたくないんですけど……と言いたくなるのを堪え、「趣味なんです」と答える。


「昔から、魔法に関する文献を読むのが好きでして。色々読み進めていくうちに、真面目に基本的なことが書かれている本だけでなく、独特の視点で書かれた本にも興味を持つようになったのです」


 ふぅん、とロイドが珍しく興味を持ったように表情を変えた。


「この『魔法史の編纂の歴史』なんて、読んで面白かったか? 今となっては年寄りの研究者しか読まないような本だぞ」

「あ、これはどうしても読みたかった本なのです。実家には第二版しかなかったのですが、こちらの屋敷には、今や手に入れることは不可能だと言われる初版が所蔵されている、と伺ったものですから」


 少しばかり熱を込めて語ると、ロイドがピクリと眉を上げた。悪い方の反応ではなく、良い方の反応に見えた。


「初版も第二版も、内容は大して変わらなかったと記憶しているが」

「まあ、やはりロイド様はどちらも目を通してらっしゃったのですね。確かに大きな変更はありませんでしたが、説明文の言い回しが微妙に違うところが数ヶ所あったので、それだけでも読んでいて面白かったなと」

「確かに、そういう発見は面白い」

「ですよね!」


 まさか、同調してもらえるとは。初めてロイドとまともな会話が出来たことに驚く。

 だが、驚いたのはノーラだけではなかったようだ。


「会話が成立している……」


 まだ扉に半分隠れたままのウォルが、小さく呟いたのが聞こえた。そこでノーラはハッとした。


(しまった。なんで会話を弾ませようとしちゃってるのよ。早く帰ってもらわないといけないのに!)


「ええっと、それではそろそろ……」


 しかし、話を切り上げようとしたノーラの声は、ついに扉から飛び出して全身を見せたウォルの声にかき消された。


「もしやノーラ様は、魔法に関する様々なことに強いご興味をお持ちなのでは⁉︎」

「え?」

「今の会話のやり取りからして、そう感じたのですが」


 ロイドが「いきなり何を言ってるんだこいつ」と言いたげな目で見ているのを無視し、ウォルは続ける。


「ロイド様ほどとは言わずとも、魔法への知識に長けているのかなと!」

「そ、そうですね……。ロイド様には到底敵いませんが、魔法関連の本を読むのは好きなので……」


 なんだか妙な空気になってきたぞ、と思いながら答えると、ウォルがにっこりと笑った。


「……たった今、私は良いことを思いつきました! 明日から、ロイド様の魔法講義にノーラ様も参加していただくのはどうでしょう?」

「えっ⁉︎」

「はあ?」


 ノーラとロイドの声が重なった。青ざめるノーラとは対照的に、ロイドは従者をさらにジト目で見ている。


「こ、講義って……」

「あ、ノーラ様にはお話ししていませんでしたね。現在こちらの屋敷には、ロイド様の姉君のお子様たちが滞在しているのです。ロイド様に魔法を教えてもらうという名目で」

「俺はもう辞めたいんだが」

「はいはい、姉君たってのご依頼なのですから、そう言わずに。……それでですね、その講義では魔法基礎学を中心にしつつ、たまにロイド様の豊富な知識の中からマニアックなネタの披露がされたりもしているので、ノーラ様にもご興味を持っていただけるのではないかと。あ、もちろん参加と言っても、話に耳を傾けているだけで構いませんので」


(……)


 マニアックなネタという単語に、ちょっと惹かれてしまった。自分は絶対にロイドほどの魔法オタクではないと断言出来るが、長年読書漬けの生活を送っていたせいで、僅かでも魔法知識を得るのが楽しいと感じてしまう好奇心が、身体に染みついてしまっているのである。


(き、気になる……っ)


 けれどそれは、危険な行為だ。出来る限りロイドや公爵家の人とは関わらないで生きていくべきなのに、自ら関わりにいくのはいかがなものか。


(いや、やっぱりやめた方がいいわよね……)


 危ない橋を渡る機会は、少しでも減らした方がいい。ノーラはそう判断したが、それまで黙っていたハンナが予想外に割り込んできた。


「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「お話ししてある通り、ノーラ様はお身体が丈夫ではありません。ですので十分に休める環境の準備と、講義中も皆様と一定の距離を保っていただく、というお約束はしていただけるのでしょうか」


(待ってハンナ、どうして参加する前提の話をしてるの⁉︎)


 ノーラが心の中で呼びかけるが、もちろん届くわけはない。


「もちろん、その点は十分配慮いたします! ノーラ様が少しでもロイド様と楽しい時間を過ごせるよう、我々一同、誠心誠意努めさせていただきます!」


 自信満々なウォルを見て、やはり目的はそこにあるのかと肩を落とす。


(私とロイド様の仲を取り持とうとしてくれているわけね……)


〝我々一同〟の中に入っているであろう、家令と家政婦長の顔を思い浮かべ、それが善意だとわかるゆえに反論が出来なくなる。


(でもここは、ロイド様が反対してくれるはず――……)


 だが、最後の頼みの綱である講義主催者は、ノーラが読み漁った本の山を見てから、全く嬉しくない言葉を吐いた。


「……まあ、静かに座っているだけなら構わない」


(えぇぇぇぇ……)


 まさかの後押しで、ノーラの参加が決定してしまったのだった。




「ふふふ。ノーラ様もある種の魔法オタクのようで安心いたしました」

「知識に関してだけですが、否定はいたしません」


 ウォルとハンナがそんな会話を交わしていたことは、明日からの心配でいっぱいのノーラの耳には届かなかった。



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