第11話 ロマンチックとは程遠い求婚④


***


「ノーラ様、そろそろお休みになりませんと」

「あ、もうそんな時間だったのね」


 ハンナに声をかけられ、ノーラは読書をしていた手を止めた。夢中で読み耽っている間に、日が落ちてからだいぶ経っていたらしい。


「時間を忘れて読み込んじゃってたわ。……本当に一日中具合が悪くならなかったもんだから」

「指輪の効果は、そんなにも強力なのですね」


 ハンナが興味深く覗き込んでくる。ランプの灯りにキラリと光る指輪は、今日一日ノーラに快適な暮らしを与えてくれた。指輪をはめて以降、魔力のせいで具合が悪くなることが一度もなかったのだ。


「やっぱり不思議よね。ロイド様の魔法はどうして、私に対してきちんと魔法が発動するのかしら」


 指輪をはめた瞬間は、昨夜ロイドに魔法をかけられた時と同じで視界が歪む感覚はあった。けれどそれは一瞬のことで、その後は昨日と同じく魔法が無効化されることもなく、ノーラの体調改善に効果を発揮してくれたのだ。


「やはり、それが天才魔導士と呼ばれるロイド様のお力、ということなのでしょうか」

「でしょうね。一度ならず二度までもとなると、もう偶然の奇跡だとは思えないもの」


 そう言いながら指輪に触れ、朝から考えていたことをぽつりぽつりと話し出す。


「もう一つ、ロイド様のすごいところに気付いたの」


 ダイヤモンドをそっと撫でる。


「この指輪に触れる前、私はこれが魔法を施された物――魔道具だとわからなかったのよ。いつもなら魔力を察知して身体が警戒するのに、そうならなかった。……つまり、彼は私が魔力に敏感な体質だと聞いていたから、魔力を極力表面に出さず閉じ込めておくような、そんな仕掛けもしてくれたんじゃないかと思うのよね」

「魔力を閉じ込める……、そんなことが可能なのでしょうか?」

「可能みたいよ。さっき読んだ文献に、そういった魔道具を作る技術が存在すると書いてあったから」


 寝台横の台に積まれた本の山を指す。今日一日、ノーラが夢中で読み込んでいた文献たちだ。病み上がりで起き上がれないノーラを気遣ったマリエッタが、屋敷の書庫から持ってきてくれたのである。


(気遣うというか……どちらかというと、私が望む物を少しでも差し出したい、という雰囲気が強かったけど)


 婚姻申請書と指輪の件で、怒るどころか感謝をし出したノーラを見て、ウォルたちは非常に戸惑い慌てているように見えた。それで、「何か今、必要な物はございませんか」と何度も尋ねられたのである。

 ノーラとしてはこれ以上望むことなどなかったのだが、彼らがあまりにも必死に質問してくるから、「ならば本を読みたいです」と答え、希望の文献を持ってきてもらったのだ。


「もう全て読まれたのですか?」

「うん。面白かったから」


 ノーラは読書が大好きだ。キッカケは、幼い頃から外に出ることを制限されていたため、自室で本を読むくらいしか出来なかったから――というところにあるが、いつの間にかそれが立派な趣味になっていたのだ。


「さすがはアルディオン家ね、実家にはなかったマニアックな文献もたくさんあるの。しばらくは部屋の中にいても楽しい時間を過ごせそうよ」

「『魔法文明の裏歴史』、『魔導力学と郵便屋の出会い』、『パンが導く魔法理論』……。確かにマニアックな題名ですね」


 ハンナが数冊の背表紙を読み上げ、微笑む。


「仰る通り、ノーラ様がお好きそうです」

「ふふふ。魔法の基本指南書も面白いけど、読み飽きてしまうとちょっと変わったテイストのものが読みたくなってくるのよね」


 基本指南の類の本は、実家で飽きるほど読み尽くしてしまった。何度も何度も読んだせいで、どの本のどの章にどんな内容が書いてあるかぐらいは簡単に言えてしまうほどなのだ。だからたまには、違う毛色の本を読みたくもなるのである。


(基本指南書か……。どれだけ読んで知識にしたって、無駄でしかなかったのにね)


 過去に読んだ本を思い返し、苦笑する。

 悪足掻きだとわかっていた。自分には才能がないのだから、いくら机の上で勉強したって、実践出来ないことには何の意味もないのだと。だけど、知識を得ようとするのをやめられなかったのである。


「そうそう、アンガスさんから書庫の文献リストを貸してもらったの。気になる本があったら、いくらでも読ませてくれるんですって」

「まあ、それはようございました」

「嬉しいんだけど、皆さん私に親切すぎて、申し訳なくなってくるのよ……」

「……ノーラ様が謙虚すぎるだけだと思います」

「やだ、そんなことないわよ」


 異質な自分が家を放り出されることなく、こうして良い暮らしをさせてもらえているだけでとてつもなく恵まれているのだから。ミディレイ家の人たちには少々アレな扱いをされてきたけれど、なんだかんだで嫁入り先まで用意してくれたのだから、恨むより感謝の気持ちの方が大きい。


「……そんなこと、あると思います」


 ハンナがそう呟いた時、廊下からカツカツと早歩きで床を蹴る音と、やや言い争っているふうな人の話し声が聞こえてきた。それはノーラの部屋の前で止まり、静かになる。

 こんな時間に何かあったのだろうか、とハンナが確認をしに行く。

 戻ってきた侍女は、今朝ウォルたちの来訪を告げた時よりも戸惑いの表情をしていた。


「ハンナ、どうしたの?」

「それが……。ロイド様がお越しになっています」

「え⁉︎」


 驚き、寝台から転げ落ちそうになった。なんとかバランスを保って体勢を立て直す。


「ロイド様が……⁉︎ どうして?」

「わかりません。ただ、ノーラ様に会わせろと……」

「えぇぇぇ……」


 一体何だと言うのだろう。今度こそ何かやらかしてしまったのだろうか。

 頭の中を不安と疑問がグルグル回っているが、ここで追い返すわけにはいかない。ノーラは部屋へ案内するようにハンナに伝えた。



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