第10話 ロマンチックとは程遠い求婚③
「ど、どうしてそれがそこに⁉︎」
(あら、これは)
「……指輪ね」
大粒のダイヤモンドが嵌め込まれた、美しい指輪だった。
(このダイヤモンドの大きさ、多分……)
「なぜそんな無造作に結婚指輪を〜〜〜〜⁉︎」
もしやと予想した答えを、ウォルが叫びながら教えてくれた。
「ノーラ様、それは一度こちらでお預かりします」
ついにアンガスまで割り込んできた。一応ノーラとの距離は保ってくれているが、今にもノーラの手から指輪を奪っていきそうな勢いに、ビクッと後ずさる。
「え、でも……」
「それは然るべきタイミングで、旦那様より直接ノーラ様へお渡しいただく物でございます。一旦お預かりし、旦那様へお返しいたします」
婚姻申請書まではなんとか我慢出来ても、さすがに結婚指輪のこの扱いは見過ごせなかったようだ。だがノーラは、今聞こえた単語にヒヤリとして震えた。
(直接……? ロイド様が私の指に直接指輪をはめるってこと? ……いや、それ絶対駄目なやつ!)
確実に手が触れ合ってしまうではないか。そうしたらノーラの問題体質だってバレてしまうに違いない。
「い、いえ、せっかく届けていただいたのですからこのままいただきます!」
アンガスが伸ばしてきた手を避けるように、ノーラは仰け反って手を動かした。
左手の薬指に、自分で勢いよく指輪をはめる。
「わーっ!」と慌てふためくウォルの声に重なって、その時身体に衝撃が走った。
「……っ‼︎」
視界が歪む。大きくぐらりと身体が傾ぎ、目眩が起こる。
――が、それは一瞬のことで、すぐに視界の歪みと眩暈は去り、今度は眩い光に包まれた。
「……⁉︎」
白い光がノーラを中心に部屋中へと広がっていく。あまりの眩しさに、思わず目を閉じてしまう。
(何……っ⁉︎)
数秒の後、瞼の裏のチカチカした感じがなくなったのを確認し、ノーラはそっと目を開けた。
(な、何が起こったの……?)
同じように光の眩しさに目をやられたのか、ハンナやウォルたちが目を押さえていた。謎の発光が収まり、部屋にいた者たちが無言で顔を見合わせる。
「その指輪……」
ウォルがぼそっと呟き、ノーラも自分の左手を見る。今の光は、明らかにこの指輪が原因だろうとわかっていた。
(もしかして何かの魔法が……、あれ?)
見覚えのある光、それは昨日見たものではなかったか――と考えると同時に、あの時のような感覚が走っていることに気付く。
(また、不快感が……消えた)
朝起きた瞬間から戻ってきていた例えようのない苦しさが、綺麗さっぱりなくなっているのだ。昨日と同じように。
(つまり、この指輪には……)
ふと小箱の中を見ると、もう一枚紙が入っていた。婚姻申請書に比べると小さくて、くしゃくしゃになった一枚の紙切れが。
急いで書き綴られたメモのようなそれを、ノーラは静かに読み上げる。
「〝装着者周辺の魔力の流れを操作する効果〟……、〝着けている間は自動的に周囲の魔力が薄れるから、常時着けていることを推奨する〟」
それを聞き、ウォルが「あぁぁ……」と頭を抱えた。
「ロイド様……、結婚指輪に魔法の仕掛けとは、何てことを……」
倒れそうになっているウォルを、アンガスとマリエッタが支える。ノーラは左手に収まる指輪をまじまじと眺めた。
(私のために、指輪に魔法をかけてくれたの……?)
正直、驚いた。大切な結婚指輪に魔法の仕掛けを施された、なんていう怒りではない。ロイドがノーラのためにそうしてくれたことが信じられず――嬉しかったのだ。
(私の……ために……)
その時、ノーラは思い出した。先程ウォルが、昨夜ロイドの仕事が急遽増えたと話していたことを。その仕事とは、この指輪に魔法を施すことだったのではないだろうか。ノーラと初対面を終えた後、朝になり一時的な魔法が解けた後のノーラを案じ、急いで対処してくれたのだとしたら。
「……優しいお方ですね」
胸の中を占める言葉が、口からこぼれ出た。皆の視線がノーラに集まる。
「ノ、ノーラ様?」
「だって、私のために指輪に魔法を施してくださったのでしょう? こんなにも親切にしていただけるなんて思ってもいませんでした。とても感激しております」
「親切……、感激?」
公爵家の使用人たちが目を見開いて硬直している。恐らくまたしても、ノーラが彼らの想像する反応をしなかったのだろう。だがノーラはそんなことは気にならなかった。
今はただ、誰かが自分のために何かをしてくれたのが嬉しくて仕方なかったのだ。
(ロイド様からしたら、ただの気まぐれなのかもしれない。その天才の頭脳を使って、国のためになることをこれまでにたくさんしてきた方だもの。具合の悪そうな人間がいたから、ご自身で出来る範囲で手を貸してくれただけなのかも。でも、それでも嬉しい)
指輪をはめた左手を右手でそおっと包み込み、喜びを噛み締める。
「ノーラ様、ここも怒っていいところです……」と力なく発したウォルの声は、耳に入ってこなかった。
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