第7話 曰く付き者同士の結婚⑦ 《ロイド視点》
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「ロイド様、今のは駄目です、ひどいです!」
早歩きで研究室へ戻る道すがら、従者のウォルが後ろから小言を言ってきた。
「何がひどいんだ。普通だったろう」
「ロイド様にとっては通常運転の会話だったかもしれませんが、あの方がどなたなのかわかってらっしゃいますか⁉︎」
外へ出てから、じきに八分経ってしまう。一秒でも早く研究室に戻るために、ロイドは足を止めずに後方へ言葉を投げる。
「ミディレイ家から来た俺の結婚相手だろう。それくらい知っている」
生前の父による遺言とやらで決まってしまった、厄介な結婚。弟が帰国するまでの一時的な当主の座なのだから放っておいてくれと跳ねつけたのに、うるさい親戚たちにせっつかれてしまった面倒な結婚だ。先程の娘がその相手なのだということは把握している。
「知っていてくれないと困ります。……って、私が言いたいのはそんな当たり前のことではなく」
早足で廊下を進むロイドを追うのに慣れているウォルは、息切れすることもなく小言を言い続ける。
「奥方様になる方へ対して、あの態度はあんまりです」
「俺に他人への気遣いを期待するな」
バッサリと言い捨てると、ウォルが「ああもう……」と情けない声を出した。
「わかってますよ。わかってますけど、さすがに奥方様に対してはもうちょっとまともな態度を取ってくださるかと……」
「そういったものは求めていないから気にするなと、ミディレイ侯爵だって申し出ていたじゃないか」
最初に聞いた時は、さすがのロイドも実の娘に対してあっさりした父親だな、とは思った。だがロイドとしてはその方が楽だし都合が良かったので、深く考えずに「あちらがそう言ってるんだから、妻となる者に特別な気遣いは不要なのだろう」と判断したのだ。
「あちらも家同士の繋がりのための結婚だと割り切っているはずだろう?」
「それは……そうだと思いますが」
アルディオン公爵家は、イデルタ王国にとって非情に重要な存在だ。ロイド個人もたいへん重用されているが、アルディオンの名もそれだけ大きい。
対してミディレイ侯爵家も、魔導士の名門として有名な家門だ。この両家を繋ぐ縁は互いに悪いものではなく、いわゆる政略結婚的な意味合いが強い話なのだから、あちらだってロイドに多くのものを求めてはいないはずなのだ。
「そもそもそういう話だから俺も仕方なく受けたんだ」
結婚なんて、夫婦なんて面倒なのに。仕事と研究だけをしていたいのに、妻の存在なんて煩わしいものでしかないというのが本音だ。だが、その妻に対して何もしなくていいというのが、この縁談の良い点だったのだ。だから渋々頷いて、今に至る。
「そうですが、もっとこう……、あるじゃないですか!」
「わからん」
一言で切り捨てれば、ウォルがまた嘆く。それにしても、なぜここまで文句を言われなくてはならないのか、と少し不満な気持ちが芽生え始めた。
ようやく着いた研究室の扉を開け、砂時計の時間がちょうど八分経ったことを示したのを確認し、魔道具をあれこれと手で動かしながら口も動かす。
「これでも俺としては、最大限に気にかけたつもりだが」
実験中の手を止めて、倒れたという彼女の見舞いへ行ったのだ。本当は一秒たりともこの場を離れず魔道具の様子を自分の目で確認していたかったのに、わざわざ彼女が休んでいるという部屋へ出向いたのだ。実験の様子は映写機型の魔道具で撮影していたとはいえ、それでもロイドがこの場を離れたのは、かなり〝彼女を気にかけた〟ことになるのだが。
「それは……。まあ、そうですね。やり方はアレでしたが、回復魔法まで使われたのは驚きました」
「そうだろう?」
子どもの頃から病弱で、ずっと屋敷の中で生活してきた令嬢だとは聞いていた。実際に目にしたら思っていた以上に顔色が悪かったので、さすがに気になったのだ。
(いや、顔色だけではない。もっと他にも――……)
ふと、手を止める。主人のその動きに気付くことなく、ウォルは話を続ける。
「ロイド様の魔法を受けて、少し具合が良くなられたようでそこは安心しました」
「……」
「ロイド様?」
ウォルの声に、「ああ」と曖昧に頷く。あの時のことを思い返し、何かがロイドの中で引っかかったのだ。
(魔法を取り込んだ瞬間、歪みのようなものが見えた気がしたな)
ほんの一瞬のことだったため目で追えなかったのだが、あれは一体何だったのだろう。魔法をかけた対象にそのような現象が起こったことは、今までになかった。
(何かに邪魔をされたような……、いや、しかし結局魔法は取り込まれたのだから、気にするほどのことではないか)
見間違いだった可能性もある。だが、些細なことすら拾い上げて調査するのが癖になっているロイドとしては、簡単に見なかったことには出来なかった。
――その十秒後には、実験を再開させた魔道具のことで頭がいっぱいになっていたのだが。
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