第3話:光

 突然のカミングアウトを受けて、正直驚いた。だけど、奏真さんに対する私の評価は、少しも揺るがなかった。あまりにも、当然のことの様に受け止めすぎただろうか? もっと反応すべきだったろうか? 今となっては、良く分からない。ただ、彼はとある提案を持ち掛けて来た。それは、私にとっても都合の良い物で、喜んで受け入れた。


 後悔はしていない。だけど、私はもっと先の先の事まで考えるべきだった。人間の感情に、絶対という保証はないのだから。



 貴方が「光」と言った私の無頓着さに、彼は殺されたのだ。



 奏真さんの話を聞いた翌日、私は楽屋に呼び出された。恐らく口止めだろうと思った。誰にも話す気はなかったので、それほど身構えてはいなかった。


 彼はマネージャーも追い出し、二人きりで会話する事を望んだ。


「昨日は、突然ごめんね。驚いたでしょう?」


 彼は気さくに話し掛けてくれた。


「正直に教えて欲しい。どう思った?」


「驚きました。それだけです。意外だと思っただけです。ちょっと自分の認識を改める必要がありました」


「多分、それは、テレビで活躍しているトランスジェンダーの影響じゃないかな?」


「実は、あまりテレビを観ないんです。だからSNSでコミュニティを検索しました。勿論コメントはしていませんよ!」


 慌てて付け加え、言葉を探した。


「知る事が出来て良かったです。色々なパターンがある様ですね。体は男性、心は女性で、男性をパートナーに選ぶ方とか、心身ともに男性で、男性をパートナーに選ぶ方とか」


「そうだね。私は心も体も男だよ。⋯⋯提案があるんだ」


 奏真さんは、かなり言いにくそうに口を開いた。


「私をパートナーにしてくれないかな?」


「はい?」


 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。流石に理解が追いつかなかった。


「ええっと⋯⋯でも、貴方は⋯⋯」


「これは隠さないといけない事なんだ」


 彼は苦しそうに、シャツの胸の辺りを掴んでいた。


「私のファンは、ほとんどが女性だ。隠すためには、生涯結婚出来ないだろう」


「今は理解のある方も増えています」


「私が理解される事によって、傷付く人がいるんだ」


 奏真さんは、悲し気に笑った。


「バラエティー番組で活躍している、ゲイの人たちくらいは知っているでしょう? 彼らは、自分の特性を、面白いコンテンツとして切り売りしている。ゲイである事をネタにして、笑いを取って、それで食べている。同じ事をアメリカでやったら、テレビ局が叩かれるだろう。でも、日本では許されてしまっているんだ。私を笑わないでくれと、世間に訴えかける事で、妙な空気を作り出してしまう。彼らの仕事を潰してしまうかも知れない」


「ですが、何故私をパートナーに?」


「貴女は、私を異性と認識していない。だから、特有の生理的な嫌悪感を抱かなかった。私は、恋愛的な意味で好きな人と結婚出来ないかもしれないが、少なくとも私を理解してくれる人と一緒にいたい。それで、世間を欺ける。それに、貴女も家庭を持ってみたいんじゃないかと思った。普通に。せめて形だけでも。⋯⋯貴女にとって、屈辱的な提案だと理解している。だから、断ってくれても構わない」


 形だけでも。形からでも、理解する事は出来るのではないか? 私にとって、好奇心をくすぐられる、魅力的な提案だった。


 勿論、懸念もあった。


「私が、人を愛せる様になったら、どうするつもりですか?」


「その時は、私がカミングアウトすれば良い。貴女は一切のヘイトを集める事なく、離婚出来る。そういう覚悟の上で、提案したんだ」


「私が、貴方を好きになったら? 私は今も、貴方を尊敬しています。秘密を共有して⋯⋯厚かましいですが、友人の様な距離に近付けたと感じています」


「私は一生演じる。貴方の家族を」


 奏真さんは、真剣だった。漫画や舞台の様な、馬鹿げた提案だったが。そんな提案をする程、彼が追い詰められていた事に、私は気付けなかった。


「では、一緒に写真を撮りましょう!」


「はい?」


 奏真さんは混乱している様子だった。私はSNSのアカウントを見せた。


「最近の新人声優や、舞台俳優は、こうやって共演者と写真を撮って公開する事が多いんです。まずは、接点があった事を示して、それから、計画的にお付き合いしましょう!」


「こんなふざけた話を間に受けるの?」


「冗談だったんですか?」


「真面目に話したよ」


「共演者⋯⋯というか、大先輩が、くだらない理由で傷付いている事は、見過ごせません。偽装結婚で人生がより良くなるのなら、私はその提案を受け入れます。そのくらい、私は恋愛に無頓着なんです。それでも良いですか?」


「⋯⋯ありがとう」


 奏真さんは、顔を伏せて声を絞り出した。


「くだらないと言ってくれて⋯⋯。当たり前の様に、取るに足りない事の様に言って貰える事が、どれだけ救いになるか⋯⋯。貴女の事を大切にすると誓うよ。まるで、光みたいな⋯⋯」


「写真、撮りますよ!」


 私は敢えて明るく振る舞い、インカメラにしてシャッターボタンを押した。


 公開する文書は、深読みしようのない、軽い物を。



 ハムレット、観に来てね!

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