第11話 ニニス様人気獲得計画-1

 決闘の日の後からニニスに対するバッシングはさらに高まっていった。新聞が主導してニニスへの批判を行い、国民がそれに呑まれる形で影響された。


【ニニスライト、魔族の力を解放】


 という見出しから始まった新聞は、誇張したニニスの行動が書き連ねられ、そして戦慄した多数の貴族たちの声が続く。ダキアの失踪についても『ニニスが関与しているのでは』『魔族の力でニニスがダキアを消したのでは』などと記されていた。


「関与はしてるんだけどね」


 自室で件の新聞を読みながらニニスは苦笑いをした。あらかた目を通した新聞を畳んで机に置き、彼女は窓の外を眺める。

 こうした情報を誰が流しているのかは予想がついていた。ハーティとどこかの新聞社が繋がっているんだろうとなんとなく察し始めていた。ニニスは脳内にハーティの顔を思い浮かべ、ハーティがダキアにした行いについても考える。

 そしてまた独り言を呟いた。


「救ってあげたいなぁ……」


 するとその時、ノックの後にニニスの部屋の扉が開かれた。

 入ってきたのはクラリスだ。


「ニニス様。散歩のお時間です」

「あ、分かった。今から行けるよ」

「いえ。出かける前に少しお時間を頂きます」

「そうなの? どうして?」


 ニニスは椅子から立ち上がってクラリスに近づいた。

 純真かつ信頼している瞳で見つめるニニスにクラリスは思う。


(あの日から三日。ニニス様はあまりにも自身の評価に無頓着だ。かといって批判が鳴り止む気配もない。このままでは心配だ。私がなんとかしなければ……)


「ファッションデザイナーとメイクアップアーティストを手配しておりますので、これからおめかしをして頂きます」

「え?」


 キョトンとするニニスに、クラリスは真顔ながら優しく言った。


「私に任せておけば大丈夫ですから」


 ――――――


 着替えは一時間半かかった。

 ニニスの前でクラリスとデザイナーの男性とメイクの女性がパチパチと拍手をする。


「いいよ! うん! どこに出しても恥ずかしくないお姫様だ!」

「あ、ありがとうございます。あはは……」と照れくさそうに笑うニニス。

「あらぁ〜、笑うともっと可愛くなるわね」

「ニニス様。こちら鏡です」


 クラリスが持ってきた鏡でニニスは改めて自身の姿を見る。

 黒を基調としたゴシックなドレスに白いリボンが所々に可愛らしく飾られ、そして顔のメイクや整えられた黒髪は清潔感と神聖さを感じられた。さらに胸元にいくつか縫い付けられた青い宝石は、黒々とした柄の中に煌びやかに輝き、ニニスの深い慈愛を表現している。

 そして額から髪にかけての髪飾りや、かかとより少し上の丈のスカートは、聖女たる優雅さを醸し出すようにデザインされている。

 上品な人形のような可愛さの聖女様が誕生した。


「いかがでしょうか」とクラリスは聞く。

「素晴らしいとは思うんだけど……散歩の度にこうするの?」

「ええ。聖女様は国民の精神的支柱としての側面もございます。ニニス様の華麗な装いは、きっと国民に安心感を与えることとなりましょう」

「……そっか」


 とニニスは苦笑いしながらもクラリスに任せた。


 ――――――


 街を歩いているニニスに、住人は目を奪われた。

 すれ違う人は男女問わずニニスの美しさの虜となり、窓から姿を伺うために身を乗り出す者も現れた。ニニスが彼らに微笑んで手を振ると、彼らはとろけた顔で手を振り返す。

 そうする人の中には、我に返ったのかハッとしてニニスに侮蔑的な視線を向けながら離れる者もいた。クラリスはこのことにあまり快く思わなかったが、しかし手応えを感じていた。


「あ、あの、ニニス様ですよね?」と若い男性が緊張しながら話しかけた。

「はい。こんにちは」ニニスは手を振りながら笑顔を向ける。

「こ、こんにちはです!」


 そうした住民とのやり取りを横目に見て、クラリスは(成果はある。このままやり続ければニニス様の人気は徐々に高まっていくだろう)と冷静に考えた。


 ――――――


 挨拶をしながらしばらく歩いているうちにニニスは疲れてきたようだ。しかし笑顔は崩さない。気丈に住民たちに笑顔を向けた。

 そこにクラリスが小声で話しかける。


「ニニス様。お疲れですか?」

「ううん。全然大丈夫だよ」

「左様でございますか。ですが今日は早く切り上げた方がよろしいかと」


 ニニスの無理を察したクラリスが申し出る。ニニスは「うん。分かった」と素直に従った。いつものルートとは違う曲がり角を通って、そこから城へ帰れるルートをクラリスは案内する。

 するとその時、焦りながら訴えかける声が街中の通りに響いた。


「きゃーーーっ! 助けて! ひったくりよ!」


 響いたといってもニニスの居る位置から聞こえるわけが無い距離の声だったが、ニニスの耳は反射的に捉えてみせた。

 立ち止まって声のした一点を見つめるニニス。その視線の先は建物で遮られていたため、不思議がったクラリスが聞いた。


「どうされましたか?」

「……ちょっと行ってくる」


 ニニスは自分の足元に魔法陣を浮かべた。

 そして自身に速度の加護をかけ、全てが静止して見える世界に足を踏み入れた。


 ――――――


 ニニスは人を避けながらタタタと小走りで声の主の元に辿り着いた。

 そこでは転倒しながら叫ぶ中年のマダムと、マダムのものらしいカバンを抱えて路地へと続く狭い道に走ろうとする若い男性が見えた。


「ダメだよ、もう。そんなことしちゃ」


 とニニスは男性の腕を掴もうとするが、ここであることに気がついた。

 胸元に縫い付けていた青い宝石がひとつしかない。

 嫌な予感がして額を触れば、そこにあったはずの髪飾りが無かった。


「えぇっ!? まさか……!」


 後ろを向くと案の定、風圧に耐えきれずに散らばった宝石類が空中で留まっていた。本来は留まっていたわけではなく今まさに落ちる瞬間であったが、ニニスには止まって見えている。


「どうしよう……。えーっとそうだ、これで……!」


 とニニスはドレスに巻かれていた白いリボンをひとつほどいて袋の代わりにしようと決めた。

「大丈夫だよね。うん……。仕方ない事故だし、クラリスさんもきっと分かってくれる!」と少し不安げに独り言を呟いた。

 そこから停止している人混みの合間を縫って、一歩ずつ歩いて宝石を回収していく。いくら目にも止まらぬ速さで歩けたとしても、速くなった本人からしたら一歩は変わらず一歩なのだ。一つずつ自分の手で集めるしかない。

 来た道を戻って宝石を集めながら、ニニスは疲れのため息を漏らす。


「ふう……。それにしても、シャーザ様。お高い宝石をお高い布で集めるって、私は今何をしているのでしょうか。せっかくのドレスをこうしちゃうのは私だけな気がするなぁ。あはははは」


 自虐的に笑った後にニニスは空を見上げる。するとそこにシャーザ様が笑っている姿が写ったような気がした。その姿はあくまでシャーザの絵ではあったが、ニニスは「よし!」と元気を出せるようになった。


「人を救うのは難しいことであると、あなた様の教えにはその理念が感じられます。しかしそれでも地道にやるしかない、という想いもよく伝わります。私はそこが好きです……。これも試練ですよね、シャーザ様!」



 ――――――



「……ちょっと行ってくる」とニニスが告げた瞬間、少しの風圧だけを残して彼女は消えた。声が聞こえなかったクラリスは目を丸くする。


「ニニス様!? ど、どちらに!」


 クラリスは発生した風の流れと騒ぎになっているところに沿って通りに走っていった。

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