第10話 決闘ですか!?-5

「ニニス様!? どうしてここに?」


 目を見開くダキアにニニスは笑いかける。


「ハーティ様がこちらに向かうのを目撃しまして、どうされたのかなと。ハーティ様のことを色々知りたくて着いてきたんです。彼女とも仲良くしたいですから」

「そうでしたか……」

「どういう関係なんですか?」


 ダキアは口を閉じて俯く。ニニスは気を遣って言った。


「話せないなら良いのですよ。口止めされたようですし」

「……いえ、話させてください」


 と告げてダキアは続ける。声は震えていたのがはっきりと分かった。

 ダキアが語った内容は主に、ハーティから話しかけられ徐々に親密になっていったことと、ダキアが好意を抱いたことと、ニニスがハーティをいじめていると言われ犯行に至った経緯だ。


「───でも、ハーティ様は……ただ僕を利用したくて接してきたんだと、ようやく分かりました。僕はずっと……騙されていた……」

「そうでしたか」とニニスは曖昧に優しく微笑む。

「僕は……このことを話そうと思っています」

「あら、大丈夫なんですか?」


 やや驚くように問いかけたニニスに、ダキアは真っ直ぐ瞳を向ける。


「はい。僕は……。空の上での話が印象に残っているんです。真実を話しても僕に幸せは舞い込みませんが、黙ったままだと僕は、最後まで人に操られて終わる人生になってしまいます。そう思うと、きっと運命に嫌われるとはこのことなんだと理解した気がしました」

「良い心がけです。しかしそれで後悔はありませんか?」

「これで家族に嫌われたとしても、最後の最後に僕の心は楽になれますから。運命に好かれるとはおそらくこういうことだと今は思ってます」

「あの、聞きたいんですけど、どうして私に何もされないと思っているのですか?」


 一瞬、ダキアはニニスの話していることを上手く理解出来なかった。そして頭の中でもう一度発言を思い出してみて、間を置いて素っ頓狂な声をあげる。


「えっ?」

「いや、ですから───」


 ニニスの足元にはいつの間にか魔法陣が展開されていた。ニニスは二本の隣り合った鉄格子をそれぞれ掴むと、外側に引っ張ってひしゃげさせる。

 ニニスは薄く微笑みながら、鉄格子同士の隙間を徐々に広げていった。


「この事件の被害者は私ですよね? 騙されたと言ってましたが、背中を斬られたのは私で、斬ると決めたのはあなたです。どうして私が処刑なんてヌルい方法で済ませると思っているのですか?」

「あ……ああ…………!」


 ダキアは恐怖を感じて後ろに下がり、壁に背中を付けた。

 国内屈指の魔術師が複数人でかけた強度倍増の魔術によって、決して壊れないという公国自慢の牢獄の鉄格子。それが今目の前で曲げられているのだ。ダキアを取り乱させる恐怖を与えるには充分だった。

 ニニスは隙間が充分に広がると頭から隙間をくぐった。小窓からの月明かりに照らされた黒髪を揺らしながら、不気味に微笑んで話す。


「それとも単純に、私を大したことない人だと認識して、私に恨まれても問題無いと思ってた? まぁ、そうか。だから背中を斬ったんだもんね」


 牢屋に足を踏み込んで侵入する。そして強く握った拳を胸の前まで上げてみせた。


「ひぃっ! ご、ごめんなさい! 許してください!」

「ようやく謝ったね。遅いよ、全く……。あなたに限った話じゃないけど、こっちがちょーっと下手したてに出ればすぐに勘違いするんだから」

「あぁ……っ! たっ、助けっ───うわぁっ!!」


 ニニスは拳を振りながらダキアに向かって踏み込んで駆けてきた。それによってダキアは叫び、目を瞑った。

 次の瞬間に爆発のような轟音が鳴った。


 その音が鳴っても痛みが無いダキアは恐る恐る目を開けると、すぐ横でひび割れた壁に対して拳を上げるニニスの姿があった。(か、壁を殴っただけ……?)とダキアは戸惑う。

 その拳がまた壁にぶつけられると先程と同じ轟音が響き、ダキアは反射的に「ひぃっ!」と頭を守るように抱える。すると今度は石の壁が崩れて人が通れる大きな穴が生まれた。壁にも強度を倍増させる魔術があったがニニスは打ち砕いてみせた。

 月明かりが部屋全体に広がる。


「な、何をしているんですか……?」

「あなたを苦しめて死なせる準備だよ」


 とニニスはしゃがんでいたダキアの右腕を片手で掴んだ。「うおっ!」と抵抗したダキアだが全く意味が無く、もがいてもニニスから離れられない。

 ニニスが腕をひょいっと上げるとダキアの身体が浮かんだ。ニニスは浮いたダキアの右足首を掴む。彼女の二本の手でダキアが横向きに持ち上げられた。

 そしてニニスはそのままの体制で近づいた穴に足をかける。


「な、なんだっ! 何をするんだ!」と顔を歪ませるダキア。

「今度は死なせるつもりで投げるよ。だけどもしこれでもあなたが生きているのが分かったら、すぐにでも私はあなたを殺しにいく。ここで死んでおいた方が楽だと思える死なせ方をするよ。いいね?」

「や、やめろっ! 頼む! 謝るから───」

「そーれっ!」


 ニニスは両腕を同時に後方に下げてから、次に同時にとてつもない勢いをつけて前方に振った。ニニスから見て、空に浮かぶ月へとダキアは飛んでいった。


「うああああぁぁぁぁ……───」と、ダキアの叫び声が遠くなる。


 それを見届けたニニスはため息をついた。


「はぁ……。あんな説教しておいて私が嘘ついちゃった。シャーザ様、許してくださるかなぁ」


 ニニスはダキアの肉体ならギリギリ瀕死で済む程度の威力で投げていた。最初から死なせるつもりは無かったのだ。生きているのが分かったら殺しに行くという脅しも嘘だ。


「ダキアさんも、もうこれで懲りてくれるといいんだけど」


 あの脅しも全てはダキアを想ってのことだった。自分の恐怖を刷り込ませたので、今後ダキアは目立つような行動をしないし自分を警戒し続けるだろう、とニニスは考えた。

 それによって行動が改まることを祈ったのだ。

 しかしそれでも、落下地点や当たりどころや運が悪ければ死んでしまうが───


「きっと大丈夫でしょう! シャーザ様の教えを理解したダキアさんには、きっと深い慈悲を授けられるはず! ……はぁ。疲れた」


 とニニスは独り言を呟きながら「うぅーん!」伸びをした。そして柔らかい月を見上げる。


「でも私はやってみせますよ。お父さん、お母さん、そして女神シャーザ様。見守っていてください。私はこの国を守ってみせます!」


 ニニスは誰も居なくなった牢屋を遺して穴から飛び降りた。



 ──────



 翌日。ニニスはグノットたち兵士に連れられて城内を歩いていた。彼女の横にはクラリスもいる。するとある部屋の前でグノットは止まった。


「こちらの部屋にゾン公子がおられます」


 グノットはノックをしてから入室し、案内されてニニスやクラリスも入室する。部屋の奥には座るゾンがいて、ニニスが入ってくるのを確認すると話しかけてきた。


「呼びつけて悪かった」

「いえいえ。とんでもございません」


 ニニスがにこやかに言う後ろでクラリスは緊張していた。ゾンがニニスに何を言いうのか、そしてニニスが無礼を働いて怒らせないかと不安だったからだ。


「単刀直入に聞くが、昨日ダキアってやつの牢屋が破壊されて脱走された話は聞いてるな?」

「はい」

「だが。鉄格子と壁の二つ。一人で破ったのならわざわざ二つ脱出口を作る必要が無い。そもそもあの牢屋が破られるのがおかしいんだが……。俺は協力者がいると思っている」

「そうですか」

「お前じゃないのか?」


 ゾンは鋭く切り込んだ。それによって、むしろクラリスの心臓が高鳴る。ニニスは微笑みを保った。


「まさか。私にそんなことができるはずが無いではありませんか。トードル公国の魔術の集大成が、私なんかにやられると言いたいのですか?」

「はっ! 昨日、闘技場であんなことしといてよく言うじゃねーか」

「あははは」

「あんな芸当を誰がやれるか? を考えるとお前しか出てこないんだ。認めろよ」

「……分かりました。認めますよ。ダキアさんは私が殺めました。私の手で処刑を執行したかったので」


 部屋中に緊張が広がる。ゾンの眉も思わず痙攣した。

 だが次の瞬間ゾンは笑う。


「はっはっは! さては、それも嘘だな!?」

「そう思いますか? あはは……」

「分かった。面白い試合を見せてくれたのに免じて不問にしてやる。ダキアの判決はお前が下した、って俺は思っとくよ」

「し、しかし!」とグノットは言う。「問題は監獄が破られたという事態です! トードル公国最高峰の魔術が突破された事実、それは国のメンツに関わりますよ! 大公様は許してくださるかどうか……! これで終わりで納得していただけるのでしょうか!?」

「お父様には俺から言っておく。責任が怖いってんならお前に一切無いことにしてもいいぜ。ともかく俺はニニスを咎めない」


 ゾンがそうキッパリと言ったため、もう反対意見が出ることは無かった。


 ──────


「部屋にお戻ししました」


 ニニスを部屋へと案内してからゾンに報告しに来たグノットに、ゾンは話しかけた。


「ご苦労。ニニス……か。あいつがうちの聖女を引き受けてくれて良かったよ。ナッコウンには後で褒美をやらなくちゃだな」

「左様でございますか」

「ああ。うちに迎え入れられたというより、他所の国に行かなかったというのが大きい。しかし……ああ見えて、手網を握るのは難しそうな聖女サマだな」


 言い終えるとゾンは不敵に笑った。

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