第8話 決闘ですか!?-3

 ゾンの呼びかけによって素早く決闘までの準備が整えられた。城の横に建設された闘技場は、直径九十メートルの円状になっていて、その舞台を囲うように観客席が並んでいる。

 客席に座る貴族たちは若干戸惑いながらもゾンの勧めに従った形だ。なので大多数の貴族はあまり乗り気では無いようだ。

 しかしそんな中で、会場を一望できる特等席に座るゾンは今にも跳ねそうなワクワクさを心に秘めていた。


 観客席の後ろ側に座るミリアンは不服そうに表情を固くしていた。横にはミリアンの従者も座っている。するとそこにミリアンと同年代であろう小柄な爺さんがやってきた。


「なんだか嫌そうじゃの」

「あら、ナッコウンじゃない。そりゃあイヤよ。ニニスちゃんが見世物みたいにされるなんて」

「ゾン様はめちゃくちゃじゃからのう。この決闘だってきっとニニスさんの実力を試したいだけじゃろ」

「その扱いも気に入らないわよ」

「ん? そうは言うても、ミリアンじゃってスカーレットを使って試していなかったかの?」

「うっ……」とミリアンは少し苦しそうな顔をする。

「気持ちは分かるがのう。占ったわしですら占いの結果を少し疑っとる。それでミリアン、お主の目から見てこの試合はどうなりそうじゃ?」

「……ニニスちゃんが負ける心配はしてないわ。負けてるところが想像できないもの」


 二人がそう話している時、片方の入場口からニニスが闘技場ステージ内に現れた。ニニスは装いは急遽あしらった細い朱色のドレス姿だが、鎧も武器も持ち合わせておらず、それを見た観客たちは驚くような呆れるような声でざわざわと話を始めた。


 ──────


「た、ただのドレス姿だぁ……?」


 ニニスが入場してきた通路から反対の入場口の奥には、緊張した面持ちのダキアがいる。彼も精鋭兵士の端くれであるため腕には自信がある。だが何もかも未知数のニニスがどうしてくるのか分からず、そして敗北すれば重い罰が下るこの状況に恐れていた。

 するとダキアの後ろからハーティが近づいてきた。彼女は甘い声色で言う。


「ダキアさん……」

「あっ、ハーティ様! いかがなされました?」

「心配で、その……大丈夫なのですよね?」


 今にも泣き出しそうになっているハーティを安心させるようにダキアはハーティに歩み寄った。


「任せてください! このダキア、あなた様のためであればどこからでも帰ってきます!」

「うふふふ。頼もしいです。では私のほんの気持ちと勝利への祈りとして、ダキアさんに加護を授けましょう……」


 ハーティは目を瞑って手を胸の前で組むと、彼女の周囲が光に包まれて、さらに足元に黄色く光る魔法陣が現れた。

 そしてハーティの組んだ両手から柔らかい光が射出され、注がれるようにダキアに浴びせられていく。

 完全に加護を与えたと判断したハーティは目を開けて手の組みを解いた。光や魔法陣がゆっくりと消えると、ハーティはダキアに優しく笑いかける。


「それではご武運を」

「はい……!」


 ダキアは決意の籠った返事をして闘技場の舞台へと歩いていった。

 彼の背中を見届けたハーティは、振り返るとその笑顔を崩す。


「……ふん。どうなるかと思ったが、これはこれでちょうどいいか。今度は素直にぶっ倒されろよ、ニニス……」


 ──────


 この闘技場は高い場所に目立つように設置された鐘が開戦を知らせることになっている。その場所には既に鐘を鳴らす係の人物がスタンバイしていた。

 ニニスとダキアは二十メートルの距離を置いて互いに正面を向き合う。最初は乗り気ではなかった貴族たちもその緊張感に僅かながら興奮してきたようで、皆が開戦の合図を今か今かと待った。

 今にも戦いが開始されるそんな中でニニスはダキアに話しかける。その会話は観客席までには届かない。


「ダキアさん」

「どうしました?」

「私は……あなたを傷つけるつもりはありません。しかし罪は認めてもらいます」

「な、何を───」


 その時、特等席の方から司会役と見られる男性がゾンの横で声を張った。


「これよりっ! 精鋭兵士ダキア、対、聖女ニニスライトの! 決闘を執り行いますっ! それでは───」

「ちょっと待って」とゾン。「殺しはダメだけどそれ以外ならなんでもアリにしといて」

「ほ、本当ですか? ……えー、この決闘は命を奪う行為を認めませんが! 命を奪いさえしなければ如何なる行為も認めますっ! それでは───」


 ダキアは会話を中断して剣を抜いた。そして美しいとも言えるフォームで構える。ニニスはじっとそれを見るのみだ。

 観客席にいる面々は次第に座り方が前のめりになる。


「始めっ!!」


 ゴーーンッ!と鐘が鳴った。


(分かるんだ……。あの時彼女を切れなかったのはたまたまなんかじゃない。絶対に勝ちたいんだ。もう容赦はしない方がいいだろう……)


 観客の期待とは違い、鳴った瞬間に試合は動かなかった。二人は睨み合ったまま一秒、二秒と時間が進む。

 その刻みが十一になった瞬間、隙さえ見せぬ素早い踏み込みをしたダキアが、右手に持った剣を横にしてニニスに肉薄した。精鋭として積んできた鍛錬とハーティの加護の力が合わさった彼の動きは、そのあまりの素早さに貴族たちには見切れず、数少ない見切れた実力者たちをあっと驚かせた。

 さらに彼が振るう剣にも彼の実力とハーティの加護が乗っているため、巨岩ですら二つに斬れる威力があった。その剣がニニスの脇腹に迫る───


 ドォン……、という音が響いた。

 まるで大木が倒れたような音だった。そしてその音がしてから、ダキアは自分の剣が完全に止められていることに気づいた。

 それだけではなく、ニニスの身体はダキアに向かって一歩前進しており、ダキアの剣を持った右手が籠手ごとニニスの右手によって握られているのを目撃する。


「んなっ!?」


 ダキアはニニスを振り払おうとしたが、彼がいくら力を込めてもニニスは微動だにしなかった。焦ったせいで諦める考えも浮かばずに、尚振り払おうとするダキアに対して、ニニスは彼の目を見て言った。


「少しだけ覚悟をしてください」


 ニニスは脚に力を込め、そして真上に跳び上がった。


 そのスピードは先程ダキアの動きを見切った者ですら大半が見切れなかったようで、まるでその場から突然二人が消えたように映った。

 飛び上がった時の轟音と舞台に広がる地割れだけがニニスの跳躍を物語っていた。



 超高速で上へ上へと飛んでいくニニスはあっという間に国城よりも高くなったが、それでも勢いが収まる気配が無かった。

 ニニスに掴まれているダキアの頭には一体どこまで行くのかという恐怖が沸き立つ。彼は強い空気抵抗を受けながら叫んだ。


「うおあああああああっ!!!」


 ニニスは彼の叫びを気にも留めずに上を眺める。

 まだぐんぐんと高度を上げていく二人。城も闘技場も粒のように見え、遠くの山のさらに向こうの山まで見えてきた。

 鳥の群れを中心から突っ切った時、勢いが次第に弱まっていった。


(さ、さすがにここから落ちたら……っ! いや、ハーティ様の加護もあるし、鍛えた俺の肉体もある! ま、まだ死ぬラインじゃない……だけど、無事じゃ済まないかも……!)


 まだ黙るニニスにダキアは話しかけた。彼は敬語も忘れるほど動揺していた。


「な、なぁ!? どこまで行くんだよっ! こんな高さっ、お、お前だって無事じゃ済まないだろ!」

「……。嘘を吐こうとせん罪人にニニス様は仰いました」

「き、急になんだよっ!?」

「今、罪を認めずに嘘を語ればあなたは楽になりましょう。今、この場に居る者にあなたは好かれ、今、この時のあなたは幸運に恵まれましょう。しかしあなたは、あなたを巡る運命に嫌われてしまいます。……と」


 段々と跳ぶ勢いが弱まってきて、そろそろ上昇の終わりが見えてくる。


「真実を語れば、その場の皆から嫌われ、その時は不幸になりますが、神には好かれ運命は幸運を授けてくれます。きっとシャーザ様はこう伝えたかったのでしょう。……シャーザ様の言葉を無視して嘘を貫き通した罪人は、死に際が哀れなものだったと記されています」

「な、何が言いたいんだっ!?」

「あなたをかの罪人と同じようにさせたくはありません。あなたが罪を認めてくださることを祈っています」


 ニニスがそう語った時、ニニスの跳躍の勢いがもう終わろうとしていた。

 するとニニスは下に向けていた右腕を力強く真上へと向けて、そしてダキアを持っていた右手を開いた。


 すなわち、ダキアをさらに上へと投げたのだ。

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